血牙ノ黙示録

海風奏

第1章 血牙ノ黙示録

第1話トクン…ヒロインと出会った音がする

 五月中旬。気温は段々と暖かくなってきたある日、俺こと九重ここのえ唯葉ゆいはは、通い慣れた学校の校門前に立った。吹き抜ける温かな風には出逢いの予感がはらんでいる気がする。おかしいな、出会いの季節は四月のはずなのになあ。ふっ、まあいいだろう。黙示録もくしろくを紡ぎ出すのも時間の問題だな。くっくっく。


「正義の名の下に悪を焼き殺す……オペレーションシヴァ、開始するッ!」


 俺はそう宣言し、前を向いて希望を我が眼に捉えた刹那、足に引っかかりを覚えーーー


「べむぶッ!?」


ずっこけた。こんなことしてくるのはあいつしかいない。俺は起き上がり犯人の名を言う。


「何するんだよりく


 俺が陸と呼んだこいつは式部しきべ陸。髪を金髪に染めワックスでイケイケトゲトゲに決めたヤンキーみたいなやつだが、実は普通に優しいし勉強できるしで、ヤンキー要素は見た目だけのやつ。隙あらばネット巡回する程ネットに依存している。

 陸はため息をつきやれやれと肩をすくめた。


「痛すぎんだよお前。ちったあ抑制できないの?てか、家でやれよ」


「無理。つーか家で1人でとか寂しすぎんだろ。それに俺のアイデンティティなんだよこれは」


「んなアイデンティティは捨てちまえ馬鹿」


「勉強はお前よりできるんだけどなぁ。貴様、【血牙けつがつるぎ】の餌食えじきになりたいようだな」


 そう言って、定規じょうぎを手首に当て斬るように引き、腕を横に振って、手でくるりと回す。定規を落としたことは黙っておくとして、【血牙ノ剣】は手首を斬り出てきた血を【血操術けっそうじゅつ】で剣にしたもの(という設定)だ。【血操術】に関しては文字通りと言っておこう。


「あーはいはい。好きにしろし」


 陸は面倒臭そうに適当に手を振りながらそう返事する。


「言ったな?行くぞ?はぁぁぁ……とぅっ!せいっ!でぁあ!」


「やっぱりうぜえうるせえ」


 コンボフィニッシュを決めた瞬間、陸は俺の腕を掴みぐりんと捻った。


「好きにしろって言った痛い痛い痛い痛いッ!?」


「はあ……まったく、少しは我慢しろ。自称吸血鬼の厨二病」


 陸はため息をついて手を離し、昇降口へ歩いて行く。仕方ねえ、教室までは我慢してやろう。俺は何気なく定規を拾い、陸の背を追った。

 教室に入ると、一人の女の子が俺の席の近くで仁王立ちしていた。窓空いてないのに腰上まである明るい茶髪がなびいていた。と思ったら備え付けの扇風機が首振りオフになってるだけだった。スカートが青色だから一年生か。ちなみに二年生は茶色、三年生は緑だ。

 それは置いておいて、俺はガン待ちされていることに恐怖を覚え、自分の席に行く前にある人物に話しかけることにした。本来であれば俺の後ろの席だが、いないので友達の近くにいるだろう。


「おはよう六月一日さいぐさ。あれは何だ?」


 そう聞くと六月一日さいぐさ未由みゆはセミロングの黒髪をふわりと浮かせてこちらを振り向き、首を傾げた。六月一日のプロフィールはあんまり知らないが、勉強ができないことは周知の事実だ。そして俺のスリーサイズを計測できる【魔眼まがん】によると、77/51/78だ。間違えたことはあまりないから多分合ってる。いや今はそんなことよりあの謎の女の子だ。


「俺の席の近くにいる女の子だよ。あれ誰?」


「ああ、なるほど。とりあえずおはよう。あの子については私もわかんない。九重の席を聞かれたから答えたけど、やばかった?」


「いや、何とも言えんな」


「んーとね、小原おはら先生がなになにで吸血鬼がどうのこうのって言ってたかな」


 重要な所抜け落ちてませんかね?いやまあ、いいんだけどさ。小原先生もとい小原おはら咲良さくらはうちのクラスの担任だ。その人とあの子がどう繋がっているのか。それはもうどうでもいいものになっていた。


「ふっ、何かと思えば俺の正体を知る者か」


「厨二乙」


「うるさいぞ」


 俺は六月一日の言葉にジト目で返し、自分の席へ向かった。その気配を察したのか、女の子はバッと振り返った。

 身長は低い。百五十くらいだと思う。顔のパーツはこの上なく整っており、ぱっちりとした二重。薄茶の瞳。長い髪を纏めていないのが少々気になるが、可愛らしい印象を受ける。


「ふっ、貴方が小原上官の言う吸血鬼か?」


 右目を覆う仕草をし、少し頑張って低めの声を出している。こいつはまごうこと無き厨二病だ。

 さて、小原上官というのは小原先生の事で間違いないだろう。何であの人俺の事教えたんだ?いやそれはどうでもいい。何だその体型に似合わない胸は。【魔眼】によると85/51/80。こいつはやべえ。

 おっと、いつまでも黙ってるから女の子の表情に焦りが見えてきた。反応してやらんと。


「クハハッ、如何にも我こそがほこり高き闇の血統、吸血鬼族の末裔まつえい、九重唯葉だッ!」


 手で顔を覆い、決めポーズを決め、自己紹介を済ませる。すると女の子は目をキラッキラに輝かせ、興奮気味ぴょんぴょんと跳ねながらこちらを見ている。


「私はな!私はな!吸血鬼狩りを生業とする者、天川あまかわ華凛かりん!だ!」


 おおう、まさかの敵ポジション……

 言い終わった後の笑顔がキュートだが、敵ポジションかぁ。いやまあ、好敵手の出現はいいことか。


「なるほど、やろうってのか?」


「うむ!聖戦をな!」


 刹那、二人の間に(備え付けの扇風機による)風が吹き抜ける。そして数秒睨み合った後、華凛が(ゴム製の)ナイフを抜き取った。

 準備が出来たようだ。なら俺も準備しなければ。


「【顕現せよ、隠され、何人にも侵すことの出来ぬ唯我対立の世界】」


 右手で顔を覆い、それをバッと振り下ろす。


「【シークレットォォオ、ワールドォ!】」


 説明しよう、【シークレットワールド】とは結界魔法の一種で俺のみが扱うことの出来る、外からの干渉を全て無効にする結界だ。結界の範囲は半径は一キロメートル。その中に術者と術者が敵と認識した一人を閉じ込め、タイマンを強要するために用いるってやつですはい。周りの人はどうなるって?知らん。吹っ飛ぶんじゃね?それはどうでもいいことだ。

 外部からの不干渉空間で俺と華凛は同時に駆け出した。華凛はナイフを逆手に持ち直し、一閃。折り返しでもう一閃繰り出してから突きを繰り出す。俺はそれを難無く回避し、技を繰り出した。


「喰らえ!【ブラッティースピア】!【血操術】によって血が槍を形成し、貫くぅ!」


【ブラッティースピア】(デコピン)は見事に華凛の額に直撃した。


「ふにゃっ!?」


 俺の攻撃は予想外なのか思ったより強かったのか、華凛は体勢を崩した。後ろには教卓。頭をぶつけかねない。俺は左手で華凛の右腕を掴み倒れる速度を落とし、右腕を背に回して支え、頭がガクッとならないよう手で支えた。

 待ってこれ我ながらかっこよくね?いやまあ倒れる原因作ったの俺なんですけどね?


「すまん、大丈夫か?」


「はい、ありがとです」


 至近距離で見つめ合う形になる。こけそうになったのは想定外だった様で素に戻っている。やはりデコピンの威力が高かっただろうか。反省しなければな。


「ごめんな、デコピン痛かったか?」


「うんん、そんなことないです。わってなっちゃっただけで」


「そうか。それなら良かった」


 俺は一先ず安堵し、華凛を立たせる。すると予鈴が鳴り響いた。


「あ、戻らなきゃ。ええと……」


 首をちょこんと傾げて俺を見る。控えめに言って可愛い。


「我の呼び名は何でも良いぞ」


「じゃあ唯葉先輩ありがとうございます!あっ、つ、次は負けないんだからっ」


 そう言い残して華凛は走り去っていった。こけなければいいが。そう思いながら俺も自分の席に座ることにした。

 昼休み。俺は購買に足を運んでいた。すると華凛の姿を見つけた。その様子は今朝と同一人物と思えない程に、物静かな雰囲気だった。あれが素の華凛ってことか。

 華凛はメロンパンを一個だけ買って教室に戻るようだ。俺は興味本位で行動するのはダメだと思いながらも、跡をつけた。

 見れば華凛と同じクラスの生徒は何というか、華凛を避けるようにグループが形成されていた。

 俺は職員室に向かう。少し、話を聞きたい人がいる。上官って呼ばれてたんなら何かしら知っているんじゃないかと思ったからだ。


「失礼します。小原先生いますか」


「おうここだ。どうした」


 意外と扉に近い位置に小原先生はいた。暗い青髪を雑にまとめ、派手なデザインのV字ネックのT-シャツにデニムのショートパンツを履いているという、教師と思えない格好だ。


「聞きたいことがあるんですけど」


「華凛か?」


 その名前を出された瞬間きっと目が驚いた反応をしただろう。その証拠に図星だなと言わんばかりの顔をされた。


「なんでわかったんすか」


「お前の身に起こった変化は華凛の存在くらいだろ?」


「まあ、そうですね。それで本題なんですけど」


「華凛の好きなタイプだっけ?」


「違います。てかまだ聞きたいことがあるとしか言ってないです」


「そうだったな。で、華凛に何故九重の事を教えたかだな?」


「……ええ。それです」


 この人は読心術でも使えるのだろうか。只者ではないとは思っていたが、予想外に厄介なのかもしれない。


「詳しいことは知ってるけど、プライバシーがあるからな。だから言えるとすれば……一緒にいてやってくれ。それだけだ」


「……なるほど」


 数秒顔を俯かせ、悪キャラっぽく笑ってみせた。


「吸血鬼狩りと共に過ごすのはリスキーですがいいでしょう。我も好敵手が欲しかったしなあ」


「そういえばそういう設定にしてたな」


「なんで抵抗なく設定って言っちゃうかな」


「まあなんだ、任せたぞ」


「……ええ、失礼しました」


 学生生活は楽しんでこそだ。それに華凛と遊ぶのは楽しかったし、また遊びたいとも思う。まあ、そうなるとやることは一つ、友達ってやつになることだ。

 翌日、華凛はまた俺の席の近くにいた。毎日来るのかな?それは好都合だな。俺はそろりそろりと気配を消しながら接近し、横腹をくすぐった。


「ふにゃっ!?ゆ、唯葉先輩、意地悪しないでください……」


 腕で胸を抱き、ふにと胸が持ち上がり巨乳が強調され、瞳には少しだけ涙を溜めている。眉は困ったように八の字になっていて、体がふるふると震えているように見えた。

 トクン…………

え?何これ。トクンって鳴ったぞ?あっ、そうか!華凛がメインヒロインなんだねっ!これはメインヒロインと出会った音なのか!あーやっべ、ドキドキしてきた。


「きゅ、吸血鬼狩りとあろう者がこの程度で狼狽えてどうする」


俺も狼狽えてどうすんだよ。だが、華凛も狼狽えているようで、指摘されなかった。


「あっ、こほん!狼狽えてなんかないです!」


 華凛はすぐ様厨二病スイッチを入れ、俺に向き直り見つめてくる。俺も荷物を置いて華凛を見つめ返す。すると不意に顔が赤くなったと思うとぷいっと顔を逸らした。なんでそう可愛い反応をするかな。


「きょ、今日は秘密兵器を持ってきたのです!唯葉先輩を狩るためだけに!」


「ほほう、秘密兵器とな」


「うむ!これです!」


 ジャーンと言わんばかりに高く掲げたのはおもちゃの水鉄砲を改造したものだった。水は入ってない。はて、何か知らんがここでの反応は決まっているも同然。


「なっ……!それはっ!」


「そう!察しの通り、ハンドレールガン、です!」


 厨二病あるある。実現が難しい物をいとも簡単に作り出しちゃう。電力の問題とか、色々大丈夫?


「なん……だと……?人間の技術でハンドレールガンなど作れないはず……」


「ふっ、私が特別天才ということですよ!覚悟してください唯葉先輩!ターゲットロック!シュートッ!バンバン!」


 二本のレールと電気によって加速された伝導体製の弾丸が殺到する(映像が脳内に流れる)。これは流石の吸血鬼でも避けなれない。


「ッ……一発食らってしまったか」


 腕を抑え華凛を見る。すると華凛は誇らしげに胸を張った。だがしかし、その程度で負けるほど、吸血鬼は脆弱ではない。


「この程度勝った気になったは困るなあ。再生可能なのだよ」


「くっ、流石吸血鬼です。しかし今宵必ず聖戦に終止符を打つ!」


 あー、厨二病あるあるだよなあ。現時刻ガン無視で今宵とか暁の刻とか言っちゃうの。まあ時刻設定は先に言ったもん勝ちだし。


「よかろう、かかってくるがいい。吸血鬼狩りぃ!」


 同時に駆け出し、互いの攻撃が交錯する、はずだった。ゼウスの雷が落ちなければ。俺の後頭部をデカイハリセンで叩き落としたのは去年からの知り合いである、一条千里先輩だ。中庭で高笑いしてたら凄く心配されただけだけだから簡単にしか紹介できないが、二重の意味で包容力がヤバかったりする。

 性格面というのはもちろんのこと、物理的にも、やばい。全てはあの胸だ。俺の【魔眼】によるとバストは92。他は54/83。あれは窒息死できるレベルでやばいのだ。

 千里先輩は薄桃色のお下げ髪と豊満な胸を揺らしながら華凛を抱きしめる。


「もうダメじゃない、唯葉君。女の子に酷いことするのはめっ、ですわ」


「えっと、別に酷いことしてた訳じゃないんですけど」


「そうなの?」


 千里先輩は自分の胸に顔を埋めさせている華凛に尋ねる。すると華凛がぷはっと胸から顔を出した。


「ええと、酷いことされてないです」


「ほんと?」


「はい、これは聖戦です。終止符を打たねばならない戦いです」


「まあ、喧嘩だったのね。尚更ダメだわっ!」


「まあそうなりますよねー」


 くっ、俺が消されるのは逃れられぬ運命さだめか。俺は鉄拳制裁を覚悟し、目を閉じる。しかしいつまで経ってもそれは飛んでこない。そっと目を開けると千里先輩は華凛とイチャコラしており、こちらは完璧に無視だ。厨二病は構ってもらえないと心の中で凹みますので、注意してねっ!表に出にくい人とかもいるから、ちゃんと見てあげて……


「華凛ちゃんっていうのね?可愛いわっ!」


「むぐ……苦しいです千里先輩」


「めっ!千里ちゃんって呼んで」


「せ、千里ちゃん、苦しいです」


 華凛羨ま……けしからんなあ。ジト目で羨まけしからん状況を見ながら肘で六月一日を突く。


「何?」


「千里先輩止めてくれよ。これじゃ聖戦に決着がつかない」


「どの道つかないでしょ」


「まあな」


 それも厨二病あるあるだ。例え死んでもご都合主義発動で復活するんだよなあ。


「それでも頼むよ。千里先輩、六月一日の言うことしか聞かないし、華凛が胸におぼれてるし」


「本当だ。流石にまずいね、千里ちゃん、そろそろダメだよー、華凛ちゃんが窒息死しちゃうから」


 六月一日が声をかけると、やっと気づいたのか華凛を抱き締める腕を緩めた。


「あら、ごめんなさい、華凛ちゃん」


「ぷはっ。うんん、ふかふかでした」


「その報告なんで俺を見てするのか聞いていいかな華凛。全く、羨ま……けしからん」


「厨二病って言いかけて言い直さなきゃいけない癖でもあるの?」


「あるだろ」


「あるんかーい」


 こうして、日常になるであろう光景が広がっている。そんな日常を過ごす中で突如として現れる悪の組織!そして覚醒かくせいしていく彼らの能力とは!


「次回にご期待下さい」


「考えてること大体分かっちゃったから言うけどこれ、アニメでも何でもないからな?」


 いつの間にか俺の後ろにいた陸が俺に夢を壊すようなことを言う。


「大丈夫、俺がこれをラノベにしてアニメ化勝ち取るから」


「結果は一次落ちと」


「ばっかお前そこは主人公補正で大賞さ」


「その自信はどこからくるんだよ」


 心底呆れたような顔をされる。


「ここ」


 と、心臓部を親指で指す。すると盛大にため息をつかれた。俺はそれを横目に華凛を見る。こんな賑やかな時間が増えるのだと思うと、嬉しく思う。

 この光景を、俺は守ってみせる。そう決意した。


 ***


 その日の夜、俺は日課の散歩に出ていた。都会と言えど深夜の公園は人が全くいないため、ゆったりと出来るから好きなのだ。

 だが今日は少し、ざわめいている気がした。公園の開けた場所に出た刹那、何かが俺に向かって飛んできた。俺は難なく避け、飛んできた物を視認する。の線が視界に引かれた。


「なんだ、羽虫か」


 俺は見下すようにそう吐き捨て、何事もなかったように散歩を再開する。が、段々と笑いが込みあがってくる。


「羽虫程度の分際で我を殺そうとは、片腹いわ!……クハハ、クハハハハハハハッ!」


 闇夜やみよに高笑いが響き、偶然通りかかったランナーに冷たい目で見られた。

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