第9話 咲き誇る花火、そして
八月末。俺は近所の小さな川の近くに来ている。何故かと言うとその発端は八月の中旬のこと。八月末の花火大会に行こうという六月一日のお誘いがかかったのだ。華凛と陸にも声をかけ二人とも行くと返事したようで、千里先輩は一番に確認を取ったらしい。無論俺も行くと即答しておいた。
そして、当日になったということだ。待ち合わせ場所は花火大会とでかでか書かれた立て看板の前だ。所在なげに立っていると最初に現れたのは陸だった。陸は軽く手を振り俺の横に立った。
「......浴衣かな」
俺がポツリと呟く。
「だと思う」
「そっか、早く来ないかなぁ」
「まだ十五分前なんだよなぁ」
陸はスマホでネット巡回をしながら面倒そうに言う。見上げる空はオレンジに染まっている。真夏よりそのオレンジが濃いことから昼が短くなったことがわかり、もうすぐ夏休みが終わるぞと言っている。
不意にカラリと鳴った。視線を上から戻すと、ちょうど華凛が目の前まで走ってきていて、ムギューっと抱きついてきた可愛い。
華凛はすぐに体を離し、くるりと回ってドヤ顔を決める。もう何やっても可愛い。
そんな華凛の浴衣は所々に可愛らしい金魚が泳いでいる水色を基調とした浴衣で、愛らしい印象を受ける。
「うん、可愛いぞ。似合ってる」
「えへへ、ありがとうございます!」
「早速イチャコラしてるねぇ、お二人さん?」
六月一日が呆れ顔で俺と華凛を見る。六月一日は黒を基調とし、
「で、何で小原先生もいるん?」
俺は合宿の時とほぼ変わりない格好の小原先生を見る。すると六月一日がてへっとやってのけた。
「誘ってみたら来ちゃった」
「ああ、そう」
「なんだ九重、私が来たら不都合でもあるのか?」
「いえ、別にそんなこと」
ないともあるともいえないが。まあそれは黙っておくとしよう。
「まあ、とりあえず屋台物色と行きましょう」
「唯葉先輩、わたあめ食べたいです!」
「おう、いいぞ。
「お、九重あざー」
「は?奢るの華凛だけだから」
「不平等!」
「世の中そんなもんさ(キリッ)」
「うぜぇ……」
はぁとため息をつく六月一日を完全無視し、わたあめの屋台を探す。六月一日たちもそれについてくる。どうやらみんなで行動するようだ。いやまあ、当たり前か。
目的のわたあめはかなり近くにあったので、購入。俺はその隣の焼きそばを買った。花火の打ち上がりにはまだ時間がある。
「ん!唯葉先輩!射的やりましょ!」
「おお、いいぞ」
俺と華凛は並んでる立ち、おじちゃんにお金を渡して鉄砲を俺と華凛は両手でしっかりと持って構えた。
「華凛は何が欲しい?取ってやる」
「唯葉先輩こそ何が欲しいです?取ってあげます」
「じゃ、俺はカエルのキーホルダー」
「じゃあ、私はあのハート形のキーホルダーお願いします」
「了解だ」
弾は五発。お互い初弾は標的にフロントサイトを合わせて発射。次弾、同じような詰め方を意識し弾をセット。初弾によって判明したズレの分調整し、発射。惜しくも逸れる。中々難しいもんだ。
次。ミリ単位の調整をし、発射。ヒットするも倒れるに至らず。だが、もう勝ったも同然。四発目、ハートの上の方を狙い、発射。見事倒すことに成功した。
華凛も同じく、四発目で成功したようだ。
「はいよ」
「ありがとうございます。はい、唯葉先輩」
「おう、ありがと」
「お前らガチすぎな?」
陸が若干引き気味に俺らを見る。だけど俺は気にせず、祭りを楽しむことに専念してみた。それから、りんご飴やらチョコバナナやらを買い食いしたり、金魚掬いに挑戦したりもした。
「一通り、回ったか」
入り口付近に舞い戻ってきて、俺はそう呟いた。
「そうだね、まあもう少して打ち上がり始めるし、どっか人気ないとこに行って花火見ようよ」
「まあ六月一日の意見に賛成だな」
俺が頷くと、皆も次々に頷く。
「よし、んじゃ穴場ってほどじゃないけど穴場に行こう!」
「ああ、その前に華凛、少しいいか?」
小原先生が突然、華凛を呼び止めた。華凛はそれに何も言わずに、ただ黙って頷くだけだった。そこに異様な雰囲気を感じたのは、果たして俺だけか、はたまた。
そんな予測は無意味だ。俺は頭を振り、雑念を振り払う。
「六月一日、先に行っとこう」
「華凛ちゃんと先生は?」
「場所確認したら俺が戻って案内するさ」
「まあ、そういうことなら。行こうか」
渋々、六月一日は歩き出す。俺もついて行く。おっと、その前にもしもの保険でもかけるとしよう。
「もし俺の方が遅かった時のために立て看板の近くにいてくれよ」
「はい、わかりました」
若干淡白に言って、小原先生と何処かに行ってしまう。俺はどこか引っかかっていて、後ろ髪引かれる思いで一旦六月一日について行くことにした。
穴場というのは、実際六月一日の言う通り穴場というほどでもなく、ただ人が少なかっただけだった。距離も近く、そこまで迷うポイントもないためすぐに立て看板がある場所に戻った。
そして、華凛たちが歩いて行った方に、歩みを進めた。俺は耳がいい。目もいい。少しでも何か聞こえれば、すぐにわかる。
でも、すぐに後悔する羽目になった。
「好き……ら、……たくない」
言ったのは、確実に華凛だ。
「守りたい」
俺は、息が吐けなくて、苦しくて、
いや、今は辞めろ。過去に
立て看板の前で待っていると、華凛と小原先生はすぐに来た。
「悪いな九重、待たせたか?」
「ええ、かれこれ三十年経ちますかね」
「本当にそうだったらびっくりだわ。ほら、案内しろ」
「了解です、行こうか?華凛」
暗くてぱっと見ではよくわからないが、目元が赤くなっている華凛に手を差し出す。すると素直に握ってきた。俺は特に何も言わずにくっと引っ張って、歩き出した。
穴場と言えない穴場に着くや否やひとつ、一閃が打ち上がる。
パァンと大きな音が響く。それを皮切りに次々と打ち上がった。
そして終盤に近づくにつれてキャンバスは明るく塗りつぶされる。そして、一拍置いて一斉射。この花火大会で一番大きく、一番輝いた花火が咲いたのだった。
あっという間だった。辺りは一瞬静寂に包まれ、ぱらぱらと拍手が起こる。その音で我に帰った。初めて見た花火に、引き込まれていたようである。
「凄えなぁ、キラキラしてた」
純粋に思ったことを述べたが、小学生並みの感想になってしまった。
「規模の大きい花火大会に行けば、もっと大きいの見れるけどね」
六月一日があははと笑いながら言う。それを聞いて俺は驚いてしまった。
「マジか、じゃあ来年そっち行こうぜ」
「お、おう。なんか九重子供っぽいね」
「ああ、悪い。初めて見るもんでな。テンション上がってるっぽい」
「へぇ、なんか意外……ってほどでもないな。普通にあり得そう」
「そう?私は少し意外だったわ。お祭りごと、好きなタイプに見えるから」
うちわで口元を隠しながら、こちらを見てふっと笑うように目を細めた。それに俺はつられて笑う。
「まあ確かに、好き嫌いで言えば好きですよ」
と言うと、何故か華凛がピクリと反応する。いやまあ、心当たりはあるけどさ。
「さて、夜もまあまあ遅いし、帰りの客で混む前に退散しないか?」
小原先生がタバコに火をつけ、ふうと吐く。灰色の煙が、上に上がり、薄れていく。
「そうですね。帰ろうぜみんな!」
六月一日がややテンション高めに言って、ずんずん進んで行く。それについていくように千里先輩や陸、小原先生も続く。
「行こうか?」
そう言って手を伸ばすと、華凛は恐る恐る手を重ねた。握っていると、手汗が滲んでくる。俺ではなく、華凛の方のようだ。でも、気になる訳なく、ずっと手を握っていた。
「よかったわ。みんなと思い出を作れて」
不意に千里先輩がポツリと呟いた。それに陸がどういうことか思い当たるものがあるのか、あぁと呟く。
「半年後には卒業ですもんね」
「えぇ、だから最後の夏に、みんなで花火を見れてよかったわ」
「……………………そう、ですね……」
陸が俯いて、苦しそうにそう言った。もう苦虫を噛み潰したような顔では足りないほどの苦しそうな顔。
それを俺は見て見ぬふりするしかない。いや、違う話題提示することもできなくもない。
「大学は、決まってるんでしたっけ」
「まあ、ね。でも、受かったからって、勉強しなくていい理由にはならないわ。だからこれからはあんまり遊べなくなってしまうわ」
「真面目ですね。俺絶対勉強しなくなる気がします」
俺はニッと笑ってそう言うと、六月一日が確かにと相槌を打った。
「千里ちゃんは当たり前を当たり前にできる人だからねぇ。当たり前ってできない人多いからなあ。なお、その中に私も入ってる模様」
「……俺も、その中に入るな。やろうって思ってもぐだぐだになると思う」
「私は定期的にしようと思います、勉強。ああでも、決まってすぐは食っちゃ寝しちゃうかもです」
「ふふっ、華凛ちゃんと私だけが偉いわね」
「えへへ、ですね」
華凛は手を離し、千里先輩に抱きついてもふもふしてた。そして俺と陸にドヤ顔を向けた。なんか悔しい。横を見れば陸もなんだか悔しそうにしていた。さっきの酷い顔の面影はどこにもない。
だが、安堵することはできなかった。一時的な問題の先延ばしのようなものに過ぎないからだ。
しばらく歩いていると、大きな公園に辿り着く。よく散歩に来る公園だった。ここからは公園の中に突っ切った方が近道だと皆が知っているので、何も迷いもなく公園に入っていく。
歩行速度は、皆落ちていた。公園の途中で、電車組と徒歩組で分かれることになる。でないと大きく遠回りになってしまうのだ。だから少しでも長く皆といるために、遅く歩いているのだと思う。
でも、進む限り分かれ道に辿り着いてしまった。
「また、夏休み明けに、だね」
六月一日が静かに呟いた。それに皆、頷いた。また会える。二日後に。
「じゃあ、またね」
六月一日が、続けて言う。それに黙って頷いた。
「唯葉先輩、行きましょう?」
そう言って、俺の手を引く。でも、動けなかった。コードを抜かれたテレビのように、プツリと。
意識が暗転した。
***
ぱっと、地面に花が咲く。赤い、
「唯……葉、先輩?」
私は唯葉先輩に触れる。刹那、体は灰と化し、風にさらわれる。残ったのは彼が纏っていた衣服のみ。
誰も何も理解できない。そんな中唯一、いいや二人は、違かった。
小原上官は一際高いビルの屋上を。式部先輩はビルと唯葉先輩との直線の延長上を目指して歩いた。
「銀弾、か」
いつもとなんら変わらぬ声音でそう言った。
「銀弾?」
六月一日先輩が式部先輩に問う。すると首を縦に振った。
「銀弾で撃ち抜かれたみたいだな。そして死亡時の灰化現象。これだけでもう、確証が持てる」
「……まさか、嘘でしょ?」
「そのまさかだろ。他の特徴は当てはまんないけど、吸血鬼って言ってもいい気がする」
式部先輩の問いかけに誰も答えない。その様子を見て彼は視線を切った。
「俺は帰る」
「ッ!何でそう冷静でいられんの!?」
「……冷静?」
式部先輩は冷たい声音で苦しそうに言った。その顔はとても見ていられない酷い顔だった。
「俺が……冷静?こんな状況ッ!冷静でいれると思うかッ!」
耳を
「……今は、みんな帰るぞ。六月一日、一条、送る車を近くに停めてあるからな」
「は、はい」
「華凛も、行くぞ」
小原上官が華凛の腕を取って引く。私ははっとして、彼の衣服を
その様子に、小原上官は心痛めたように顔を
***
私の話をしよう。
正確には、私が彼と出会い。彼の言葉を借りるなら、何故私が彼に懐いているのかという話。
中学三年生の時。既に私は吸血鬼狩りをしていた。一体狩れば約十万円貰えたから、いい仕事だなと、思っていた。心を氷のように冷たくして、ただ殺していた。
そしたら、
その間に調べられることを調べようと思って他の人が狩りをした映像を見せてもらった。
第一印象は、怖い。ただそれだけ。彼は弾丸を素手で掴み取ったのだ。そして
次に、彼の高校一年の遠足に、尾行した。そこで私は衝撃を受ける。映像で見た彼と違う、楽しそうな表情をしていた。不覚にも、見惚れていた、と思う。我ながら単純だ。
その後も調査のため尾行及び観察を続けた。高校のオープンスクールに行った時、見ていても不審がられないと思い、よく観察することにした。後ろの席の友達と話している彼は、やっぱり楽しそうで、羨ましいと思った。見ていると、彼と目が合った。
ひらひらと小さく手を振ってきた。そして、柔らかい微笑みを私に向けてきたのだ。顔が熱い。
「おい九重、中学生ナンパするなー」
「し、してないっすよ!」
あははとクラスで笑いが起こる。
かっこよくて、笑顔が柔らかくて。私とは違かった。いつも冷徹な私とは真反対の温かい人なんだと思った。
それから調査と言いながらも彼を見に行くだけの日が多く続いた。見るたびに胸が熱くなって、また会いたいって思うようになる。これが私が彼に懐いている理由だろう。
そうして、彼と同じ高校を受験し、無事に合格。上官に接近要請をしてみた。上官が主人に言うと承諾が得れた。だからあの日、私は彼のクラスに入って、彼を待ったのだ。彼と同じ知識を、身につけて。
それでも依頼がある以上、殺さなければならなかった。だから出会った初日、狙撃した。彼は難なく避ける。それからも、私は殺せなかった。屋上でも、貧血で倒れた時も、更衣室でも。
勉強会の時もわざわざ拳銃を部屋に置きに行った。買い出しの時も、殺したくなくて、泣いてしまった。それを見かねた上官が彼を殺すと言って合宿へと言った。バーベキューの後、私が彼と話をして、そこに上官が狙撃する作戦だった。でも彼はいつまで経っても倒れず、顔を上げる途中でちらと見えた銀弾は握り拳の中にあったのだ。
そして、花火大会の日。私は正直に言った。私は彼の事が好きだから、殺したくない。守りたいのだと。上官は命令違反になるのを承知で、私を手伝ってくれることになった。その矢先、彼は死んだ。頭に入れておくべきだった。私たちだけが依頼を受けて確証など無かったから。
あれから新学期までずっと、ほぼ何もしてない。彼を思い出して、泣いて、泣き疲れて、寝てしまって、また思い出してとループしていた。真っ暗な夜なんかは寂しさが朝や昼よりのしかかってくるようで、寂しくて苦しくて、果てに彼の衣服を抱き締め
それを二日程続けていたら、新学期が始まってしまった。上官から学校に行くように命令されたので仕方なく行く。
髪は、結ばれていないままにして。
***
本鈴が鳴り、小原先生が教室内に入ってきた。その際、九重の席をちらと見た。
「おはよう諸君。いい夏休みだったかな?宿題はしただろうな?まあそれは明日わかることだ。出席を取る。見たところ欠席は二人、秋原と、九重……初っ端から遅刻か。いい度胸だ。まあいい、さてこれからの流れだが」
ガラリと、ドアが開いて音がして、クラスのみんなが一斉にその方を見た。式部は知らないが少なくとも私は秋原だと思った。なので、目を見開かざるを得ない。小原先生も、同じようなリアクションだった。
「すいません、遅れました」
そんなことを何でも無いように言ったのは、死んだはずの九重唯葉であったのだ。
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