第3話 ラッキースケベは突然に

 聖戦(華凛とのじゃれあい)を幾度いくどと続けているうちに、俺は気づいたことが一つある。聞きたい?聞きたいでしょう?聞きたいって言って下さいお願いします!

 という訳で、聞かせちゃおっかな。気になるもんね!気づいたこと、それはっ!ラッキースケベだっ!

 何だその顔は。何だこいつ見たいな顔をしないでほしいんですが?頼みますから温かい目で見てほしい。

 そんなことは置いておいて、作戦の概要はこうだ。まず、序盤はいつもの聖戦を繰り広げる。中盤、攻めの手を強くする。そして仕上げにあっごっめぇん!必殺のわざとじゃないんですアタックを決める。我ながら阿保あほうだなこれ。

 だがこれだからこそ、男の浪漫ろまんが詰まってるってもんだ。さあ此度こたび実行と行こう。

 教室に入ると、案の定華凛が俺を待っていた。今日は俺の席に座っている。立って待つの疲れたんだね。

 さあ、オペレーション、スタートだ。俺、今日の聖戦で主人公になるんだ。


「今日も来ていたか吸血鬼狩り」


「決着をつけるためです!行くぞ吸血鬼っ!」


「いいだろう。【顕現せよ、隠され、何人にも侵すことの出来ぬ唯我対立の世界】……【シークレットォォォオオ、ワールドォ!】」


【シークレットワールド】を展開し、【血操術】で短剣(定規)を生成し(ポッケから取り出しただけ)、投擲とうてき(ふんわりと)。それを華凛はハンドレールガン(改造水鉄砲)に付いた(ゴム製)ナイフで切り落とし、3連射。俺はそれを【血操術】で生成し直した短剣二本で捌ききる。


「どの程度か?狩人」


「くっ、まだです!来るがいいです吸血鬼!」


「ふっ、ならばこの一撃で終わらせてやる」


 この一撃で、その胸を揉……心臓をえぐるッ!俺は駆け出し技を繰り出した。


「喰らえ!【ブラッディーファング】!【血操術】によって血が獰猛どうもうな狂犬の如き牙を形成し、敵に食らいつくぅ!」


 その技は徐々に華凛の胸へと吸い込まれて行く。届く。そう確信した刹那、ゼウスの雷が再臨した。見事に後頭部を捉えたハリセンは地面に叩きつけるように振り下ろされており、俺は華凛の足元に華麗なヘッドスライディングを決める。

 妨害行為を行ったのは誰だ?いつもよりパワーが強い気がしたから、六月一日だろうか。

 俺はハリセンでぶっ叩いた犯人を視認するために寝返りを打った……のが、悪かった。華凛の絶対的不可視領域が見えた。パンツとも言う。それに気づいた華凛はひやぁぁぁと叫びながら俺の顔を踏みつけてきた。新たな境地に目覚めるかもしれない。と思ったが、すぐに足は退けられ、華凛が俺の側でしゃがんだ。その顔は真っ赤だった。


「ご、ごめんなさい、唯葉先輩」


「いや、華凛が謝る必要はない。完全に俺が悪いんだから。ごめんな」


 起き上がりながらそう言って、俺は華凛の頭を撫でた。狙った結果と違ったが、何だかんだでラッキースケベからの好感度上げ。我ながら完璧過ぎる。

 俺はふうと一息入れて、俺をアシストした人物を見た。予想通り、六月一日がハリセンを握っており、さげすんだ目で俺を見ながら今にも振り下ろしそうな雰囲気がある。華凛に当たるかもしれないという可能性があるからか、まだ、振り下ろしてこない。

 そしてその後ろにいる千里先輩は、何とも言えないような、微妙な表情で俺を見ていた。何故かわからないがそっちの方が心に刺さる。

 とりあえず見てないふりして六月一日を見る。


「何するんだ」


「だって九重さ、さっきの攻撃仕掛けた時、思いっきり華凛ちゃんの胸狙ってたじゃん」


「なっ!?」


「ッ…!?」


 俺は思わず声を上げ、華凛は息を呑み、自身の胸を抱く。

 ば、バレていただと?ラッキースケベは狙ったら起きないものだから狙わないように狙ったのに……がっつり狙ってますね、はい。

 俺は恐る恐る華凛を見ると、今にも泣き出しそうな目をして、俺を見ていた。その目には恐怖と、決意が見られる。


「……唯葉先輩なら……いい、ですよ?」


「なん……だと……」


 そのたわわな果実をこの手で掴むのを許可されただと?思わず伸びる手。その手は千里先輩によって叩かれる。


「ダメよ」


 流石に看過かんかできないと言った表情をされる。仕方がない、ここは諦めよう。ラッキースケベ自体はあったし、見逃してやろう。

 その日の昼休み、俺は特別棟の端にある屋上に繋がる階段へと来ている。屋上で飯を食うためだ。

 だが、この高校は、アニメとか漫画みたいに屋上は解放されていない。恐らく俺だけだと思う。屋上を自由に出入りできる生徒は。

 俺は右ポケットから赤い鍵をを取り出して南京錠を解錠。屋上に出て座り飯を食う。

 屋上には出られるが騒げないのが痛い。まあ無断で出てるので仕方ないことだ。第一、どうやって出たのか聞かれると非常にまずい。

 しばらくして食い終わり、すぐに寝っ転がって仮眠を取る体勢になる。気温があったかいだけあって、すぐに眠気がおそう。俺はそれに争わずに寝た。

 ………熱い。俺は薄らと目を開けた。この時期に暑くて目を覚ますことはない。それに、気温の問題じゃない。そう、人肌の熱が、熱いんだ。

 ………人?

 俺が気配に気づかなかった?俺が右側を向くと、そこには華凛が眠っていた。熟睡具合からして、結構前からいだだろう。ていうか、何で腕枕で寝ちゃうかな。警戒が無いってレベルじゃない。ていうか、警戒されないように、無警戒でいるような。そんな馬鹿みたいな感覚を俺は感じた。

 ……試せばいいか。

 俺は起き上がり、華凛の上に覆い被さるような位置で待機する。今すぐにも襲わんとする体勢で待ち構えられたら流石に抵抗するはずだ。俺は左手で華凛の右手を抑え、右手で頬に触れてみる。

 すると華凛は身動みじろぎをし、薄らと目を開けた。そしてすぐに目を見開いた。俺はジッと華凛を見つめ続ける。考えてなかったけど、嫌われたらどうしよ。その時はもう全力の土下座をしよう。

 華凛は目線を逸らしたり合わせてきたりを繰り返し、覚悟を決めたような目をして俺と同じように見つめてきた。でもその目には確かに涙が溜まっていて、今にも泣き出しそうだ。多分、怖いんだと思う。この状況が。


「……いいですよ」


 震えながらも華凛は確かにそう言った。何を許可したのかなんてわからない俺じゃない。キス、いやそれ以上のことだ。欲望のままにすれば事後まで場面がスキップする。

 しかし残念ながら俺はヘタレなようで、今になって怖気付おじけづいてしまった。でも冗談でしたなんて言える雰囲気でもない。


「嫌なら、嫌だって、言ってくれよ…」


 俺の懇願こんがんするような見苦しい言い方に華凛は少し驚いたような表情をした。俺は抑えていた右手を解放する。なのに、俺のことを押し退けなかった。俺にそういう意思がないってことを悟られてしまったんだろう。


「ごめんな、華凛」


「……唯葉先輩?」


「……本当に、ごめん。試すようなことして」


「何でこんなことしたんですか?」


 華凛は優しく問いかけてくる。俺は華凛の横に座りなおし、一息ついた。


「少しだけ、華凛のことが怖かったんだ。だってさ、会ってまだ一ヶ月も経ってないのにやたらと懐いてる気がしてさ。考えてもわかんなくて、わかんないことが怖い」


「そっか」


 しばらく静寂に包まれる。その間が途轍もなく気まずい。何しろフリとは言え華凛に襲いかかる体勢を取っていたのだから。


「唯葉先輩」


 不意にその静寂が破られる。華凛は俺の太ももの上に向かい合って座り。


「ぎゅってしてくれたら許します」


 両腕を開いてとんでもないことを言い出した。だから、そういうのが少し怖いんだってば。そう思いながらも俺は、欲望に負けて華凛を抱き寄せた。

 華凛の抱き心地は何だか新鮮だった。ウエストは細いのに胸が大きいから、収まりが良いのか悪いのか、微妙なラインだ。ていうかもっと柔らかいもんだと思ってたけど、ブラがあるせいかがっつり柔らかい訳じゃない。マシュマロより、グミの方が近いかもしれない。

 それから五分くらい経っただろうか。力を強めず弱めずで抱きしめ続けていると、突然押し退けられる。華凛の顔は俯いていてちゃんと見えている訳じゃないが、真っ赤になっていた。俺がその様子を見て何も言えずにいると、予鈴が鳴った。


「……戻るか」


「……はい」


 気まずい雰囲気を残しつつ屋上を後にした。


 ***


 数日後の放課後。俺は図書室へ足を運んだ。何故部室でないのかというと、今日からテスト一週間前で、部活動禁止だからだ。家に帰らないのは、単にぐうたらしてしまうから。

 扉を開けると威圧感いあつかんが襲う。大きな本棚が二段積みになっており、上の方は梯子はしごがなければ取れない。だがそんな威圧的な光景とは裏腹に照明が間接照明になっていて、柔らかく明るい光が全体を照らし、安らぎの空間としてもってこいの場所でもある。

 俺は席に行く前に化学の参考書をパソコンで探す。今回のテスト範囲で少々理解でききれてないところがあったのでその範囲を理解しきるために参考書が必要だと思った。

 理科系の本が置いてあるスペースに着くと、梯子に登ろうとしている華凛がいた。梯子は必ず一人が支えている状態で登ることと、校則で決まっている。

 なので今にも校則を破ろうとする後輩を止めることにした。


「華凛」


「ふぁい!?」


 ただ呼んだだけなのに、華凛はオーバーリアクション気味にびくりとし、こちらを見た。


「……ゆ、唯葉先輩」


「一人で登っちゃダメだろう」


「ご、ごめんなさい」


 しゅんとする華凛。可愛いが許してはいけない。


「俺が支えてあげるから」


「あ、ありがとうございます」


 そう言って華凛は梯子を登り、一番上の棚から本を両手で引っ張りだそうとする。


「華凛、両手で引っ張ったら危ないから、どっちかの手は棚を掴んで」


「あ、はい」


 今気づいたと言わんばかりの返事をし、左手で棚を掴み、本を引っ張りだそうとする。が、なかなか抜けないようだ。上の段はああなり易い。

 十数秒の格闘ののち、華凛は本を引っこ抜くことに成功した。その刹那悲劇は訪れる。華凛の左手がぱっと離れた。俺は空かさず華凛の下に入り、受け止める体勢を取る。

 辛うじて華凛を抱きとめるが華凛とはいえ人間な訳で、しかもまあまあな高さから落ちてきたのだ。俺は支えきれず、後方に倒れた。これは流石に後ろの棚に頭をぶつけるだろう。衝撃に備え、華凛を守るように抱く。刹那、鈍い音が響いた。一瞬意識が飛んだ。今は意識が少し朦朧もうろうとしている。


「…………い、…………先輩、………葉先輩?唯葉先輩!」


「………大丈夫か、華凛」


「大丈夫です、けど……その」


「……ん?」


「手が……」


 手?そういえば右手が何だか幸せな感触に包まれている。なるほど、ラッキースケベか。こんな状況じゃなきゃ、堪能たんのうできたろうに。俺はぱっと手を離し、華凛を立つよう促した。


「ごめん」


「いえ、それより唯葉先輩こそ、すごい音しましたけど」


「頭が痛いね。でもまあ大丈夫だと思う」


 そう言って立ち上がる。するとぐらりときた。手をついて耐えようとするが、どんどん意識が遠のいていく。


「ゆ、唯葉先輩?」


 俺は華凛に倒れかかる。華凛は思いのほか力が強く、支えてくれる。俺は意識が完全に途絶える前にこの症状について一言言っておかなければ。


「大……丈夫、ただ、の……貧血、だから」


 意識が遠のく。華凛が何度も俺の名を呼ぶが、返事をすることができなかった。

 しばらくして、意識が覚醒した。仰向けに寝ている眼前には胸。後頭部に柔らかな感覚。


「……華凛?」


「ん、起きました?」


「これは?」


「膝枕です」


「ですよね」


 華凛の顔は胸で見えないが。俺は胸を避けて起き上がる。すると華凛が俺を見てニコリと笑う。


「どんくらい寝てた?」


「10分くらいです」


「そっか」


 ぐっと伸びをして、立ち上がる。問題ないようだ。俺は華凛に手を伸ばし、立ち上がらせた。


「ありがとな、見ててくれて」


「……はい」


 一瞬、言葉に詰まったような、そんな気がした。が、気にしたいことにする。聞いてもはぐらかされるのがオチだ。


「ごめんね、唯葉先輩」


「ん?別に華凛が謝るようなことは何もないだろ?」


「それでも、ごめんなさい」


 何に対しての謝罪か。普通に考えれば、わかる。


「ありがとうでいいよ、きっと。後頭部強打くらい何てことあるけど俺の場合は別だしな」


「……そっか……あ、ありがとう、ございます」


「おう。んじゃ、ちょっとだけ勉強するか」


「ん、唯葉先輩、教えて欲しい所があるんです」


「文系科目なら任せろ。あっちでやらうぜ」


 大きなテーブルの端に丁度二人が座れる場所があった。俺と華凛はそこに座り、不安材料を取り除いた。


 ***


 カッカッと、紙の上にペンを走らせる音と、咳と鼻をすする音、ため息くらいしか聞こえない空間。テスト最終日の最期の教科は数学。俺は30分で見直しまで済ませ、暇していた。今回は、恐らく百点行けるだろう。

 念のためもう一度見直し、寝る体勢を取った。そして五分もしないうちに寝てしまった。

 起きたのは、チャイムが鳴るのと同時だった。俺はぐっと伸びをして、テストを集め教卓に届ける。俺の席は一番後ろなので、提出物の回収がある時は集めるのが凄く怠い。

 終礼が終わり、廊下に出てスマホを起動し、昨日のうちに届いていたメールを再確認する。今日から活動再開と六月一日から送られてきたメールを。


「唯葉先輩」


「ん、華凛か」


「一緒にご飯食べませんか?」


「おう、そうだな。その前に購買に寄っていいか?」


「いいですよ。何処で食べます?」


「屋上」


 迷いなくそう言うと、華凛はニコリと笑ってはいと言った。


「でも暑くないですか?」


「給水塔の影がいい感じに日陰になってて、しかも職員室から死角になってるんだ」


「そうなんだ。じゃ、行きましょ」


「ああ」


 いつも通り、鍵を開けて屋上に出て、梯子を登り給水塔に背を預け飯を食う。

 そしてテストの出来だとか今期アニメの話だとか、色々話していると、いつの間にか部活の時間が迫っていた。


「そろそろ行くか」


「はい」


 二人して梯子を使わずに飛び降り、着地。そそくさと屋上を後にした。

 部室には既に俺たち以外は揃っていた。


「二人とも遅いぞー」


「悪いな。で、今日は何かやるのか?」


「いや?特には」


「まあいつも通りだな」


 俺は椅子に座り、鞄から本を取り出し、読み始めた。


「唯葉先輩何読んでるんですか?」


「空想生物論」


「……面白いですか?」


 そう言って、華凛が覗き込んでくる。すると髪がはらりと本にかかった。


「なあ華凛?」


「何ですか?」


「髪、纏めないのか?」


「纏められないんです」


 たははと笑って華凛が言う。長いしサラサラだし、何かと大変なんだろうな。


「俺でよければ纏めてやろうか?」


 何気なくそう言うと華凛な表情が明るくなる。ちょっと予想外。


「いいんですか?」


「ああ」


「じゃ、お願いします」


「おっけ」


 俺は鞄を漁り、櫛とか髪を纏めるゴムが入ってるポーチを取り出す。


「九重、くしとか持ってるんだ」


 そう言って六月一日が俺のポーチの中身を覗いてくる。後ろには千里先輩もいる。


「俺自身が男にしては長いからな。たまに纏める時あるし。あ、ちゃんと毎日除菌してますよ」


 謎の清潔アピールをしながら、華凛の髪を梳いていく。それを見ていた千里先輩が鞄を漁り出し、ピンク色のシュシュを取り出した


「私のシュシュ、貸しましょうか?」


「そうですね、可愛い方がいいですし、借ります」


 俺は千里先輩からシュシュを受け取り、髪を纏めていく。右側の邪魔になりそうな髪の毛を適量束ね、左側の後頭部寄りに持っていく。そして左側を右側とほぼ同じ量を束ね、シュシュで纏めた。サイドポニーってやつだ。見立て通り、似合ってる。


「六月一日、鏡とかあるか?」


「うん、あるよ。はい」


「あざす。どうだ?華凛」


「うん、ありがとうございます」


「なんなら毎朝結ぼうか?」


「いいですか?」


「もちろん」


「こいつ合法的に髪を触れる権利手にしやがった」


 陸が戦慄せんりつしながら言ってくるが気にしない。だからその目が軽蔑けいべつした目をしていても、気にしてなんかないんだから。

 ふうと、一息ついて席に座りまた空想生物論に目を落とす。


「そいやさー」


 突然、六月一日が気怠げになんの前触れもなく。


「九重って残念だね」


 とか言い出してきた。


「残念とはなんだよ失礼な」


「だってさー、九重目が青いじゃん。白髪なのに」


「まあ確かに吸血鬼って言えば白髪赤目が有名だけど」


「ロシアのクォーターだっけ?」


「ああ」


「……ねえ、赤いカラコン入れてみない?てかもう本格的にコスプレしない?」


「んー、やだ」


「じゃあ仕方ないな」


 そう言ってゆらりと立ち上がる。俺は身の危険を感じ、立ち上がって後ずさる。


「千里ちゃん!」


「えぇ!」


「何だとぅ!?」


 千里先輩が後ろから拘束してくる。ふわぁ、胸が、胸がふんわりとしててこれじゃ、抵抗を忘れちゃ……ったらダメだろ!でも動く度に胸が形を変えて……って昇天するな!メインヒロインの攻略終わってない!俺は千里先輩を諦め、六月一日を止めることにし、手を掴むために手を伸ばす。しかし、六月一日はひょいと身軽に避ける。そして空を切った俺の手は、真っ直ぐに六月一日の胸に吸い込まれていった。

 静謐せいひつなる空間が、我が一手によって作り出されたのだ。その空間を破るようにドアが開く。


「おいお前ら、ちゃんと活ど……」


 入ってきたのは小原先生だった。見事に固まっている。ここでやっと、胸から手を離すことに成功した。それと同じタイミングで、小原先生がこちらに向かって歩いてくる。

 さながら、憤怒ふんぬの巨人がごとく。


「九重、話、しようか?」


「……はい」


 俺は首根っこを掴まれ、連れ出された。

 連れてかれたのは職員室の脇にある高級風のソファーやら何やらがある部屋。小原先生はタバコに火を付け、座った。俺は立ったままだ。


「まず、事情でも聞こうか」


「コスプレを強要されたので鎮圧ちんあつするために六月一日の腕を掴もうとしたら避けられてそのまま胸に初ゴール決めました」


「見事なラッキースケベだ。お前は主人公か?」


「そうです」


「やかましいわ」


「いたっ」


 頭を叩かれる。そこまで強い力で叩かれてはいないが、つい反射で痛いと言ってしまう。

 小原先生はため息をつき、灰皿にタバコの先端の灰を落とした。


「それ、美味いんですか?」


「不味いな」


「じゃあ何で吸ってるんですか」


「吸い始めはストレス。あとは、何となくだ」


 そう言って、小原先生は煙で輪を作ってみせる。


「もしも……もしもお前が吸血鬼だってなら、気をつけろ」


「え?」


「主人公で吸血鬼。百パーセント悪の組織絡むじゃないか」


 柔らかい笑みを浮かべて、そんなことを言った。それに対して俺はふっと笑い。


「明日から本気出します」


 と返した。


「それは結局本気出さないやつだろ」


「そですね」


「もういい、戻るぞ」


 灰皿にタバコをグリグリと押し付け、火を消して立ち上がる。

 それを見て俺は先に行ってドアを開けようとする。その刹那、ガタリと音がした。

 振り向けば、小原先生が体勢を崩し、今にも倒れかかってきそうな勢いだった。俺はそれに乗じて胸に手を伸ばすと……

 ガクリと俺が崩れ落ちる。どうやら小原先生は倒れかかってくる芝居をしたらしく、俺の注意が胸にいってるうちに体勢を整え、足払いを繰り出した。

 小原先生は地面に倒れた俺の見下しながら。


「ラッキースケベはな、狙ったら起きないんじゃない。意識したら起きないんだよ」


 と、ドヤ顔でそう言った。そのドヤ顔が、結構、かっこいいように見えた。


「って、それほとんど一緒じゃね?」

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