第15話十一、天菩比神と天若日子の派遣の神話

十一、天菩比神と天若日子の派遣の神話

●天上界ではアマテラス大神が「豊葦原の千秋の長五百秋の水穂の国は我御子天忍穂耳命(あまほしほほみみみこと)が統治する国である」と言って、天忍穂耳命を委任された。そこで天忍穂耳命は天の浮橋に立って「豊葦原(とよあしはら)の水穂の国はたいそう賑わいている」と言われて、天に帰られて、その事情をアマテラス大神に報告された。

 そこでアマテラス大神とタカミムスヒ神の仰せによって天の安河に神々を集めて、思金神に思い計らせて「この葦原中国(あしはらなかくに)は我ら御子の統治する委任された国であるが、所がこの国、強暴で荒ぶれたる神どもが多くいるようであるが、御子の統治の前にいかなる神を派遣したものか」と提案された。

そこで神々が相談をして「天菩比神を遣わすがよろしいかと思います」と申した。

そこで天菩比神が遣わされた。

所が三年経ってもオオクニヌシに諂(へつら)って報告もしてこなかった。

そこでまた思金神が「天津国玉神の子、天若日子を派遣しましょう」と派遣をした。

派遣にあたって持ち物に天の麻迦古弓(まこゆみ)と波々矢(ははや)を与えられた。

 下界に降るとすぐにオオクニヌシ神の所に参って娘の下照比売と結婚し、その国を自分の物にしようと企てた。

そして八年も経っても報告もしてこなかった。

 アマテラス大神とタカミムスヒ神は天上の神々に尋ねられ「天若日子は長い間、返事をしてこない。さらにどのような神を派遣をし、天若日子に報告の無いことを問いただすべきか」

そこで思金神はそれでは「雉子(きじ)の、名は鳴女を遣わすがよろしいかと思います」

アマテラス大神とタカミムスヒ神は鳴女に「地上界に居る天若日子に葦津中国に行ったのは何のためかと荒ぶる神どもを平定するための使命と報告をしないことに訊問をしてくるように」と指示を与えらえた。

そこで雉子の鳴女は天から舞い降り、天若日子の家の門のユツ桂木の上にとまって、指示された文言を伝えた。

すると天の佐具売と言う女がこの鳥の言葉を聞いて「この鳥鳴き声が禍禍(まがまが)しい。どうぞ射殺(しゅさつ)をしておしまい」と告口をした。

聞くと直ぐに天若日子は天つ神とり賜った、波士弓と加久矢を手に取って雉を射殺をした。

その矢は雉の胸板を貫き通し、天上に向かって飛んで行き、天の安河のの河原におられたアマテラス大神とタカキ神(タカミムスヒ神)の所まで飛んで行った。

タカキ神は手に取って見ると矢に血がついていた。またこの矢は天若日子に与えたものである。

 神々に見せて「もし天若日子が命令を誤ることなく悪神を射るために放った矢であるなら天若日子に命中することなかれ、もし謀反の心あらば天若日子に禍いあれ」と言って、その矢を手に持ち、元来た穴から突き帰された。

朝になって寝ている天若日子の胸板を突きぬき死んだ。

 このことで天若日子の妻下照比売の泣き叫ぶ声が風と共に共鳴し天まで届き、天若日子の父親と天津国玉神と天若日子の妻が聞き天上界より舞い降りて来て泣き叫び悲しみ葬儀を行い、雁が食物を供える役を、鷺は掃除をし、清める役、雀は碓を突く女の役、雉は鳴き女役、この様に八日八夜わたり歌い踊り葬儀を執り行った。

葬儀の弔問に阿遅志紀高日子根神がやって来た、所が葬儀の場所にいたみんなが驚いた、誰が見ても死んだはずの天若日子そっくり、瓜二つ、一同錯覚をして「我が子は死なずに生きていた」「我が夫は死なずに生きていらっしゃる」と手足にすがって大声で泣いた。この二人の神は容姿が似ていて間違ってしまった。

そこで阿遅志紀高日子根神(あちしきたかひこねかみ)は縁起でもない。

死人に間違われてひどく怒った「自分は友人だから弔問に来たのに、どうして穢(けがれ)らしい」と腰に付けていた十柄の剣を抜いて葬儀の殯屋(もがりや)を切倒して、足で蹴っ飛ばし天若日子の葬儀を台無しにしてしまった。

これも天津神アマテラス大神の命に背いた天罰だったのだろう。●


☆天菩比神と天若日子の派遣の説話の場面は天上界から地上界への派遣使者の説話である。

この説話は実に複雑に起伏に富んだ筋書、鳥も一役買った活躍するように描かれて面白い説話である。

『古事記』には天上と地上との直接やり取りは、熊野編で八咫烏(やたがらす)と剣が天上から投げ下ろされる場面の二回ある。

第一回目の派遣された使者はアマテラス大神の御子のアメノホヒカミ神である。所がそっと天の浮橋に立って下界の騒々しいさまを見て、オオクニヌシ神に交渉の使者の派遣を神々によって協議した。

最初に派遣されることになった天菩比神はオオクニヌシ神に媚びへつらい三年経っても天上界に報告に帰ってくることが無かった。

そこで思金神ら神々は天若日子を遣わすことになった。今度は武器を与えて地上界に下った。アマヒコ神は着くと直ぐにオオクニヌシ神の娘下照比売と結婚し地上界を自分の物しようと企て八年経っても報告に戻って来なかった。

ここに遣いを鳥の雉子の名は鳴女を口上をしっかりと覚えさせ地上に遣わせた。

鳴女はアマワカヒコ神の門の桂の木に留まって一語違わず荒々しい神どもを平定する役目を果たさず八年も報告をしないのかと訊問をした。

すると天の佐具売と言う女がアマワカヒコ神に語って「この鳥鳴き声が喧しく騒がしい。どうぞ波士弓で加久矢で射殺するように進言をした。

すかさずアマワカヒコ神は雉に向かって弓を射った、するとその矢は雉の胸板を射ぬき天上に向かって生きよい良く飛び天の安河の河原にいるアマテラス大神とタカキ神の所まで飛んで行った。

タカキ神がその矢を手に取ってみると血がついていた。しかもその矢は地上界に派遣をした折にアマワカヒコ神に授けたものであった。

神々にその矢を見せて再び野に呪文を賭けるように「アマワカヒコが命令通り悪神を討つために放った矢であるならば、アマワカヒコ神に命中するなかれ、もし謀反の心あるならアマワカヒコ神に禍あれ」と言って、その矢を手に持って、矢が来た穴から突き下された。

翌朝寝床に寝ていたアマワカヒコ神の胸板に命中し死んだ。

このアマワカヒコ神の死によって妻の下照比売の泣き叫ぶ声が天上まで届いたと言う。これを聞いた天上の妻と子,アマワカヒコ神の父親のアマツクニタマ神も、地上界に降って泣き叫び悲しんだ。

その場に殯屋を作り葬儀の用意をした。

鳥たちに役割を与え、雁に食物を供える役目、鷺に箒で掃き清める役目、翡翠(かわせみ)に調理をする役目、雀に碓を突く役目、雉に鳴き女の役目、葬儀は式次第の予定通り進んでいると、弔問に阿遅志紀高日子根神がやって来た。天上界からも親子知人の神々が弔っていた所に、全く瓜二つでよく似て見間違う程の阿遅志紀高日子根神を見て「我が子は死なずに生きていた」「我が夫は死なずに生きていた」と手足にすがって大声で泣いたが容姿のそっくりの神であったことが判明し、阿遅志紀高日子根神はひどく怒って「自分は親しい友人、縁起でもない死人と間違えられ穢らわしい」と言って腰に付けていた十柄の剣を抜いて葬儀の殯屋を切倒し蹴っ飛ばしてしまう。

こうして最初の地上界の国譲りは失敗に終わった。


☆アマワカヒコ神とアマホヒ神の地上界への派遣は失敗、使いの雉まで討たれた。最初に派遣されたアマホヒ神の消息は記述にはないが、オオクニヌシ神も強かで次々に派遣された使者を手懐けてしまい、アマホヒ神は三年間天上に報告をさせなかった。アマワカヒコ神に至っては自分の娘下照比売を与えて取り込んでしまう。

雉の使いではアマワカヒコ神は天罰が「返り矢」に射られて死んでしまう。その時の様子をまるで人間界のように葬儀を行い、しかも天上界、地上界を行き来する光景は距離感がない。

天津国の天孫の地上界攻略はオオクニヌシ神の勝利に終わった。

☆諺に「返り矢」の起源にある。あの雉は帰らない「雉の頓(ひたい)使い」と言われている。



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