第8話 いざ、合宿へ!

 ジリリと、目覚ましが鳴る。俺は素早く止めて時刻と日付を確認する。八月一日、七時ちょうどだ。ぐっと伸びをして起き上がる。顔を洗い、歯磨きをして、野菜ジュースを飲み干して着替える。そして七時半、ボストンバッグを持って家を出た。五分ほどかけて華凛の家に着く。そして間を置かずにインターホンを押した。

 買い出しの時にあんな事があったので、一度躊躇ちゅうちょすると押せなくなってしまうかもしれないと思ったからだ。


「唯葉先輩、少し待っててください」


 わざわざ華凛は玄関から顔を出して、そう言って戻っていった。インターホン越しに言えばいいものを。

 俺は電柱の陰に入り、華凛を待つ。三分ほど待っただろうか、華凛がぴょこりと飛び出して来た。所々にレースがある白のコットントップスに薄灰色の七分丈のズボンを着ている。レースの可愛さが際立つコーデだった。


「お待たせしました。おはようございます、唯葉先輩」


「ああ、おはよう。髪結ぶよ」


「ポニテでお願いします」


「暑いもんな、了解」


 パッと結び終え、頭に手をぽんと置き、華凛の顔を覗き込んでニッと笑った。すると華凛はにぱぁっと笑った。うん、可愛い。


「行くか」


「はい」


「荷物持とうか?」


 手を華凛の方へ差し出しながら問いかけると、華凛は荷物を預けることなく、手を握ってきた。


「手を繋げなくなるからいいです」


「お、おう。そうか...」


 照れなく言われると流石にこっちが照れる。俺はみっともなく黙りこくってしまう。いや、ここは軽口くらい叩いて見せろよ!?何やってんだ俺!?

 自分で自分を殴りたくなるが、華凛の前でそんなことやる訳にはいかないので、脳内でボコボコにしてやった。そして一拍置いて、眼前がんぜんを見据えた。


「とうとう合宿だな」


 何気なくそう言ってみると、華凛は一瞬、本当に一瞬だけ、苦の形相が見えた、気がした。でも、気のせいだと言わざるを得ないほど、その後の華凛の顔はうきうきと楽しげであった。


「凄く、凄く楽しみです!」


 そう言う言い方も、力がぐっと込められていて、完全に気のせいだと思ってしまっていた。

 学校の校門前に着くと、既に他四人は集まっていた。俺たちが最後のようだ。


「遅いぞ!二人とも!」


 六月一日がどんと構えた仁王立ちで俺と華凛の方を向く。その様子に千里先輩は少し笑っていた。陸はその後ろからひらひらと手を振っている。俺は軽く振り返し、六月一日を見る。


「んなこと言われてまだ十分前なんだよなぁ」


「最下位には罰ゲーム!」


「なら華凛の方が半歩前を歩いていたから俺が最下位だな」


「うわ、かっこよく守りやがって。キモ」


「キモはひどくない!?ていうか、要らなくない!?」


 俺はわざと瞳に涙を溜めて六月一日に絡んでやろうと思った、のだが。


「集まったのなら、早く乗りたまえお前たち」


 小原先生に横槍を入れられ、俺はせっかく溜めた涙を雑に拭い、車の方へ向かう。買い出しの時と同じワンボックスカーの後ろに全員分の荷物を載せ、乗り込む。よし、華凛とイチャコラするぞ!


「あ、九重は助席な」


「ふぁ?」


 突如として言い放たれた言葉に、俺は間抜けな声を出す他なかった。

 だけどそんな俺を気にもめないで、後ろに乗ったみんなを見る。


「みんな、車の中で寝ておいた方がいいぞ。じゃないと、着いてから眠くなっちまうからな。じゃ、出発だ」


 結局俺は何も言わずに助席に座り、ふっと息を吐いて前を見たまま小原先生に問う。


「何故何気に死亡率高い所に俺を配置するんすか」


「死亡率云々うんぬんは関係ないぞ。お前は暇つぶし要員だ。なにせ、片道約一時間半もかかる。絶対暇じゃないか」


「そーですね」


「だから面白い話しろ」


「でたそれ」


「実際、これ言われると怠いが、九重はどうするんだ?」


「ま、実はあるんですよねー、とびきり、面白い我が人生の話が」


「なんか嫌な予感するな、やめとくわ」


 小原先生は微妙な顔をして、自ら話題を振っておきながら撤回てっかいしてしまった。が、計画通り、としか言いようがない。


「やはり効果的なのかもしれません」


「何が」


「面白い話をしろって言われた時の対処法です。あえて自信満々且つ嫌な予感を匂わせることを言えば向こうからやめてくれるのではっていう」


「ああ、成る程な。頭いいなお前」


「やめてくれなかった時が凄く屈辱的未来が待ってますけどね。今の所三人に試して二人に成功したので、ざっと成功率は六十七パーセントってとこですね」


「相手次第って事か?」


「そゆことです」


「ふーん」


 どうでも良さげに小原先生は欠伸あくびを噛み締めながら言う。本当に暇そうだなこの人。


「なあ九重」


 あれから雑談をして三十分ほど経った頃だろうか。突然トーンの下がった声が響く。


「お前と、お前たちと一緒にいる華凛は、どうだ?」


 質問の意図はわからなくもない。きっと心配なのだ。彼女が楽しく過ごせているか。一応部活に顔を出して、何度か様子を見ているが、言葉として聞きたいのではないかと思う。


「んー、控えめに言って世界一可愛いですね」


「………そうか」


 小原先生は苦笑いをして、それだけ言った。


「本当に、可愛いです」


「……気づいているか?」


 鋭い口調で、小原先生は俺に問いかける。ここでその言葉が指す意味は、二つある。

 でも、ここでもどちらにせよ変わらないんだよな。


「気づいて、ます。全部……とまでは行かなくとも」


「そ、うか。そう、なのか」


 少し苦しげに、でも何処か嬉しそうに、小原先生はぽつりと呟いた。

 そしてはぁと盛大にため息をついて、ニッと笑ったのだった。


「青春してんな、お前ら」


「そうですね」


「なあ、九重」


 今度は、優しい声音だった。思わずずっと前に向けていた視線を小原先生の方に向けてしまう。

 小原先生は、形容し難い表情を浮かべる。悲しんでいるような、喜んでいるような、はたまたそれらとは違う何かか。よくわからない。


「......やっぱり、何でもない」


「そうですか」


 沈黙が下りる。それが少し耐え切れなかったか小原先生は、あー、とうなり、俺の方をちらと見た。


「トイレに行かなくて大丈夫か?」


「俺は大丈夫です」


 そう言って、後ろの座席を見た。見事に全員眠っている。だから今聞いてきたのか。


「九重も寝ていて構わんぞ」


「眠くなれば寝ますよ」


 それから結局眠ることなく、目的地に到着した。俺は一足先にあたりを見まわした。美しい造形の大きな木組みのログハウスがあり、三分ほど歩けば砂浜に出られるだろう。


「しっかし、立派なログハウスだな」


「ふふ、ありがとう」


 後ろから千里先輩の声がする。振り向けば千里先輩が得意げにしている。


「もしかして一条家の別荘ですか?」


「ええ、そうよ。ビーチもプライベートビーチだから、遠慮しないでどんどん遊んでいいわよ」


 まじか、本当にお金持ちだな。少し羨ましいと思っていると小原先生が俺の頭に手を乗せる。


「一条のおかげでこの合宿実現したといっても過言ではなからな。よく感謝しておけよ」


「礼なんていらないわ、それよりも荷物を部屋に入れちゃいましょう」


「そうだな、九重、式部、手伝いたまえ」


「はい」


「了解です」


 俺と陸はワンボックスカーの後ろに回り、自分の荷物ともう一つ華凛の荷物を持った。陸と小原先生も二つづつ持ち、ログハウスの各部屋に運び込んだ。


「お、ありがと。十五分後に水着でビーチに集合ね」


 六月一日が俺たちにそう伝え、自室に入って行った。水着でビーチ。水着でビーチ、だと?つまり華凛も水着ってことだな?やったぜ!


「陸、俺さっさと着替えて先に行っとくわ」


「早く行っても天川は十五分後にしか来ないと思うぞ」


 陸の言葉も耳に入らぬまま、俺は高速で着替えを終わらせ、ビーチパラソルとブルーシートを数個と、様々な浮き輪が入った袋を持って行く。そして華凛たちが来るまでの間にポンプ式の空気入れで膨らませる。中々の大きさだったが、すぐにパンパンになったのでボールにも空気を入れた。

 そして、ボールにまで空気を入れ切ってしまい、ペタンコのイルカの浮き輪でも膨らませようかと思った時、ざっざと、足音が聞こえてきた。その数、五人。つまり振り向いたら陸でしたーみたいなことはない。

 まあ、位置的に一番に視界に入るのが陸の可能性はあるが、まあそこは祈る他ない。

 俺はゆっくりと、浮き輪に空気を入れながら振り向く。そして思わず手が止まってしまった。

 華凛は恥ずかしくなったのか、パーカーを着ているのだが、そのパーカーの持ち主はきっと小原先生なのだろう。サイズが大きく、裾が股下二センチほど。視覚情報だけだと、パーカー以外何も着ていないように見えて、逆にエロい。袖が長くて指すら出ないのもポイント高い。


「ほーら華凛ちゃん!ちゃんと見せてあげなきゃ」


 そう言うの六月一日はシンプルな黒のビキニに、同じ黒のレースパレオを腰に巻いたスタイルだ。肌の白さと髪や水着の黒のコントラストがいい味を出している。ていうか六月一日って着痩せするタイプなのだろうか。ありゃバスト八十近くあるんじゃないか?我が【魔眼】が見間違うとは……情けない。


「未由ちゃん、あまり無理強いするのはダメよ」


 千里先輩が華凛を抱き寄せ、パーカーを脱がせようとする六月一日から離す。

 千里先輩の水着は赤に寄ったピンクのクロスストラップオフショルダービキニ。谷間の部分は紐が交錯するようなデザインで、大きめのフリルが胸部を控えめに隠すように垂れているセクシーな水着だった。これに陸は先程から釘付けである。


「やばい」


 と、陸がすれ違いざまにそう言って、ビーチパラソルの下に座り込んだ。まあなんだ、確かにやばい。


「待たせたな、九重。随分ずいぶん早くから待ってたんだな?」


 半袖半パンにキャップを被った少年のような格好の小原先生が完璧にセッティングしたブルーシートやビーチパラソル、浮き輪等々を見て、苦笑いする。


「まあ。わっくわくで膨らましてたらあっという間に膨らみました。んで、最初は何するんです?」


「初日は初っ端なら全体自由時間だ」


「つまり、ビーチバレーってことですか?」


「そうなるな。風もほぼ無いし、今のうちじゃ無いか?」


 確かに、持ってきたボールは当たっても痛く無いようにとバレーボールほどの大きさのゴムボールだ。軽いため風に流されやすい。


「そうですね。チーム分けはどうするんです?」


「そんなの男女だよ」


「それだと二対四なんですが」


「それで対等だ。運動神経抜群のお前らならな」


「ソデスネ」


 小原先生の微笑みは有無を言わさぬ様子だったので、素直に従い、華凛の側に行ってみる。パーカーはまだ着ている。まだ恥ずかしいのだろう。


「華凛、無理はしなくていいからな。見たいのは山々だけど、ガチの無理強いは誰もしないから」


「は、はい」


「よし、じゃあ楽しもうな。悪いが勝たせてもらうぞ」


「望むところです!吸血鬼狩りの名にかけて!」


 拳を合わせ、コートの準備に取り掛かる。ビーチバレーをすることが事前に決まっていたので、ログハウスから棒と網を持ってきて組み立てる。そして木の枝でコートの線を描いた。

 そしてコートイン。一応熱中症対策として帽子を皆被っている。俺と陸は帽子のつばをなんとなく後ろに向けている。

 作戦なんてものはない。二人なのでレシーブをしたやつがアタック、アドリブでツーアタックを仕掛けるくらいだ。


「勝つぞ陸」


「ああ。あ、でも千里先輩に怪我させたら許さん」


「……俺、真の敵はお前なんじゃないかって思うよ」


 こう言っちゃ失礼なんだが、陸は相手チームの弱点を突くなと言っているのだ。他の三人は中々の運動能力があるのにも関わらず。

 だが、その呟きは陸どころか誰にも聞こえていなかったようで、ビーチバレーが始まった。

 最初のサーブは六月一日。ゆらゆら揺れる無回転のボールをしっかり腕で捉え、しっかりと陸がいる場所に落ちるようレシーブ。すぐさま前に走り飛ぶ。そして陸が俺が飛んだ所に直線的な速いトスを上げた。タイミングはジャスト、後は少し微調整し、小原先生と華凛の間めがけてスパイクを放つ。

 二人は反応こそすれど拾うことはできず、砂に落ちた。


「うっそ、クイック!?」


 六月一日が驚いた表情でこちらを見る。俺は気にせず、陸とハイタッチ。


「完璧だ、陸」


「お前もな、唯葉。これはいけっぞ」


「だな」


 そう言ってニカッと笑い、ボールを受け取る。俺のサーブだ。ジャンピングサーブでもしてやろうかと思ったが、相手は女子。それにジャンピングサーブする時、俺はボールを高く上げるので、風に流されたら困る。

 調子に乗らず、地に足をつけたままサーブを繰り出した。六月一日と同様の無回転サーブだ。

 小原先生は難なくレシーブ。華凛にトスを上げた。ここで俺は一瞬硬直した。華凛以外の三人が仕掛けるため走り出している。誰に上がるのか。俺は小原先生を、陸が六月一日を警戒していると、突然こちらのコートにボールが落ちた。


「つ、ツーアタック……だと?」


 華凛が、トスを上げると見せかけて、こちらのコートにボールを押し込んできたのだ。無論反応できず、ボールは砂の上に落ちた。

 華凛はしてやったりと、ドヤ顔を俺に向けてくる。悔しいが可愛い。


「ナイス華凛ちゃん!勝てる勝てる!」


 六月一日が皆を鼓舞するように言い、千里先輩が華凛の頭を撫でる。いいなぁ。って思ってる場合か!

 次はサーブ権が相手に移り、千里先輩のサーブ。ボールは勢いの無く、ひょろひょろだ。俺は陸がちょうど落下地点にいるので、ネット際まで前に出てトスを上げる準備をした。千里先輩に脅威はない。しっかりしたレシーブをしてくれると、そう思っていた。

 あろうかとか陸は、微動だにしなかった。その目は、千里先輩に釘付け。どことは言わないが揺れたのだろう。俺は陸の肩に手を置く。


「次やったらわかってるな?」


「わ、悪い……」


 切り替えて、次のサーブ。華凛の番だ。華凛は俺を狙って鋭いサーブを打つ。その際、どことは言わないが揺れた。俺はそれに釘付けになる。

 だが俺を甘く見ないで欲しい。俺レベルになると別の物を見ながら完璧にレシーブすることが可能なのだ。我ながらキモすぎん?

 まあそれはいいとして、俺はスパイクを決めるため一旦釘付けになっていた物から視線を外す。ここで少し、悪いことを思いつく。華凛に少し強めのスパイクを打ったらどうなるだろうか。運動神経はいいがデコピンの件があるので、低確率でドジを踏んで可愛い華凛が見れるのではと思ったのだ。

 思いついたら有言実行。ふわりと上がったトスに合わせて飛び、華凛を捉えた。

 いや待てよ?デコピンの件は怪我しそうになったではないか。ならもしかすると今回も同じようなことになるかもしれない。小原先生も六月一日も千里先輩も反応できるとは限らない。そして俺のせいで華凛が遊べなくなったら--

 そこまで考えを巡らせた刹那、俺は地に足をつけていた。コンマ一秒ほど遅れて、ボールも落ちる。

 きゃっきゃと女子チームが喜ぶ中、男子チームは静謐せいひつそのもの。しばらくしてふっと、陸が息を吐いて俺の肩に手を置く。


「お前も次やったらわかってるな」


「ああ、すまん。もう煩悩もプライドも捨てるわ」


「同じく。大人げなく勝ちに行く」


 拳を合わせ、気持ちをキリッと切り替える。次のサーブは小原先生だ。先生も千里先輩に引けを取らない大きさを誇っている。何度も言うが何処とは言わないでおく。

 だがしかし、無の境地に達した俺たちの眼に映るのはボールだけだ。ガチのガチである。六月一日が華凛と千里先輩に耳打ちしたのが見えたが気にしない。

 そして、小原先生がサーブを打つ姿勢になった刹那、華凛と千里先輩がざっと前に出てきた。


「唯葉先輩!」


「陸君!」


 俺も陸も、呼ばれれば流石にそこに目がいく。が、仏の境地に達した俺たちは同時にボールも捉えているので心配ご無用。

 と、余裕ぶっこいたのが、ダメだった。華凛と千里先輩は意を決するように息をすっと吸い、華凛は俺を、千里先輩は陸を上目遣いで捉え、言い放つ。


「優しくしてね、ゆ・い・は♡」


「ぐはぁぁああッ!」


「優しくお願いね、り・く♡」


「ごはぁぁああッ!」


 俺と陸は無残にもぶっ倒れて転げ回る。その間に、無慈悲にボールは落ちたのだった。


「ばっかだなー、あいつらー」


 腹を抱え、けらけらと笑いながら六月一日が言うと、小原先生が同じように笑った。


「そ、そう言ってやるな……か、可哀想だろう……ぷっくく。でもまあ、ああいうのがいないとな」


「ですね。……ぶふっ」


「ふはっ、おい六月一日、笑うな!私まで笑ってしまうだろう!」


 そんなやりとりをする六月一日と小原先生につられるように、華凛と千里先輩も楽しそうに笑っていた。

 しかし、それが男共には聞こえておらず、上目遣いであざとく呼び捨てにされたことに悶々とするのだった。


 ***


 あの後俺と陸は、試合にボロ負けしたので、昼食を作らされた。と言っても、買ってきた惣菜そうざいをパンに挟んでカットするだけの簡単なお仕事だ。惣菜は二人で近くのコンビニまで行って買ってきました。

 パッと作ったサンドイッチをビーチパラソルの陰に座っている小原先生の元に運ぶと、先生はそれに気づいて、試合で俺たちに圧勝し、楽しげに海で遊ぶ華凛たちに声をかけた。

 俺は胡座あぐらをかいて待つ。するとかなり早めに華凛たちが来た。

 本格的海で泳いだ訳ではないようで、水着の濡れようから水かけやら、ビーチバレーの続きでもしていたのだろう。

 さて、みんな揃ったことだし、食べよう。そう思っていただきますと言おうとした時、視線が向けられているのに気づく。

 華凛がじっとこちらを見ていた。そして逡巡しゅんじゅんするように別の方を見たりまた俺を見たりして、決心がついたのか、また俺をじっと見る。一体、何なのだろうか。そう思いながらも何も言わずに待っていると、華凛は足の上に座った。まさかのポジション取りである。暑くないのだろうか。

 だが驚いたのは俺だけのようで、他のみんなはまたいつものかみたいな視線を向けてからサンドイッチに手をつける。華凛も、特に何もなくもぐもぐと食べ始めた。


「……華凛?一つ、取ってくれない?」


「ん……あっ、すいません」


 華凛は俺がサンドイッチを取れないことに気づき、コロッケサンドイッチを渡してくれた。

 それから華凛に取ってもらいながら食べた。餌付けされてるようで、なんだか悪くなかった。

 午後は個人自由時間だ。初日はとことん遊ぶようである。六月一日と千里先輩そして陸は海へ泳ぎに行った。もし華凛が六月一日たちの方に行くなら、俺は昼寝をしようと思う。非常に眠い。先生の言葉に甘えて、眠くなくても寝る努力をしておくべきだったと、後悔する。


「唯葉先輩!遊びませんか?」


 華凛が寝転がってる俺の横にしゃがみ、横腹を突いてくる。くすぐったい。俺は身をよじり突きを回避し起き上がった。


「いいぞ、何して遊ぶ?」


「んーと、砂のお城作りたいです」


 泳ぎたいというと思っていたのだが、俺が泳ぎが苦手なのを考慮してくれたのか、ただ本当に城を作りたいだけか、定かではないがまあいいだろう。


「了解だ、どこに城を作るか」


「んー、あっちはどうです?」


 華凛が指をさしたのは岩肌だった。向こう側に砂があるんだろう。


「わかった。行こうか」


「はい!」


 華凛と共に岩肌の裏に向かう。少し狭いが、城を作るのには十分なひろさだ。岩が上手いこと日陰を作っている部分もあり、結構快適だろう。


「私、如雨露じょうろ探してきますね」


 そう言ってとたとたと走っていく。俺は砂でもき集めるか。ブルドーザーのように砂を一箇所に集めてみた。その作業をしばらくやっていると中々集まったのでぺたぺたと形を整える。

 そこで、後ろからざっざっと足音が聞こえた。華凛が戻ってきたようだ。


「如雨露はあったか?華り……ん?」


 俺は目を見開いた。振り向いた刹那、眉間に何かが突きつけられる。俺は華凛の鋭く冷たい眼にすくんでしまい、それが拳銃だと気づくのが遅れた。避けること叶わず華凛が引き金を、引いた。

 パン、と乾いた音は鳴らなかった。代わりに冷たい液体が目に入る。その液体が口元まできたので舐めてみる。しょっぱい、海水だ。かかった海水を腕で拭って華凛を見ると、ドッキリ大成功と言わんばかりのドヤ顔をしていた。そして、くすくすと笑いだす。

 俺は長い長い安堵あんどのため息を吐いた。心拍数が跳ね上がっていることも、今気づく。


「……死んだと思ったわ。やめてくれよなぁ、もう……」


 俺はぐったりと項垂うなだれる。その様子を見て、華凛は腹を抱えて笑う。


「す、すいません、如雨露がなくて、代わりになる水鉄砲持ってきてなかったかなって思って探してたらこのドッキリ思いついたんです」


「そ、そっか。もうやめてね?」


「はい。……それで、どう、ですか?」


 どうと聞かれ、やっと気づく。華凛の着ているパーカーは前が開かれ、シンプルな純白の水着が露わになっていた。


「ッ…可愛い」


 お世辞でも何でもなく、ガチトーンで思わず呟いてしまう。それ程に華凛の水着姿が可愛く、美しいものだったんだ。


「おっ、お城作りましょうか!」


「おっ、そ、そうだな」


 華凛は恥ずかしそうに、そして心底楽しそうに、砂のお城作りに入る。俺はもう一回はっと息を吐き、作業に取り掛かった。

 ガチのガチで城を作ること約三時間。高さ一メートル超えの高い城ができてしまった。

 そこで、複数の足音が聞こえる。六月一日たちがやってきたのだ。


「うわ、デカ!」


「す、すごいわね」


「二人で岩陰に行くもんだからとうとう始まるかって思ったが、始まったのは城作りだったか」


「まあな、すげーだろ!俺と華凛の初めての共同作業だぜ!」


 六月一日と千里先輩は華凛の頭を撫でて褒めているので陸に向かってキメ顔で言ってみた。結果は華麗なスルーであった。

 その塩対応に寂しく思いつつも、この楽しいひと時を過ごせていることに、嬉しくもあった。

 シャワーを浴びて、着替えた後、再びビーチにでる。すると、既にバーベキューの準備が整っていた。小原先生が用意してくれたようだ。


「遅いぞ、お前ら」


 タバコの火がついている部分を灰皿に押し付けて消化し、灰皿を適当な場所に置く。そして俺と陸をチラと見た。


「男共、手伝いたまえ」


 そう言って、着火剤とライターを俺に向けて放ってくる。俺はその辺から適当に木の枝を拾う。その際一度折って乾いているかを確かめていく。十分量が集まったところで焼肉台の元に戻り、着火剤にライターで火をつけ焼肉台の中に入れ、その上に枝を乗せていく。

 いい火加減になったらホームセンターで買った木炭を入れ、うちわで扇ぐ。あまり自信が無かったが、うまく言ったようで木炭がごうごうと燃えていた。


「よし、じゃんじゃん焼いていくぞー」


 俺と陸はトングを手に取って、肉やら野菜やらをじゃんじゃん乗せていく。

 淡々と焼いていると、いつの間にか華凛が隣で肉が焼ける様子を眺めていた。


「あんま近づいたらダメだぞ?」


「はい、わかってます」


 じゅう、じゅうと、肉が焼けていく。そしてしっかり焼けたものを平等に取り皿に置いていく。その動作を何度か繰り返していると、ふと隣から視線が向けられているような気がして、その方を向く。すると華凛とバッチリ目があった。

 何の用かと目で問うてみるも、反応はなくじっと見つめたまま。不思議に思って俺と同じように見つめてみた。


「そこのお二人さん?なーに見つめ合っちゃってるのー」


 そう言われ、弾けるようにお互いそっぽ向く。それが六月一日の口角を上げる原因となった。


「本当にらぶらぶですな〜。みんなの前だってのに堂々と見つめ合ってさ〜。もうノリでちゅーしちゃえよー!ちゅーう!ちゅーう!」


「う、うるせえぞ六月一日」


「ちゅーう!ちゅーう!」


「ちょ、千里先輩も!?」


「ちゅーう。ちゅーう」


「陸よ、ノリに乗っかるならもうちょいテンション上げようか?全く、華凛からも何か言ってやってくれ!」


「……します?」


「……へっ?」


 華凛に助け舟を出してもらうおうと思って言ったというのに、まさかの爆弾投下で俺はほうけた声しか出せなかった。


「冗談です」


 華凛は悪戯いたずらめいた笑顔を見せる。それを見て安堵しつつ、残念に思ってしまった。


「もしかして九重期待した?」


 嫌に鋭い六月一日に自分の心境を見透かされ、途端とたんみっともなくおろおろしてしまう。


「な、なわけあるか!吸血鬼の末裔まつえいはそんな期待しないもん」


「もう返しが小学生じゃん」


「ん?誰かが私を若いと言った気がする」


「いや、言ってないですよ先生、どんな聞き間違いですか。てかもう行き遅れ……あっ、いや違います冗談です冗だだだだだっ!先生!捻るのやめて!」


 小原先生は無言で六月一日の手を取り、ついでに取り皿も取ってテーブルに置き、ギギギと腕を捻っていた。気にしてるのかな。行き遅れている自覚でもあるのかな。

 楽しい時を過ごし、心と胃袋がいっぱいになったところで、片付けをし、俺はまた砂浜に来ていた。なぜかと問われても、なんとなくとしか言いようがないが。

 しばらく夕焼けを見ていると、足音が聞こえる。昼の件があったので少し警戒しながら振り返ると、華凛が柔らかく微笑んでいた。


「よう。よくここがわかったな」


「式部先輩に行き先聞きました」


「なるほどな、確かに陸には伝えておいたけど。それで、どうしたんだ?」


「ええと、少し歩きませんか?」


 そう言って、波打ち際を指差す。俺はなぜと疑問に思いながらも、口にせず首を縦に振った。しばらくは無言だった。華凛が何か言いたげなので、俺は黙っている。

 その沈黙の瓦解がかいは唐突だった。いきなり華凛が歩く速度を速め、俺の前に立って止まる。そして、抱きついてきたのだった。でもなぜか俺は至って冷静で、直線に飛んでくる羽虫を手で捕まえることが容易いほどだった。

 チラと握り拳の中を見る。。俺はそっとポケットに突っ込み、華凛の頭を撫でた。

 華凛はビクッと体を震わせ、俺の顔を見上げ、ぎょっと驚いたように目を見開いた。でもその中に安堵したような表情もあったような気がする。


「どうした?」


 優しく問いかける。すると華凛はにぱっと、笑顔を咲かせた。


「何でもないです。決心が、ついただけです」


「……そうか。……戻ろう」


 俺は華凛の手を握り、くっと引っ張ってログハウスに戻る。華凛もちゃんと、ついてきてくれた。

 翌日は人魚捜索と言う名の水泳大会が行われた。泳ぎが得意でない俺は基本的に審判を務めた。昼食は流し素麺そうめん。夕食は合宿定番のカレーを食べ、水泳の疲れからか皆九時から十時の間には深い眠りについていた。

 合宿最終日、午前は男女に分かれて水鉄砲合戦だ。男女に分かれた時点で人数差が不利にも関わらず、残機は女子三男子一だ。ビーチの適当な場所に木の板を立て、サバゲー風になったところで、スタート。

 俺と陸は序盤から飛ばしていく。そして女子チーム全員、残り残機一まで減らした。が、水が少ない。押し切れるだろうか。


「唯葉、余分に水あるか?」


「一個なら。これでラスト」


 そう言って投げて渡す、陸は上手くキャッチし、素早くリロード。その間に俺は秘密兵器を取り出した。そして六月一日と小原先生がいる板裏に投げた。フラググレネード(水風船)だ。


「先生!未由ちゃん!上よ!」


「上?ええええぇぇぇ!?」


「くっ……」


 六月一日と小原先生がグレネード回避のため飛び出す。そのタイミングを見計らい二人同時狙撃。ヒットしたのを確認し、俺は華凛に、陸は千里先輩に距離を詰める。そしてタイマンを制し、俺たちが勝った。


「くっそー、色気作戦失敗して残機減らしたのがなければなあ」


 六月一日が昨日のカレーを食いながら、悔しそうに呟く。華凛も先程まで膨れてたのだが、カレーを食って復活した。よかった、よかった。


「んで、これから帰る時間まで何すんの?」


 俺が問うと、六月一日はお代わりを注ぎながら答えた。


「レポート制作」


「レポート?」


「うん。人魚捜索ってした手前それなりのレポート書かなきゃいけないんだよ。私だけじゃ到底とうてい無理だから、みんなに手伝ってもらおうと思って」


「まあ、なるほどね」


 うちの高校は合宿を行った際、レポートを書く必要がある。と言っても、どんなことがあったかとか、結果はどうだったかを適当に書けばいいだけ。かなり緩いものだ。


「先ずは人魚見つけたことにする?しない?」


「いや、流石にいないだろ」


 俺が指摘すると華凛と陸がうんうんと頷いた。


「仮にいたことにするとしても、なんて書くつもりだ?」


 陸がごっもともなことを言う。だが、六月一日が待ってましたと言わんばかりの顔を見せた。その様子に俺と陸は期待のまなざしを向ける。


「金髪ツインテのツンデレさんでした」


「期待した俺らが悪かったです」


「仕方ないじゃん、今考えたんだし」


 緩いと言えど流石にそれは通らないだろう。


「千里先輩はどうです」


 俺は六月一日が暴走する前に止めてもらおうと、問いかけてみる。だが予想外の返答を聞くこととなった。


「いいと思うわ。難しでしょうけど、面白みがあって」


「どうだ!面白みのない奴らめ!」


 千里先輩という後ろ盾ができた途端に意気揚々として調子に乗り出した。この野郎。


「おい、陸からもなんか言ってやれ」


「千里先輩に賛成だ」


「うん知ってたよこうなるの」


 俺と華凛は呆れ返ってしまい、顔を見合わせて笑ってしまった。そして、頷く。


「しゃーねえ!いっちょでっち上げと行きますか」


「言い方は悪いけどそうだな、やったるぞ」


 全員で拳を掲げおー!と声を上げた。その様子を見ていた小原先生ははぁと呆れ果てたため息をつき、苦笑いを浮かべた。


「お前ら、ここに私がいること忘れてんだろ」


 ぼそりとそう呟いて黙認するように外に出て行った。それを俺は横目に見てから、みんなを一瞥した。


「何か案がある人」


「無人島に流れ着いてここまで送ってもらったでいいんじゃない?」


 六月一日が手を挙げながら言った。なんでそんなスケールでかいんだ。ツッコミを入れようと思ったが華凛が間を置かずに手を挙げたのでやめた。


「無人島に流れ着いた私たちを待っていたのは凶暴な人魚だった。私たちは命からがら逃げつつ船を直し、帰還きかんする......」


「無人島は確定なのね]


 俺は苦笑いをしてしまう。結果、無人島に流れ着いて人魚にここまで送ってもらったことになった。

 そして、合宿の帰り。皆疲れ果て、眠っている。俺も例外でなかった。薄らとしたまどろみの中で何故か、でも確かな変動のきざしが見えたのだった。

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