第2話 空想生物研究部結成!
それは唐突だった。俺が教室に入ると、待っていたのはアイアンクローと地面叩きつけのコンボ。ありふれた日常の中でこんな事が起こるだなんて、誰が予測出来ようか、いや出来ないだろう。
薄れ行く意識の中確かな物が、一つあった。そう、それは【理不尽】である。それを完全に認識した刹那、急速に意識が覚醒する。
「ちょっと待てこらぁ!何この仕打ち!」
俺はコンボを決めてきた張本人である
「どうしたの?みたいな顔すんな。何でアイアンクロー決めてくるかな」
「それはあれだよ、九重に合わせたの。なんて言うのかな……ふっ、その程度避けられないとは貴様本当に吸血鬼か?」
なるほどと思ってしまった自分が憎い。でも理不尽なことには変わりないけどな。
「まあいいや。何か用か?何も無いって言ったら流石にやり返すからな?」
「あるんだなー、それが。実は頼みがあってさ」
「ほう、頼みとな」
「空想生物研究部に入って欲しいの」
「オカルト部に行けよ」
「即答且つ正論!?違うの!これには訳があるの!無かったらオカルト行ってるから」
まあだろうなあ。しかし、我が校のオカルト部は部員は多かったはず。廃部になるとは思えないが。
「で、訳とは?」
「ふざけてないから笑わないで聞いてね」
「ああ」
「
「……ん?」
ちょっとよく分からなかったので聞き返す。
「だから、降霊術部になっちゃったの!」
聞き間違いを期待した俺が馬鹿だったようだ。しかし、何があったらそうなるんだ?
すると六月一日が俺の心を読んだかのように語り始めた。
「かくかくしかじかで」
「分っかんねえよ」
「あれは昨日の放課後のこと……部長がいきなりみんなを招集してこう言ったのさ。『我等は降霊術により霊を召喚し、機関からの攻撃に備えなければならない!私についてきてくれる奴はここに残ってくれ!』って!しかも出て行ったのあたしだけだよ!?」
六月一日はありえないと言いながら地団駄を踏み、頭を抱える。俺の感想としては部長に会ってみたいだが、そんなこと言ったら何だかぶっ飛ばされそうなので飲み込む。
「それで、何で空想生物研究部にした?」
「自称吸血鬼がいるから?」
「そんだけか?」
「そんだけです。強いて言えばコスプレして欲しい」
コスプレって、それは勘弁だが、んー、まあ放課後暇だしなあ。俺は華凛をちらと見る。そして思わず、ふっと笑ってしまった。
「分かった。入部届け持ってきてくれたら入るわ」
「今すぐ取ってくる」
「あ、3枚な」
「え?」
「ほら俺の席の近くでそわそわしてる子と陸の分」
俺は指差して苦笑いする。なんならちらちら見てるまであるからな。一応貰うだけ貰って聞いてみればいい。陸は確定だが。
「式部も?」
「ああ」
「わ、わかった行ってくるね」
六月一日は疑問を抱きながら職員室に入部届けを取りに行く。授業開始まで十五分あるし、遅れることはないだろう。
「おい唯葉」
「よ、陸」
「入らざるを得ないからそう言うのやめようぜ」
困ったような顔で俺に迫ってくる。
「別にいいだろ?」
「まあ、いいがな」
「ありがとう」
さて、そろそろ自分の席に行かないとな。もうそわそわが爆発してこっちに来そうな雰囲気だし。
「来ていたのか、吸血鬼狩り」
声をかけると、華凛はしゅばっとこちらを向いて、待ってましたと言わんばかりの表情でポーズを取った。
「当たり前です!決着をつけなけなきゃです!だがその前に先程大変興味の湧くような話をしてましたけど」
「ふっ、秘密結社のメンバーから勧誘を受けてな。我は乗ろうと思ってる」
「えっ!何それ私も行きたいです!」
華凛は敵ポジションだよな?とは言わない。俺は小原先生の言葉を思い出す。『一緒にいてやれ』と言われたんだ。なら、一緒に部活するのはいいことなんじゃないか。
「なら、入るか?」
だから俺はニッと笑って華凛に問いかける。すると華凛はにぱぁっと笑った。
「うん!入る!入りたいです!」
「そっか、入ってくれるんなら俺も嬉しいよ」
「っ……!」
ん?何で俯いたんだ?身長が俺より低い分表情が見づらい。俺が覗こうとすると華凛は顔を上げる。その表情はいつもと変わらない可愛さだった。
「華凛?」
「うんん、何でもないです。そっか、嬉しいんですか」
「ああ、当たり前だろ?」
「えへへ、嬉しいです」
…まあいいか。ヒロインが可愛い。今はそれだけで。
「九重ー!持ってきたぞい」
「ありがとう。それじゃ、今パッと書くか?華凛」
「んー、昼休みにまた来ます」
「……分かった。じゃあ、昼休みに書くか」
「ん、じゃまた昼休みに、唯葉先輩」
「ああ」
素の状態のまま、華凛は去って行く。何処か嬉しそうに。でも何故だろうか。その表情が嘘のように見えたのは。俺の性格が少し捻くれてるって言われればそれで終わりだけど……
「唯葉?どうした」
陸が不思議そうに俺を見ていた。そういえば放置してたな。
「何でもないよ。はいこれ書いとけよ」
「ああ」
陸は入部届けを受け取って自分の席に戻る。俺は昼に華凛と一緒に書くために一旦クリアファイルの中に入部届けを2枚入れた。
***
昼休みになると、すぐに華凛が俺のクラスにやってきた。片手にはメロンパンが握られている。
「唯葉先輩」
「ああ、その前に飯食おうな」
「はい!」
華凛は元気よく返事し、椅子を持って俺の隣に陣取る。凄く近い。
俺は気にしてない風を装い弁当を取り出し、いただきますと手を合わせて食べ始める。華凛も同じようにいただきますを言ってメロンパンを頬張り始めた。
その様子がなんだか小動物的で、つい頭を撫でてしまう。だからか華凛は驚いたようにこちらを見ている。軽薄に触るのはダメだな。
「悪い」
「うんん、もっとお願いします」
「もっと撫でろって?」
そう問うとコクッと頷くので、頭を撫でることにする。やだなにこれ恥ずかしい。
俺は飯を食うためと適当に言い訳し、華凛の頭を撫でるのを中断する。そして昼食を終え、俺と華凛は入部届けを書くことにした。
うちの高校は入部先と名前だけでなく、住所、入部動機と入部してからしたいことを書き連ねなければならない。
大抵の人は逆に一行で済ませたり、有る事無い事書き連ねたりする。俺の場合は後者を選択した。
「うー、唯葉先輩助けてぇ……」
クイッと制服の袖が引っ張られる。なんでそんな可愛いことするかなあ。
「んー、どうした」
「入部してからしたいことなんて書けばいいですか?」
「何かしたいことないのか?」
「んー、唯葉先輩と遊べればいいですし」
「何その返答可愛すぎ」
「そこのバカップルイチャイチャは他所でやれ」
六月一日がどーでも良さげにこちらを見ながら呟く。
「まだ違うし」
「まだにイントネーション置いたのが凄くきもい」
「酷ぇ!?」
「ねえ唯葉先輩助けてっ」
今度はグイッと引っ張られる。華凛は相当追い込まれているようだな。
「んー、そうだなぁ。吸血鬼の生態調査及び討伐とか?」
「ん!それです!」
ガタリと華凛は立ち上がって力強く言った。どうやらお気に召したらしい。だがなぁ。
「それなのかぁ」
苦笑いを思わず浮かべてしまう。とりあえず華凛は前者を選択したようだ。いや、俺が推したのか?まあいっか。
そんなこんなで入部届けを書き上げ、俺と華凛は事前に受け取っていた陸の入部届けを加え、六月一日に渡した。
「ん、確かに受け取ったぜ」
「そいや、顧問は誰なんだ?」
「小原先生だよ」
「マジかよ。あの面倒くさがり独身アラサー教師がよく引き受けたな」
「まあ私もびっくりしたかな。そして
「ん?何が……あ」
後ろを振り返ると、小原先生がすぐそこにいた。その形相、正しく
「やだもう、いらしたんですかぁ〜言ってくださればいいのに、もう」
「変な言い方して逃れられると思ってるか?」
「思ってないですはい」
この後めちゃくちゃ関節技決められた。
数分経ってやっと解放され、俺は机に突っ伏した。全身が痛い。
「たく、問題児が2人もいるとは、面倒事は控えてくれよ?」
「なあ華凛、問題児って六月一日のことかな」
「それしか考えられないです。でも後1人は誰ですかね」
「お前ら2人だよ」
「「え?」」
衝撃の発言に俺と華凛は混乱を隠せない。その様子を見て、小原先生は頭を抱えた。
「やめたくなってきた」
「やめないで下さい。てかなんで私を問題児扱いするかなあ」
粗方予想がついているような表情で六月一日がこちらをジト目で睨む。
「なんとなくだよな」
「はい」
「んなことだろうとは思ったよ……とりあえず今日の放課後から活動スタートするから」
「了解」
ここで、予鈴が鳴る。
「じゃ、また放課後な」
「はい、ばいばいです」
手を小さく振って華凛は教室を出て行く。俺はその姿を何とも言えない、微妙な表情で見送っていた。
***
放課後、俺と華凛、そして陸は六月一日の案内の元、部室へと向かっていた。教室棟から渡り廊下を通って特別棟へ移り、更に端っこの教室へ。すると、ある教室名前に千里先輩が所在なげに立っていた。
「千里先輩?」
「ん?ああ、こんにちは」
「何で千里先輩がここに?」
「未由ちゃんに誘われたから入ったのよ」
「なるほど、それで何で中に入ってないんですか?」
「見たらわかるわ」
どこか遠い目をして、千里先輩が言う。疑問に思いながら俺はドアを開けて中を見る。そして思ったことは、きたない、だ。教室は半ば倉庫と化しており、埃っぽい。何か病気になってしまうのではと思うくらいに。
「掃除だなぁ」
俺がポツリと呟くと二名がピクリと反応した。
「わ、私小原上官に呼ばれてるんでした」
「私も友達との約束思い出したから帰ろっかなー」
「約束って?」
俺は間入れずに六月一日に問う。すると六月一日の動きが停止した。華凛には逃げられないように腕を掴んでいる。
「えっとぉ……そのぉ……」
「今思い出したんだろ?なら何の約束なのか、すぐに言えるはずじゃないか?」
「う、それは…………ど、どわ」
「ど忘れしたとかいう約束相手に失礼なことしてないだろうな?」
「……」
口をきゅっと結び、頬を膨らませてそっぽ向く。今度は黙秘か。
「黙秘するのはいいけど、だからって帰れるわけじゃあないからな?んで、華凛」
ビクッと華凛の体が少し跳ねた。
「本当に呼ばれたんだな?」
「う、うん」
「どうなんですか小原先生」
そう言うと小原先生がすっと現れる。その姿を見た華凛はぎょっとする。その反応でもう察しがつく。
「いいや、呼んでないよ」
「さて、何か他に言いたいことあるか?華凛」
「それでも私は帰りたい」
「よぉし、掃除しよっかぁ」
「うう、唯葉先輩の鬼!意地悪!」
「やって
「分かった。職員室のを持ってこよう」
こうしてみんなで掃除をすることとなった。普通に大掃除並みの忙しさだ。だが、華凛が先程からテキパキと掃除している。やり出したら止まらないけどやる気がないタイプだろうか。
最初は文句を言っていた六月一日は、皆黙々とやっているせいか六月一日も黙っている。流石の六月一日でもひとりでつらつらと愚痴を零し続ける度胸はないようだ。今はすっっっげぇ嫌そうな顔で掃除をしている。手はちゃんと動いているのでとりあえずは何も言うまい。
千里先輩と陸、そして俺は別に掃除を苦と思わない派なのでなんの心配もなく進んでいる。小原先生はモップならやると言ったのでモップを持たせ床をモップがけさせていた。
そんなこんなで掃除は続き、約一時間で掃除を終えた。皆の顔は中々に
「あとは、レイアウトか?」
「そうだね、頑張って男共」
六月一日がリュックの中を漁りながら投げやり気味に言う。
「まあ、重いものはやりますよっと。それでレイアウトどうするの」
「ふっ、授業中に考えたよ」
リュックの中から取り出したのは1枚のルーズリーフ。ここの構造を把握しないまま書いたことが見て取れるくらい雑だった。まあ似たような配置になればいいやって感じだろうか。ていうか本棚くらい漢字で書けよ。って本棚?中に本棚なんて無いんだが。まさかと思い六月一日に聞く。
「本棚って廊下にあったでかいやつか?」
「そだよ」
図書館にあるような本棚と言えばいいだろうか。そのくらい大きな本棚が廊下に出ていたのだが、ここに入れる予定だったのか。
「てか、流石にきついぞ」
「なに、私が手伝おう」
小原先生はそう言って、廊下に出る。俺と陸もそのあとを追った。
「そう言えば九重は吸血鬼なんだろ?ひとりで運べないのか?」
「こう言うことあんま言いたくないですけど設定ですからね?実際やったら腰折れますよ」
「それよか早く終わらせません?重いものは3つくらいしかないし」
陸が少し苛立った様に言う。ガチでさっさと終わらせたいみたいだ。
「んじゃ、パパッと終わらせっか」
そうして俺ら三人は重いものを運んだあとで細々とした整理を手伝い、十分程度でレイアウトが完成した。現在窓とドアを全開にし、空気の入れ替えを行なっている。
俺は椅子に座ってぐったりとしていると、紅茶の香りが
顔を上げると、千里先輩が紅茶を淹れていた。
「砂糖がいる子はいるかしら?」
お盆に人数分の紅茶を乗せ運んできてくれる。俺と陸、小原先生が要らないとジェスチャーで伝え、六月一日は一個と指を一本立てて伝えた。そして千里先輩の目線が華凛に向く。どうやら少し悩んでいるみたいだ。
「遠慮せず飲みやすくなる量を入れればいいのよ」
「じゃあ、三つでお願いします」
「ふふ、わかったわ」
コトリとティーカップが目の前に置かれる。俺はいただきますと言ってから、ひとくち口に含む。控えめのフルーティーな甘さの後に紅茶らしい程よい苦味が口いっぱいに広がる。
「凄く美味しいです」
「それは良かったわ」
「これは千里ちゃん引き込んで良かったね。未由ちゃん大金星だね」
「はいはいそうですね」
「おいそこの吸血鬼感情を込めたまえ」
そう言って俺を指差し、恨めがましい視線を送ってくる。俺はそれをガン無視し、華凛に目をやった。
混ぜたりふーふーしたりしてて、可愛らしい光景が広がっていた。俺の見るタイミング完璧すぎる。その視線に気づいたのだろうか、ふと華凛がこちらを向く。もちろん、目が合った。にこりと微笑み合ってみる。うん可愛い。
「おいこらそこ、イチャイチャすな。色々決めてくから注目!」
六月一日が机をバンバン叩き、皆の注目を集める。
「さて、まず部長決めなんだけど」
「六月一日だろ」
「未由ちゃんでいいと思うわ」
「未由先輩でいいと思います」
陸も適当に頷いてネット巡回に戻る。満場一致だ。
「私的には部長をかけた骨肉の争いを期待したんだけどなあ」
「そんな面倒な役職賭けて心身削りたくねえ」
「まじか」
「そうだよ。で、他の決め事は?」
「副部長」
「俺でいいか?」
自分で立候補すると、またしても満場一致の結果となる。そこで、下校時刻を知らせる鐘が鳴った。
「ま、今日のところは帰りますかね」
「だな」
皆一斉に身支度を整え、部室を出て六月一日が鍵を閉める。そして雑談を交えながら校門を過ぎる。
「じゃ、私と千里ちゃんは電車なんで!」
六月一日と千里先輩は左に曲がり、駅の方へと向かう。
「また明日ねー!」
「では、また明日」
六月一日と千里先輩がある程度遠くなってから、残りは右に曲がるそしてその先の交差点で陸は道なりに真っ直ぐ行く。
「また明日な、陸」
「ああ、じゃ」
残るは俺と、華凛だ。俺は自分の家の方向に向かうと、華凛も付いてきた。
「華凛もこっちか?」
「はい」
「そっか」
厨二病あるあるだな、素の状態だと会話が続かない。まあ華凛とは知り合って今日で二日だし。部室では何かとできてたんだが。
特に何も無いまま、帰路を辿っている。華凛もずっと一緒だ。
「華凛の家は何処なんだ?」
聞くと、華凛は質問の意図を考えてか首を傾げた。そして進行方向を指した。
「あそこで右に曲がったらすぐです」
「そっか」
また静かになる。そしてすぐに華凛が指差した交差点に入った。
「じゃあ、またな」
俺は手で俺は左に曲がるからと伝え、視線を切った。するととたっと足音が聞こえ、俺の袖が摘まれる。
「華凛?」
「えっと、また明日ね、唯葉先輩」
そう言ってにこりと笑った華凛は、すごく、ものすごく、
「そうやって笑えるんだな」
俺は遠くなった華凛の背中を見てそう小さく呟き、今度こそ完全に視線を切った。
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