第6話 勉強会開催!
体育祭から時は過ぎ、七月の上旬。期末テストを四日後に控えた土曜日、俺は華凛の家の前に来ていた。
今日明日と千里先輩の家で勉強会があるので、千里先輩の家を知らない華凛を案内することになったからだ。実に役得だ。
インターホンを鳴らすと、途端、中でドタバタと音がし出し、数秒後に華凛が飛び出てきた。淡い青のショートデニムと黒のオフショルダーブラウスに白と黒のスニーカーというとてもシンプルな服装だ。服装からも慌てて出てきたのがわかるほど少し乱れている。
それに気づいたのか、顔を少し赤らめながらパパッと直す。
「お、お待たせしました。おはようございます」
「お、おう。別にそんなに急がなくても良かったんだぞ?まあ、おはよう。荷物持つよ」
「あっ、ありがとうございます」
「んじゃ、行きましょうかね。髪はまとめる?」
「ポニテでお願いします」
「はいよ」
妙なアレンジはできないので少し高めの位置でポニテを作る。うなじがちらちらと見えるが、平常心を保つんだ、俺!
「よし、できた。行こうか」
俺はそう言って華凛の肩をぽんと叩いて歩き出す。すると華凛は小走りで俺の隣まできて、並んで歩き始める。
「どのくらいで着くんですか?」
「んー、こっから駅まで十分で、電車でまた十分。そっから一五分くらいバスで行ったら着くよ。だから三十五分くらいかな」
「結構遠いですね」
「千里先輩の家、というか敷地が凄く広いからね、結構山奥まで行かないと土地がないんだろうな。あれは語彙力低下しちゃうくらい広い」
「豪邸ですか」
「ああ、超が付くくらい豪邸」
身振り手振りで豪邸のヤバさを表現してみると、華凛の中で期待が膨れ上がったのか、目を輝かせる。
「楽しみです!」
「そっかそっか」
本当に楽しそうに歩く華凛を微笑ましく思いながら、今日は華凛とどんなムフフなことができるかなと思い
その後、電車に揺られバスに揺られてついに千里先輩の家に着いた。目の前には三メートルはあるであろう門があり、遠くに屋敷が見える。
「ここだぞ」
「こ、ここが……」
華凛は口を開けたまま
「広い……広すぎて広い……」
華凛は完全に語彙力を失っていた。もう広いしか言っていない。俺は華凛をそのままにし、ベルを鳴らす。からんとなってしばらくすると向こうからメイドさんがやってきた。
「いらっしゃいませ、九重様、天川様」
門が開けられ、メイドさんが綺麗なお辞儀をする。メイド、と言ってもメイド喫茶のような可愛さを求めたデザインではなく、ロングスカートでシンプルで清楚なものだ。
「
と、申されてもどう反応して良いのだろうかとふと考える。適当でいっか。
「よろしくお願いします、前坂さん」
「ええ。ではこちらへ」
「はい。……華凛?」
歩き出さない華凛。未だに愕然とした様子から戻っていなかった。硬直時間長くないですか?仕方ないので、俺は華凛の手を取ってくいっと引っ張る。するとハッとした様子で俺を見てから、繋がれたら手をまじまじと見つめ始めた。
「……やれやれ、吸血鬼狩りとあろう者が、この程度で狼狽えてどうするのだ」
手を握ったことが今更恥ずかしくなった俺は厨二病で照れ隠しをする。
「うっ、狼狽えてなどいないぞ!」
でも華凛は照れ隠しに気づかなかったようで、大股で歩き始めた。臆していないと言わんばかりに。でも俺の横まで来たら歩幅がいつも通りに戻る。手は、繋がれたままだ。
なんで、なんでその手を、そっと離してくれないのか。付き合っている訳ではない。俺が手を取ったのも、言外に早く行こうと込めただけに過ぎないのだ。それに、俺は力を入れて握ってない。
五分か、十分か、それくらい経っただろうか、やっとの思いで屋敷の玄関前に辿り着いた。庭が無駄に広いから、ここまで来るだけで少々疲労してしまう。教師に物を運ぶのを手伝わされた時のような、そんなちょっとした疲労に似ている。
大きな扉が前坂さんによって開かれ、眼前には、数人のメイドが一斉に綺麗なお辞儀を見せた。俺と華凛はその間を戸惑い気味に通り、客間に案内される。そこには、千里先輩と陸がいた。
「おはようございます、千里先輩」
「おはようございます、千里せ…ちゃん」
「ええ、おはよう。ふふっ、遠かったでしょう?門を潜ってからが」
華凛が少し疲れているのを感じ取ったのか、千里先輩は華凛を見て微笑んで、そう言った。
「そうですね、でも、凄いお庭でした!」
「でしょう?と言っても、私はあまり手入れに参加させてくれないから、自慢気に語るのもおかしな話だけれど」
そう言いながら、華凛に隣に座るように促す千里先輩。華凛は躊躇うことなく、というか嬉しそうに隣に座った。一息ついて、俺は陸の隣に人一人分空けて座った。
「陸もおはよ、千里先輩との二人きりの時間は楽しかったか?」
「メイドさんがいたから完全に二人っきりって訳じゃなかったけど、楽しかったよ。そっちは?完全に二人っきりだった吸血鬼さん?」
「そりゃもうイチャコラしましたよー」
「……そうか」
陸はそれだけ言って、華凛と楽しそうに話す千里先輩を見る。
はっと息を吐いた刹那、バァン!と扉が開かれた。
「やあみんな!おはよう!早いね!…ん?どうしたのみんな、別に遅れてないしいいよね?」
「俺らがうわって目で見てんのはそこが問題じゃないと思うな」
「まあ、知ってる」
六月一日はドヤ顔でそう言って、くるりと振り返る。その先には前坂さんがいた。
「六月一日様、扉は静かに開け閉めして下さいね。ではお嬢様、あとはお任せしてもよろしいのですよね?」
「ええ、ありがとう」
「はい。では皆様、ごゆっくり」
前坂さんは静かに扉を閉めて行った。それを見送ってから、千里先輩が立ち上がった。
「じゃあ、勉強会を始めましょうか。私の部屋に案内するわ」
そう言って先導するように歩く。華凛と六月一日がほいほいとついて行く後ろを、数歩遅れで俺と陸がついて行く。しっかし、千里先輩の部屋か。陸が心なしかそわそわしているように見える。無理もない。高一の頃だったか、行ってみたいなあって言ってたような気がする。
千里先輩の部屋は無論、広かった。学校の教室よりは少し狭いくらいの広さがあるだろうか。物が少なく、屋敷に似つかない質素な部屋で、千里先輩らしいと思った。
「適当に座ってて。お茶を取ってくるわ」
そう言って丸テーブルの周りの可愛らしい座布団を指差して、部屋を出てしまった。
「……俺は華凛の横がいい。それ以外は嫌だ」
「私もなるべく唯葉先輩の隣がいいです」
「んなこと言われなくてもわかってるっての。式部は千里ちゃんの隣がいいでしょ?」
「……まあ」
「じゃあ、俺、華凛、六月一日、千里先輩、陸の順番かね」
「そうだね、じゃあ座っちゃおう」
等間隔を空けて丸テーブルを囲むように座り、千里先輩が戻ってくるのを待った。しばらくすると、千里先輩がトレーを持って部屋に入ってくる。トレーの上にはティーセットが置かれていた。
それをテーブル中央に置くと、一杯一杯丁寧に紅茶をいれていく。そして五人分いれ終わると、ぱんと手を叩いた。
「では、勉強会を始めましょう。部長どうぞ」
「えっ!私に振る?部活関係なくない?」
「いいじゃない」
「……まあ、頑張ってみんなで合宿行きましょう、わからないところビシバシ聞くのでよろしくです!んじゃ、スタート!」
ちょっとだけヤケクソ気味に言って、勉強会が始まった。
のだが。
「もう無理」
「早いよ六月一日。スタートって言ってから何分だと思ってんだ」
「二時間」
「二十分だこのやろう」
「仕方ないじゃん!集中力続かないもん!」
大の字になって寝っ転がる。そのまま寝そうな勢いだ。
「未由ちゃん、もうちょっと頑張らない?後でお茶菓子出すから」
「よし、それまで何とかして頑張る」
「「ちょろ」」
俺と陸がボソリと呟くと、六月一日がこちらに睨みを効かせる。だからふいっとそっぽ向く。それから一時間半後に、一回目の休憩をすることになった。千里先輩が予告していた通り、お茶菓子が用意され、美味しくいただいた。そして昼食ができるまで勉強し、午後もほとんど会話もなく、偶に質問をするくらいのまま、休憩を挟みつつ十八時まで勉強を続けた。
「ふぅ、久々集中して勉強したー!」
六月一日がぐっと伸びをして、千里先輩に抱きつく。千里先輩は優しく六月一日の頭を撫で、俺たちを見た。
「とりあえず、夕食ができるまで休憩にしましょうか。私は少し、厨房の様子を見てくるわ」
そう言って、部屋を出て行く千里先輩。なんだかやけに落ち着きがない気がするんだが、みんなはそう思ってないのか、至って普通だった。
その後、しばらく華凛と聖戦を繰り広げていると、千里先輩が戻ってきた。
「夕飯、食べましょうか」
ニコリと微笑んで、夕食の支度ができたことを知らせてくれる。すると六月一日が一番に立ち上がる。
「しゃあ!飯だ飯ー!」
「夕飯の後はお風呂よ」
「風呂かぁ、男と女どっちが先入るの?」
「ああ、別れてないのか」
男女別々に風呂があるもんだと思っていた俺は少しばかり残念に思いながら呟く。すると千里先輩がくすりと笑った。
「ええ、流石にね」
「俺と唯葉は後でいいですよ、な?」
「ん?ああ、俺はどっちでもいいぞ」
「そう?なら食べ終わって少ししたら私たちが先に入りましょうか」
そう言って、六月一日と華凛に柔らかい微笑みを向け、こちらをチラと見た。俺と陸は
「俺、陸は将来千里先輩の尻に敷かれると思った。そのくらいちょっと怖かったぞ!?てか、どうやったら一瞬だけ般若みたいになれるんだ?」
「まだ付き合えるかもわかんねえのに変なこと言うな!確かに怖かったけど……」
向こうに、特に千里先輩に聞こえないようにヒソヒソと話し、覗きはしないという結論が出た。
夕飯は厨房の料理人が作ったものだ。ナイフとフォークでステーキを食べようと苦戦する華凛が凄く可愛かった。
食後、雑談をして少し時間を空けてから風呂に入ろうということになり、自由な時間を過ごす。俺と陸は勉強。千里先輩と六月一日と華凛は雑談を交えながら暗記科目以外をやっていた。俺は華凛を、陸は千里先輩を。笑顔の彼女らを見ながら、黙々と空白を埋めていった。
三十分程度経った頃、千里先輩がチラと時計を見て立ち上がった。
「そろそろ、お風呂に行きましょうか」
「そだねぇ、あちょい待ち、ここ解けそう」
「六月一日先輩早くお願いしますね」
「ならプレッシャーをかけないでくれるかな?」
そう言いつつも六月一日はペンを走らせ続け、問題を解き終えて立ち上がって部屋を飛び出そうとして、扉の手前で止まった。
「覗きにくるなよ?」
「それは振りか?」
「んなわけあるか」
「ですよねー。わかってるよ」
俺は早く行けと言わんばかりに手をひらひらと振る。すると六月一日はつまらなさそうな表情をして部屋を出て行き、千里先輩が苦笑いでそのあとを追う。
「……行ってきます、唯葉先輩」
小さく手を振ってから恥ずかしくなったのか、慌てて六月一日たちを追う。
「可愛すぎか」
「お前の天川への愛がキモすぎる」
「キモい言うな。……なあ」
「ん?」
「庭に出てもいいかな。すげー探索したい」
「聞けばいいだろう」
「ついて来い。話したいことも、あるしな」
そう言うと陸ははぁぁと少し長めのため息をついて、立ち上がり仕方ないからついて行ってやると言わんばかりの表情で俺を見る。
それに俺は苦笑いをし、千里先輩の部屋を出て近くにいたメイドさんに庭に出てもいいか尋ねた。案外すんなりと許可が取れ、俺と陸は庭を探索する。
「で、なんだ?」
「千里先輩のこと、何かわかったか?」
「特別変わった情報は何も得てないよ」
基本的情報は全部知ってますって聞こえるのは気のせいだよな?
「好きなタイプとか聞かないのか?」
「んなもん聞けるか。アピールしてるって思われんだろ」
「まあな。吸血鬼である俺はかなりの時間を過ごし、恋愛も
「お前設定年齢何歳だよ」
「おいこら、夢を壊すようなこと言うんじゃない。ええと、多分七百超えてる」
「厨二あるあるだな、設定が凝ってるやつと凝ってないやつの差が激しい」
確かに、と俺は思った。所々でこれでいっかってなっちゃうんだよなあ。いい設定が思いつかない時に多い感覚だ。
「……唯葉はどうなんだ、天川のこと」
少々強引に俺に話を振ったように思うが、そうでもない。なんせ話したいことは一言二言言葉を交わして終わってしまい、後に続けられた会話に意味など存在しない、カモフラージュの一つみたいなものだ。
真実を、はっきりと述べることができないから、こうしている。俺もまた然り。
「俺と華凛は変わらずラブラブだね。告白はまだできそうにないけどな」
「……悪い」
「ここで謝る意味も必要性もない。お前もわかってるはず」
「ああ」
「それに、他人の恋路がどうこうの前に自分の恋路どうにかしやがれ」
「ああ、全くだ」
くっくっと陸にしては珍しく大笑いをした。基本的に声を出して笑うことはない。なので声に出して笑った時点でそれはもう陸にとっては大笑いとなる。
一体、どこに大笑いする要素があっただろうか。俺はため息をついて、屋敷に戻ろうと歩き出す。
「唯葉」
そこで陸に呼び止められる。俺が歩く速度を落とすだけに留めると、陸が小走りで俺に並ぶ。
「ありがとな」
「何を今更気持ち悪いな」
そんなことを言いながらも、内心、悪い気はしなかった。多分、そう思ったことは陸にバレているのだろう。再度ため息をついて共に千里先輩の部屋へ戻ることにした。
千里先輩の部屋の前にいるメイドさんに入れてもらい、勉強に取りかかること約十五分。千里先輩達が戻ってきた。
ここで俺は声を大にして言いたい。華凛のパジャマ姿が可愛すぎると。誰だ、華凛にうさぎさんパジャマ着せたのは。その問いが伝わったのか否かは知らないが、六月一日が恥ずかしがる華凛を前に押しやり、俺の前に立たせる。
「セッティングバイ私!」
「いいセンスだ。百万でいいかな?」
「ふっ、悪くない」
ノリで小芝居を挟むと、華凛がプルプルと震え出し、フードを深く被ってしまう。
俺は百万、もとい百円を六月一日に渡し、華凛の頭を撫でる。もう心も体もほっこりです。
ふと陸を見ると陸も陸で千里先輩を見ていた。うしさんパジャマだ。
「私には似合わないって言っても聞いてくれなかったから着たのだけど……どう、かしら?」
千里先輩は陸を見てそう問う。陸はそれにトドメを刺されたようで心臓を押さえる。
「…………可愛いと、思います」
「そ、そう……」
「……初々しいねぇ」
「それな」
六月一日と俺がその様子を見てしみじみと呟く。それが聞こえたらしく、陸はそっぽ向き、千里先輩は立ち上がった。
「ふっ……こほん、二人もお風呂に行ってらっしゃい。案内するわ」
「了解です」
「……了解です……」
「というか」
俺がぽつりとそう言うとみんな俺を見た。そこまで注目されるようなことを言うつもりはないが、まあいいか。
「六月一日は普通のパジャマなんだな」
「……井端さん、お風呂場の案内を任せるわ」
「確かに六月一日先輩は普通ですね?」
千里先輩はメイドさんに俺たちを押し付け、華凛はふらりと立ち上がり、六月一日ににじり寄る。
六月一日は俺を見る。なので俺はコクリと大きく頷いた。すると六月一日の顔がぱあっと明るくなり……
「じゃ井端さん案内よろしくお願いします」
「だと思った!」
俺は六月一日をSOSを無視し、メイドの井端さんに頭を下げるのだった。戻ってきた時が楽しみである。
俺と陸は特に会話もないまま、頭と体を洗い終え、湯船に浸かる。
が、俺は五分も経たずに湯船から出た。
「相変わらず、お前早いよな」
そう言って、陸も上がってくる。
「いやまあ、俺すぐのぼせちゃうからさ、陸はまだ入ってていいんだぞ?何なら千里先輩のこと思い浮かべてごそごそしても……あっ嘘ですだから怒らないで下さ痛え!?」
パコーンと、桶で全力で殴られました。
「……どうしたの。そのたんこぶ」
風呂から戻ってきた俺を見て、六月一日がジト目で俺を見てくる。俺は陸に口止めされてるので何も言わない。だから代わりに陸が答えた。
「何でもない」
「ああ、何でもないよ。それよりも可愛くなったな六月一日」
俺が陸の言葉に肯定しつつ、六月一日の格好に目を向ける。隻眼の可愛らしいさめさんパジャマだ。
「千里ちゃんだけならまだしも華凛ちゃんが加勢すると無理ゲー。ささっと投降して着ました」
「どんまい。それはいいとしてと、勉強、始めますか?」
「うーん、そうね、じゃあ今から十時まで頑張って今日は寝ましょう」
はーいと、皆口を揃えて言って、勉強を始めた。ひっそりと華凛とイチャコラしたいと考えたが、真面目に勉強していたので、やめておいた。しゃーねえ、数学の提出課題終わらせっかな。
約二時間程度の勉強時間。真面目に取り組んだお陰か、すぐ終わった気がした。
その後、寝る準備を整え、十時半頃に就寝となった。
***
「ね、ね、華凛ちゃん」
未由が暗くなった千里の部屋で、華凛に話しかけてくる。早く寝たいが、無視するわけにもいかない華凛は面倒そうにため息をついて、いつもの声音を意識した。
「なんですか?」
「九重とはどうなの?」
どうとはと聞く必要はない。華凛が唯葉のことを少なからず思っていることを察しているので、そのことだろう。
「六月一日先輩に言われた通り、アピールしてますよ」
「よしよしよしよしよし。いいぞ、あいつは絶対押した方が落とせるからね!女の勘を甘く見るんじゃねえぜ!」
「未由ちゃん、私にはアドバイスしてくれないけれど、どういうことかしら」
千里が、少々不機嫌そうに呟くと、未由はふっと突然笑い出す。
「ありゃ落ちてるから。もう大丈夫なんだよなぁ」
そこ言葉に千里はあまり納得がいかなかったようで、未由をペシッと軽く叩く。
「明日は六時に起こすわ。早く寝なさい」
「ひえー、早くテスト終わって欲しいぜ全く」
「……ですね、そしたら、合宿が待ってますもんね」
女性陣は合宿の情景を思い思いに想像しながら、眠りについた。
***
それから数時間後。隣の部屋で男二人が寝ている中、俺は目が覚めた。
目覚めた理由は単純。尿意と喉の渇きだ。俺は眠た目を擦りながら、トイレに向かう。トイレを済ませた後、ウォーターサーバーによって横に設置された紙コップを取ってコップいっぱいに水を注ぎ、大きな窓から外を見つつ、少しずつ飲んでいく。
途中、かさっと音がした気がしたが、特に何も起きないので、気のせいなのだろう。
数分かけて、水を飲み干し、紙コップをゴミ箱に捨てようとする。すると振り向いた先に、華凛がいた。
月明かりに照らされ、微笑む華凛が少々幻想的に映る。俺は少しの間、本気で見惚れてしまった。
俺は頭を振り、雑念を払う。
「眠れないのか?」
「いえ、目が覚めちゃったので、水でも飲もうかと思って」
「そか」
それだけ言って、俺が部屋に戻ろうとすると、華凛が俺の腕を掴んだ。
「あの、少しお話ししませんか?」
華凛からのお誘い。これを断る奴がいるなら俺が叩き斬ってやる。
「ああ、わかった。でも、どこで話すんだ?」
「ここで、いいです」
「そか」
俺はそう言って、新しい紙コップを取って水を注ぎ、華凛に渡し、自分が使っていたのにも注ぐ。
「ありがとうこざいます」
「んで、どうしたんだ?」
「……どうやったら、勇気が出ますか?」
俯いて、華凛は呟くように言った。何の勇気がいるのだろう。わからないが、まあいい。
「……悪いけど、それは俺が聞きたいなぁ」
そう言って、俺は笑った。
華凛は呆然として俺を見る。その意外そうな顔で見られ、俺は少しの恥ずかしくなってき、そっぽ向かざるを得なかった。
「まあ、なんだ。俺も覚悟決まんない時が多くてさ。今も……いや、何でもない」
一拍置いて、俺は言葉を続ける。
「ある人が俺に言ってくれたことをそのまま伝えるとだな、勇気は、持つべき時に必ず湧き出てくるって。そう言ってたな。だから俺は、今も違うのかーいって、毎回自分に対してツッコミを入れている始末だよ」
そう言って、華凛に笑ってみせた。
「焦る気持ちはわからなくもない。早く勇気をくれって思うこともある。それでも、焦ってしまう時こそ、冷静に、事を見て本当に今なのか探るんだ。俺は、ずっとそうしてきた」
「……そっか」
華凛はそれだけ言って、紙コップの中身を煽る。そして、俺に向き直った。
「ね、唯葉先輩」
「ん?」
「一緒に、寝ませんか?」
瞳は潤んでいて、勇気を振り絞ったということがわかる。これを言う勇気はギリギリあるといった感じだった。
俺に断る理由はなかった。むしろ、こっちから頼みたいほどだ。
「いいよ。でも、どこで寝るんだ?」
尋ねると、華凛は俺の腕を掴んで引っ張って行く。そしてたどり着いたのは、客間。なるほどでかいソファーがあるので、眠れないことはない。
それに何故か、ソファーの上にタオルケットが置いてある。まさか、あれを用意したのは華凛か?
まあいいや。俺と華凛は肩を並べて座り、タオルケットを共有して使う。
「……おやすみ、華凛」
「はい、おやすみなさい」
華凛はすぐに寝息を立て始めた。俺はというと、眠れたのはそれから一時間後くらいだった。
しばらくして、俺は光を感じ、目を覚ます。壁に掛けられている時計は六時を指していた。華凛はすやすやと寝ている。その寝顔を見ていると、ガチャリと扉が開いた。千里先輩だった。
「二人はここで寝てたのね」
「ええ、まあ」
「ふふっ、やっぱり、唯葉君の近くの方が良かったのね」
千里先輩は柔らかい笑みを浮かべる。
「唯葉君、華凛ちゃんを起こしておいて。私は残りの二人を起こしに行くわ」
「了解です」
そう言って俺は先輩が陸と六月一日を起こしに行ったのを確認してから、俺は華凛の肩にそっと手を置き、軽く揺らす。
こんな時間が、いつまでも続けばいいなと、続かないとわかっているからこそ、思わざるを得なかった。
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