第7話 夏休み突入!
一学期末テストの最終日。最後のテストは日本史だ。
だが、それはどうでもいい。これが終われば後数日で夏休み。つまり合宿が近づいているのだ。本当に、楽しみで楽しみで仕方がない。
テストの結果で補習とか言ってたが、勉強会でみっちりやったのだから、余程のことがない限り、六月一日なら大丈夫だろう。
俺は残ってしまった二十分を眠らずにわくわく気分で過ごした。
テスト最終日の後は部活がある。今日は昼食をみんなで食べようという六月一日の提案の元、陸と六月一日と一緒に部室に向かう。途中で華凛と千里先輩も合流し、みんなで部室に向かう。
「六月一日、テストの手応えは?」
「ギクリ」
「ギクリって何だよ、怖いな」
「嘘だよ、今回は絶対大丈夫!合宿がかかってるからね!本気出したから!」
「まあ、そこまで言うなら大丈夫かな」
自信満々の六月一日にこれ以上しつこく言うのも悪い気がしたのでこの辺でやめておく。
「ふふっ、よく頑張った未由ちゃんに、後でお茶いれてあげるわね」
「やたー!」
「千里ちゃん、私もお願いします」
「ええ。二人もいるでしょう?」
「はい、いただきます」
「ありがとです」
千里先輩を真ん中に、六月一日と華凛が横に並んで歩く。俺と陸は顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
当たり前だ。互いの好きな人が、笑顔なんだからこっちも笑顔になるってもんだ。
部室に着き、弁当を取り出して昼食を食べる。会話は主にテストの事だ。六月一日は特に点数を気にしているようで、飯を食いながら自己採点をし出す始末だ。それに俺や千里先輩、陸そして一年生にも関わらず華凛も力を貸し、欠点はないであろうという結果が出た。それによって六月一日は本来の元気が戻ったか、活き活きとしている。
程なくして、昼食を終えた俺たちは、合宿で何をするか話し合うこととなった。
「はい、何かいいアイデアある人!」
バンと机を叩いて六月一日が立ち上がりながら言う。その際、華凛がビクッとなる。
「おい六月一日、華凛がびっくりしてるだろ、すげー可愛いけど」
「おお、そうか。ごめんね、華凛ちゃん」
「だ、大丈夫です」
「んじゃ、気を取り直して、アイデア出しやってこうか」
そう言って、六月一日は壁際に寄せていたホワイトボードを近くに引っ張ってき、ペンで夏休みの合宿についてと書いた。
「詳しい日程とかのしおりは小原先生が作ってくれるらしいので、私たちは全体自由時間と個人自由時間をどうするかを決めればおけらしいよ」
六月一日の説明を聞き、千里先輩が一番に手を挙げた。
「私、ビーチバレーをしてみたいわ」
「おお、いいね〜」
六月一日はホワイトボードに点を打ち、下にキュッキュと大きくビーチバレーと書いた。そして六月一日が振り返ると同時に華凛が元気良く手を挙げる。
「水鉄砲でバトル」
「そんなに水鉄砲ある?」
「十個くらいあるので大丈夫ですよ」
「マジか華凛ちゃん、ならそれも採用だね」
六月一日は感心した様な表情のまま、ビーチバレーの隣に水鉄砲合戦と書く。
すると続け様に華凛が手を挙げた。
「蟹食べたい」
「それはご飯の時にしましょうね。でもまあ一応書いとくか?」
そう言って、脇の方に小さめで蟹と書く。いや、蟹を食べるって書こうよ。名詞だけじゃ伝わらないってお母さん言ってなかったの?
アイコンタクトでそう伝えるが、六月一日はスルーして陸を見る。
「式部はなんかない?」
「俺は、特に何もないよ。みんながやりたい事に参加するだけでいい」
「
「してねえから大丈夫だ」
ふっと、本当にそう思っていると言わんばかりの笑みを見せる。千里先輩が少し心配そうに陸を見ていたが、すぐに普段の表情に戻った。いや、少し悪戯っ子の様な笑みを浮かべているような気がした。
「なら、いっぱい付き合ってもらうわよ?陸君」
千里先輩が陸に顔を寄せ、今度こそ確実に
「え、あ、はい。もちろんです……」
不意を食らってか、陸はほんの少し頬を赤くし、そっぽ向いてしまった。
これはからかってやらんとな。
「おいおーい、真っ赤になっちゃってまあ」
「うるせえ……」
「言葉に力がないですねぇ、落ちた?落ちちゃった?恋に落ち痛い痛いストップ、ギブ!ギブだから腕捻るのやめて!」
未だ真っ赤ながらも俺を止めるために必死だった。その様子を見て、千里先輩はひっそりと、笑い声を上げていた。六月一日も華凛も、声を上げて笑っている。
ようやく解放され、席に座り直す。
「はー、笑った笑った。んで、九重はなんかないの?したい事。あ、華凛ちゃんと遊びたいとか言わないでよ?」
「みんなでやる事だからだろ?そうだなぁ」
困った。正直に言ってしまえば、これがしたい!と言うような物がない。皆と一緒に遊べるという時点で満足しているに近いのだ。
だが折角だ。何か、言っておいた方が良いだろう。
「バーベキュー、かな?」
「あー、いいねぇ。初日の晩ご飯にでもバーベキューにする?」
「なら買い出しに行かないとね」
千里先輩がそう言って笑いかけると、皆が同意を示すように頷いた。
「そうなると、いつ行くかなんだけど、千里ちゃん夏休み予定あるのいつ?」
「お盆までは暇を貰っているわ。だからいつでもいいわよ」
「りょ!他は?予定ある日あるなら言ってね」
「六月一日、悪いが俺は夏休みの初日に少し予定がある。悪いな」
申し訳なさそうに陸が言うと、千里先輩がにこりと微笑む。
「別に謝る事じゃないわ。それじゃあ、どうしましょうか」
「食材を買うわけだから、合宿の日程に近い方がいいと思うぞ」
流石に冷蔵庫に入れても鮮度は落ちてしまうだろう。それを
「そだね、でも流石に前日はゆったりしたいし、二日前の七月三十日かな」
六月一日の提案に反対の意を唱える者はいない。決まりだ。その時、扉がガラリと開く。小原先生が入ってきた。刹那、六月一日がスススと小原先生に近づいて行く。
「先生、私たち三十日に買い出しに行くんですよ。バーベキューの食材を買いに」
「そうか」
だからどうしたと言わんばかりの表情で小原先生は六月一日を見る。六月一日はというと、特に何も変わらないまま、本題を告げた。
「車で送り迎え、そして食材を私の家に届けてください!」
「バーベキューは私も食えるよな?」
「当たり前じゃないですか」
「なら良し。仕方ないなあ!」
ちょろいと言いそうになったのを俺は必死に堪えた。だと言うのに。
「上官、ちょろい」
華凛が言っちゃったのである。
「お、おい華凛?それは言っちゃいけないぞ、俺もそう思ったけど言っちゃ……はっ!」
「ほう、お前もそう思ったと」
小原先生は軽く怒っていた。そして目で何か言いたいことはあるかと問われ、俺が首を振った刹那、
「んで、何処に何時に、迎えに来たらいいんだ?」
俺を沈めたあと、華凛には何もせずに六月一日たちに問う。ふ、不平等だ……。
「十時に学校の校門でどうです?」
六月一日は、んーと考えるような動作をした後、首を少しだけ傾けながら提案する。
「わかりやすいしな。じゃあ三十日午前十時に学校の校門前。五分遅れたら置いて行く。それじゃ私は残りの仕事を片付けに行く」
「もうですか」
俺は起き上がりついでに尋ねると、小原先生は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「私は息抜きに来てみただけだ。地味に仕事抱えてる」
「そ、そうですか、頑張ってください」
「ああ。お前ら、今日の最終下校時刻は午後三時だからな。じゃ」
小原先生は軽く手を上げ部室を出て行く。俺はチラと壁に掛かった時計を見る。もう二時半近い。案外時間が経っていた。
「後三十分あるけど、どうする?」
俺が皆に向けて問いかける。
「んー、基本的には人魚捜索って建前があるからね、こんくらいで十分じゃないかなって思うよ。足りなかったらその場で考えればいいさ」
六月一日がぐっと伸びをして、そう言った。そして腕を下ろし、勢いそのままに立ち上がった。
「よし、今日はお開きにしよっか!テスト後で疲れたろうし?てか疲れたし!」
「そうね、じゃあ帰りましょうか」
千里先輩は同意の意を口にし、帰り支度を始める。それを見て、みんなも帰り支度を始めた。
***
それから数日経って、夏休みに入った。テストの結果は皆高得点を叩き出し、補習をする者はおらず無事みんなで合宿に行ける。
買い出しまでやることのない俺は、パソコンでブラウザゲームの周回をしながらスマホでもゲーム周回。テレビは録画していたアニメをつけて机にポテチと炭酸飲料を用意し、食っちゃ寝をして過ごした。
そして待ちに待った買い出しの日となった。俺は一先ず華凛の家に寄り、一緒に学校に向かうことになっている。そして着くや否やインターホンを鳴らす。すると、華凛が飛び出してきた。黒白のボーダー柄のTシャツに黒のパーカーを着て七分丈のダメージジーンズというファッションだ。少し暑そうだと感じるが華凛は平気そうな顔でいるので通気性が良かったりするのだろうか。
「おはよう華凛、髪結ぶよ」
「お願いします」
俺は
「よし、できたぞ」
「ありがとうございます」
「よし、行こうかね」
「はい」
暑い日差しの中、並んで歩き始めた。
「てか、今思ったけど、こんな早くに行って何するんだ?」
「水着とか、他に色々なもの買うって言ってました」
「へぇ」
水着、水着ねぇ。俺はふと華凛の水着姿を想像してしまった。華凛はどんな水着を着るのだろうか。買うということはスク水ではないだろう。ビキニだろうか、ビキニがいいな。オフショルダータイプも似合いそうだな。
「唯葉先輩?」
「ん?どした?」
「いえ、ぼーっとしてるように見えたので」
「ああ、悪い。何でもないよ」
ポンと華凛の頭の上に手を置いてひと撫でする。華凛はそれをくすぐったそうにされるがままだった。
学校に着くと、既に陸と千里先輩がいた。六月一日の姿は見当たらない。
「おはようございます、千里先輩」
「おはようございます、千里ちゃん」
「おはよう、唯葉君、華凛ちゃん。未由ちゃんなら、お手洗いに行くって言ってたわ」
きっと、お手洗いは口実で、二人きりにしてあげようという配慮なのだろう。そう思いながら陸の方を見て挨拶代わりに適当に手を上げる。
「お、みんな来てる。ナイスタイミングだね」
そう言いながら六月一日が校舎の方からやってくる。少し白々しい。俺は六月一日に近づき、ひそひそ声で問う。
「わざと陸と千里先輩を二人きりにしたか?」
「当たり前じゃん。あの二人の場は私にとってアウェー過ぎる。トイレに逃げたわ」
「まあ、お互い楽しそうだったしな。遠くから見てもわかるくらい」
「九重と華凛ちゃんも似たようなもんだよ。リア充共が」
六月一日が肘で俺を突き、恨みがましく睨みつけてくる。俺はそれを無視し、華凛の側に移動するのだった。
しばらく待つと、大きなワンボックスカーが校門前の少し逸れた場所に止まり窓から小原先生が顔を出した。
「お、全員集合しているな。乗りたまえ」
「ありがとうございます、小原先生」
六月一日が一番に車に乗り込み運転席に乗り出して言った。俺たちも六月一日の後に続く。
「よろしくお願いしますー」
「よろしくお願い致しますわ」
「よろしくです、上官」
「よろしくです」
各々挨拶をして車に乗り込み座った。俺たちがしっかりとシートベルトを着用したのを確認してから車を出した。車はおよそ十分後にショッピングモールに到着した。
「到着だ、私は適当に暇をつぶしておくから終わったら華凛、連絡をくれ」
そう言って小原先生は手を振ってどこかに歩いて行ってしっまった。
「よし、とりあえず水着見に行こうか」
女子三人は腕を組んで、水着売り場に向かって行く。水着かぁ、みんなどんな水着を選ぶのだろうか。楽しみだな。
「あ、男子諸君は来ちゃだめね」
「「え?」」
俺と陸はそろって呆けた声を出してしまった。その様子を見て六月一日がくくくと笑い出した。
「当たり前じゃん、合宿の前には見せられないよ。当日を楽しみにしなさい」
そう言って行ってしまった。
「...まじか」
「いやまあ、確かに今日見ちゃうのは違う気がするけどさ」
「どうする?」
「...さあ」
結局、どうするかわからず、とりあえずおもちゃ屋に向かった。今頃キャッキャウフフしてるんだろうなと思いながら。
***
「悪いことしたかしら」
千里が少し申し訳なさそうに言った。すると、未由がにかっと笑って千里の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ、九重と式部には当日楽しみにしていてもらおうよ」
「そうですよ。恥ずかしいですし」
華凛も未由に続いて言う。そこまで言われてか、千里も渋々といった感じで頷いた。
「二人の水着は私がしっかりプロデュースしたげるから、悩殺狙ってこうぜ」
未由はグイグイと千里と華凛を引っ張り、水着売り場に向かって行くのだった。
***
約一時間後、水着の買い物を済ませた華凛たちと合流し合宿に着ていく服を物色することになり、俺と陸は特に買い足す必要がなく、基本的に後について行くだけ。たまに感想を聞かれ返答することもあるが。
ここで声を大にして言いたいのは、華凛が何を着ても可愛い。相変わらずの華凛好きっぷりであった。というかなんだろうか、先程から華凛は俺の、千里先輩は陸の好みに絶妙に触れつつ華凛や千里先輩の好みでもある服ばかり六月一日が選んでいる気がするのだ。
だからって、口に出してしまえば自意識過剰だと言われるのだろう。だから俺と陸はそのことに対して何も言えず、結局自分の持ちうる語彙力をフル稼働させ、互いの好きな人を見て褒めることに尽くした。
そして十一時半、少し早めの昼食をとることにし、フードコートに向かう。
「席空いててよかったね」
六月一日が席に座るとすぐに伸びをして言う。俺はそれに同意を示した。
「確かに、早めに来て正解だったな。俺と華凛が席座っとくから、陸たちが先に注文してきたらどうだ?」
「お、悪いねぇ。じゃ一足先にうどん注文してくるわ!」
そう言って六月一日は陸と千里先輩を置いて行く。陸と千里先輩、俺と華凛は顔を見合わせ、笑い合う。
「それじゃ、行ってくる」
「おう、行ってら」
俺は同方向へ向かう二人を見送り、ふうとひと息ついた。
「楽しいか?華凛」
「はい、楽しいです。可愛い水着が買えて、可愛い服とかっこいい服とか見れて、唯葉先輩にいっぱい可愛いって言ってもらえて」
「そっか、それは良かった」
とても楽しそうに笑顔で語る華凛を見て心の底からそう思い、俺もつられて笑顔になる。
「唯葉先輩はどうでしたか?」
少し不安そうに俺を上目遣いに見てくる。水着を買いに行った際、置いて行ったのを行った少しくらいは気にしているのだろうか。
「俺も楽しいぞ、当たり前だろう」
そう言って俺は華凛の頭を優しく撫でた。すると華凛はくすぐったそうにはにかんで撫でられ続ける。
「イチャコラしてるねえお二人さん。買っておいで、私が座っとくから」
六月一日が机をこんこんと叩いて知らせてくれる。華凛に夢中で気が付かなかったぜ。
「了解だ、行くか華凛」
「はい」
俺と華凛は立ち上がり、注文をするためにどこか並ぼうとして、足を止める。
「そういえば何食べるか決めてなかったな、何食べる?」
「唯葉先輩と同じのを食べたいです」
「そう来たか、ならそうだな、パスタなんかどうだ?」
「あ、いいですね。賛成です!」
にぱっと笑ってそう言ったので、俺は少し安堵し、列に並ぶ。並んだタイミングが良かったのか、すぐに順番が回ってき、注文を済ませた。ピーピー鳴るやつを渡されなかったので、脇に逸れて品を出させるのを待つ。
そこで突然、華凛が俺の手を握ってきた。視線は若干下を向いており、それが
華凛、と。呼ぼうとした時、カタリと音がする。見れば、料理が出来たらしく、受け取りカウンターにミートパスタとカルボナーラが置かれる。
それと同時に華凛は手をぱっと離した。俺が混乱する中、華凛は何事もなかったように、ミートパスタを受け取って、俺を見た。
「早く行きましょ、先輩」
「あ、ああ」
まあ、わからないのは今に始まった事じゃない。それに、もうすぐしたら動き出すだろうし。それからでも遅くはない、はずだ。
席に戻り、昼食をとる。華凛がカルボナーラが食べたいと言うので一口あげた。華凛はミートパスタを一口あげると言ってくれたが、適当に理由を付けて断った。
六月一日が何か察知したかのような目線を向けてくる。俺はそれに何でもないと、とりあえず目で訴えてみたが、伝わったかは知らない。
昼食を終え、合宿のバーベキューの食材を買いに行く。
「あー、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
軽く尿意に襲われ、丁度いいタイミングだと思いそう宣言する。
「ん、了解。スーパー前で待ってるよ」
六月一日はそう言ってスーパーの方へ歩いて行く。なるべく急ぐか。俺は小走りでトイレに向かう。距離的には東館の方に向かった方が近い。三メートル程、外に出るがその程度なら別に問題もないだろう。
トイレを済ませ、来た道を戻る。すると、華凛が東館のドア付近にいた。
「華凛、待っててくれたのか?」
そう問うも、華凛は何も答えずに、こちらに歩み寄ってくる。そして俺の腕を掴んで引っ張ってく。向かっているのは外だ。東館と西館の間のたった三メートルの道を進むと、人気の全く無い場所に来た。
え?なにこの展開。どうしよう心の準備ができてないよ。
ドキドキと、鼓動を速くする。
その、刹那---
ぞわりぞわりと、正体不明の
恐怖の原因は何だ?一つしかない、先程から俯いている華凛だ。覚悟を決める時が来たのだと思った。でもしばらく待っても何も起きることなく、不意に涙が一滴落ちた。
最初は、演技かもしれないと思い、さらに身を固めてしまうが、二つ、三つ、四つと立て続けに零れる様子を見るとそんなこと言ってられず、華凛に一歩近づく。
「...うぁぁぁあああああああああ!」
華凛が突然俺の胸に飛び込み、そして文字通りの大泣きをしてしまった。
俺は何と言えばいいのかわからず、
「大丈夫だ」
気づけば、そう言っていた。目の前で女の子が泣いている状況なんて、出会う機会などほとんど無い。もしあったとしても原因がわからないのでは手の打ちようがない。だから下手なことが言えない。だからって黙りこくってしまうのは悪手だ。
その結果大丈夫という言葉をチョイスしたのだろう。
「華凛がどうして泣いているのか、俺にはよくわからないけど、大丈夫だ」
「...本当に?...ぐすっ...いなくならない?」
いなくならない?
その言葉にどんな意味が含まれるのだろうか。だがそれは半ば意味のない疑問であった。答えなど、どんな意味であろうと変わらない。
「ああ、いなくならないさ。傍にいる。もし、何らかの理由で離れてしまったとしても、華凛の傍にいくから」
そう言って一層強く、華凛を抱きしめる。
それから華凛が泣き止むのに一分もかからなかった。俺は華凛の手を引いて、六月一日たちのもとに向かう。
「お、遅いぞここの...え?」
六月一日が目の周りが赤くなった華凛を見て、俺を犯罪者を見るような視線で見る。その横を見れば陸も同じような顔をしている。
「とうとうやっちまったか九重」
「いつかやると思ってました」
「待てこら、要らぬ勘違いしているぞ」
「え?九重が華凛ちゃんに無理やり迫ったんでしょ?」
六月一日は俺の隣にいる華凛に問いかける。すると、華凛はパッと顔を上げて微笑んだ。
「唯葉先輩に、慰めてもらってました!」
「変なことは?」
「されてないですよ」
「まあ、華凛ちゃんがそこまで言うなら信じるか。さて、食材買いに行くかー」
そう言って、六月一日たちはスーパーの中へと入って行った。俺の信頼は全くないようですね。
「行きましょ、唯葉先輩」
「...ああ」
俺の腕を引っ張る華凛はどこか晴々していて、今まで以上に、輝いた笑顔を俺に向けるのだった。
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