第44話三十九、赤猪子の神話

三十九、赤猪子の神話


●引田部赤猪

またある時に、天皇は出かけになり、美和河(みわかわ)に行き当たった時に、河の畔に衣を洗う乙女がいた。容姿が美しく、天皇は「お前は誰の子か」と問われた。

答えて「私の名は引田部赤猪子(ひきたべあかいこ)と申します」と申した。そこで使いの者に「お前は結婚せずにおり、ほどなく宮廷に召しいれようぞ」と仰せつけられた。

宮に帰りになった。ところがこの赤猪子は、天皇からのお召を信じ頼み待ちをして間にはや八十年が過ぎた。

赤猪子は思った、このまま待ち望んでいる間に、多くの年を取り過ぎ去った。自分の姿形は痩せしぼみ、もう頼みとする美貌もない、待ち続けていた今に至る私の気持ちを洗いざらい打ち明けてお見せしなければ、心の憂さに耐えられないと思って、多くの贈り物を従者に持たせ宮廷に参上し、天皇に献上した。

ところが天皇は以前仰せになったことを忘れて赤猪子に尋ねて「お前は何処のばあさんか。どうゆう分けで宮廷に参内したのか」と言われた。

赤猪子は答えて「某年某月に陛下の仰せでうけ賜り、お召の事何時か何時かと心待ちをして、今日に八十年が経ちました。

今は全く容貌もない老い、この上、申し上げることはございません。私の一筋の心だけは打ち明けて申し上げて置きたく、参内した次第でございます」これを聞いた天皇は、ひどく驚き「我がは全く先日のことは忘れていた。

それなのにお前は一心に守り通した、お召待ちを、空しく娘盛りが過ぎ年を経たことは、何とも憐れ悲しい」と内心結婚しようと思ったけれど、赤猪子はすっかり老い、結婚はなしえないと哀れんで、歌を賜った。歌を詠まれた。

神がおいでの社の 神木の樫の木の下

その樫の木の下の 神域にして触れ難い

樫原の乙女は

また歌っておおせられる、

引田の 栗の木林の若い栗の木

若かった時に 共寝をしておけばよかったものを

こんなおいてしまっているとは

この御歌に、赤猪子が泣く涙は溢れ、着ている赤く摺り染めた着物の袖をすっかり濡らした。その大御歌に、赤猪子は答えて歌う、

神がおいでの社に 築いてある立派な垣

その神にあまりに長くお仕え申し上げ いまは誰を頼みにしたのでしょう

神に仕える巫女は

また歌って言う、

日下江という 入り江の蓮

花が大きく咲いた蓮のような 今が身の真っ盛りの若い人が

羨ましゅうございます●


☆赤猪子の説話・この赤猪子の説話は王権争いもない、恋、愛の話でもない、約束を守った律義な女性の話で物悲しい年月の経過の話である。

ある時に天皇が遊びに行かれ、三輪川に着きそこで衣類を洗っている乙女を見つけた。容姿は美しく、天皇はたいそう気に入られ、必ず召しに来るので、他の男に嫁がないことを約束された。

乙女はその言葉を信じて

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