第37話三十三、墨江中王の反逆の神話

三十三、墨江中王の反逆の神話

●始めは、難波の宮に来られた時に、大嘗祭に臨まれて、ついで饗宴(きょうえん)をされた時に、御飲物に心浮かれて、寝てしまわれた。この時、天皇の弟の墨江中王は天皇を殺そうとして御殿に火を放った。

倭の漢直の祖先の阿知直が、ひそかに天皇を助け出し、馬に乗せて、大和に向けて連れ申し上げた。そして、丹比野に着いていたところで目覚めになられ「ここは何処か」と仰せになられた。阿知直(あちあたい)が「墨江中王が、火を御殿につけました。

それで、お連れ致して、大和に逃げるところでございます」と申し上げた。そこで、天皇が歌って仰せられた。

丹比野で 寝るとわかっていたならば

薦も屏風でも 持って来ればよかった

寝るとわかっていたならば

波邇賦坂に到着し、難波宮を遥かにご覧になると、宮殿の燃え盛る火がなお光っていた。

波邇賦坂(はにうさか)に 我が立って見渡すと

燃えている宮殿群

妻の家のあたりも見える

それから、大坂の山の入り口までなった時に、一人の女に出遭った。その女は「武器を持った人たちが、多数この山を塞いでおります。

回り道をして当麻へ行く道を越えて御出なさいませ」と言った。そこで天皇は歌って仰せになられた。

大坂で 出遭った乙女に

道を尋ねると まっすぐにとは告げないで

当麻へ行く道を告げた

そこで、当麻路を上がって、大和へ、お行きになり、石上の神宮に行かれた。●


☆墨江中王の説話・天皇の実弟のスミノエノナカ王に式典の最中、反逆を決行し危うく暗殺される所、難を逃れた説話である。

履中天皇は難波の宮で新嘗祭を執り行っておられた。その祝宴に酔う気持ちで眠られようとした時に、するとその弟のスミノエノナカツ王は天皇を殺そうと思い、宮廷に火を付けられた。

そこでヤマトノアヤノ直の祖先のアチノ直が、天皇を密かに連れ出し、馬に乗って大和にお連れ申した。途中、河内の丹比野に着いた時に、目覚められ「ここは何処か」と言われた。アチノ直はスエノエノナカツ王の宮廷に火を付けられ、大和に向かうことを告げた。河内の埴生坂に着いて難波の宮を、遥か望み見て焼かれる宮殿を見て歌を詠まれた。

こうして大和に上がって、石上神宮に着かれた。

この説話には不覚にも、酒に酔ってしまい、渡来人の阿知直に助けられ、経験のしたことない、不自由な逃亡の野宿や途中で出遭った乙女と燃え盛る宮廷の光景に心の振るえと寒々とした心細さと残してきた家族のことを不安を持って体験された。まさに不意打ちを食らった動揺は例えようのない驚きだった。


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