第18話「激闘への渇望」
決着……闇夜のチェッカーフラッグは、待ち受けた人々の中にある。
誰もが勝者を祝福し、敗者をもねぎらい讃える……それが
最終コーナー、安定した勝利を捨ててまでカイエンは、こちらのラインを潰してきた。彼は一番速く走ることより、相手を倒すことを選んだのである。
そこにイオタの勝機があった。
今、大観衆の中でゴールし、CR-Zが停止する。
一気に疲労感が込み上げる中、降りたイオタに柔らかな感触がぶつかってきた。
「イオタ、
「わわっ、ちょ、ちょっと! カレラさん!」
「やっぱりキミとはやるしかないわね……ね? 次は私とバトルよ!」
「待ってくださいよ……今日はもうヘトヘトで。それに、その、ええと」
満面の笑みで、カレラが抱きついてきた。
少しよろけたが、思わず
バトルの先にあるのは、いつだって勝利と敗北、そのどちらか。
だが、ゴールした誰もが味わうのは、決して他では得られぬ達成感だ。
勝利への安堵、敗北の悔しさ……その両方が龍操者の財産である。
「やるじゃねーか! うちのカイエンを……次は俺と走ろうぜ!」
「久々に熱くなったぜ! いい
「おっ、我らがカイエンもゴールだ……みんな、出迎えようぜっ!」
スカイライナーズのメンバーが、停車するGT-Rへと集まる。
だが、カイエンを待ち受けていたのは仲間達だけではなかった。
突如、
誰もが振り返る先に、二台の
ヘッドライトの逆光で、顔は見えない。
女性らしき人物が歩み出て初めて、イオタはその名を口にした。
「あっ……あなたは、ディリータさんっ!?」
「やっほー、イオタ。ボクの読み通り、かな……絶対に動くと思ってさ。それが目的で、情報をリークしたんだし」
「え、つまり、それは」
「捜査が手詰まりに近かったからね……でも、ようやく見つけた。カイエン、そしてスカイライナーズ!
見れば、一同を囲むように何人もの騎士が立っている。
イオタは理解した……自分はうまくディリータに転がされたのだ。彼女は、彼女にしか見えない彼は、イオタを利用したのである。家族にも等しいリトナのため、必ずイオタは長年続く壊し屋ギルドを探し出すと。
実際、イオタは一生懸命探したし、
それはディリータにとって、期待であり確信だったのだ。
イオタの首にぶら下がりながら、カレラがそのことを教えてくれる。
「ディリータは昔から、人を転がすのが上手いというか……魔性の女、もとい女装少年だ。気をつけるんだぞ、イオタ」
「は、はあ……それより、カレラさん」
「ん? どうしの」
「離れて、くれませんか。そろそろ」
「……あ」
ようやくカレラは、豊満な胸をイオタに押し付けている自分に気づいた。
瞬間、ボッ! と耳まで真っ赤になって飛び退く。
「ちょ、ちょっとぉ! なにひっついてんのよ!」
「カレラさんの方から抱きついてきましたよね」
「そ、そりゃ、そう、なの?」
「そうですってば」
なにやら恥ずかしそうに俯きつつ、顔を上げては目を逸らすカレラ。
そんな彼女を見て、ニヤニヤしながらディリータが近付いてくる。
「でもほら、カレラさ……危機一髪だったじゃん。一発やられちゃうとこだったじゃん?」
「ちょっとディリータ、なにそれ……なんの話?」
「いやだって、イオタが負けたらあの男と、カイエンと一晩付き合っちゃうんでしょ?」
「ええ、そういう条件だったわ。こてんぱんにしてやろうとは思ってたけど」
「……えっと、あのさ、カレラ。意味、通じてる?」
話題のカイエンは今、屈強な騎士達にギルドメンバーごと拘束されていた。こちらをちらりと見て、悔しそうに目を逸らす。
間違いなく、彼は一流の
GT-Rの性能を100%引き出していた。
ただ、それだけだ。
荒くれ者の
それを思い出しつつ、連れて行かれるカイエンを見送る。
その間もずっと、カレラとディリータはかしましく華やいでいた。
「イオタが負けたら、私がカイエンとやるんでしょ? 問題ないじゃない」
「いやあ、カレラさあ……ビッチ系に
「誰がビッチですって! イオタが負けたら、バトルで
「いや、やらせろってのはね、世間一般の男達の間ではね」
ゴニョゴニョとディリータが、カレラの長い耳に小声をささやく。
すぐにピンと耳を立てたカレラは、硬直したままギギギギとイオタを振り返った。
「イオタ、キミね……知ってた? 知ってて、引き受けたの?」
「いや、まあ……カレラさん、度胸があるっていうか、純真っていうか」
「あーもぉ、恥ずかしいじゃない! 私、そんなに尻軽じゃないわ!」
どうやらカレラは勘違いしてたようだ。
イオタが負けたら、次は自分がカイエンのバトルの相手になる……そう思い込んでいたのである。
改めてイオタは、負けなくてよかったと胸を撫で下ろしていた。
その時、背後で声が響く。
振り返れば、CR-Zのボンネットに浮き上がったルシファーが、
ディリータと共にやってきた、もう一人の男。
自分の
「マスター」
「どうしたんだい、ルシファー。……まさか、あの人は!」
「ええ、そのまさかですわ。あの
「チャンプ、なのか? あれが」
腕組み黙って動かぬ男。
しかし、その背後で静かに震えているのは、間違いなくGT-R……黒いR34だ。
この王国で、あれだけの存在感を放つGT-Rは一台しかない。
先程のカイエンのR35GT-Rなど、まるで比べ物にならなかった。
ただあるだけで、周囲の空気を変えてしまう。
静かなアイドリング音が広がるだけで、冷たい夜気に熱が染み込んでいくようだ。そして、GT-Rの前で微動だにせぬ男は、腕組みこちらを見ている。
服装はラフな格好で、どうやらパーカーを着てフードを被っているようだ。
だが、逆光の中からイオタに注ぐ視線は、まるで
意を決して、イオタは一歩を踏み出す。
「あの……チャンプ、さんですよね?
「……ああ。そう呼ばれている」
声は若い。イオタより少し年上だろうか? 酷く落ち着いた、低いながらもよく通る声音だった。なにより、語りかけたイオタを射抜いてくる眼光が燃えていた。
まるで太陽のような、燃える目だ。
真っ赤な瞳に見詰められ、イオタは萎縮してしまう。
これがチャンプの覇気かと思うと、震えが止まらなかった。
だが、チャンプは意外な言葉を口にした。
「正直、助かったぜ。前から色々と騒がれててよ」
「えっ? それって」
「お前が偽物を倒した話だ。俺は別に気にしねえが、ディリータとかがうるせえからよ」
酷くぶっきらぼうで、粗野とも思える言葉だった。
黒いシルエットのまま、真っ赤な眼差しでチャンプは放し続ける。
「放置してもよかったんだが、ヘボい腕の偽物っつーのもな」
「ヘボい……いや、カイエンさんのドライビングは凄かったですよ。それだけに……どうして危険な暴走行為を続けたのか」
「そっか。まぁ、偽物とバレなかったのは、腕もそこそこあったからなんだろうよ。それより」
そして、チャンプから目を逸らせない。
そんな彼を見て小さく笑うと、チャンプが驚きの言葉を口にする。
「イオタ、つったか? やろうぜ……久々に走りたい相手を見つけた気分だ。あのカレラがつきまとうのも、わからんでもねぇ」
「そ、それって」
「やんのか、やらねーのか、どっちだ?」
周囲がざわつき始めた。
だが、全く動じずにチャンプが問い詰めてくる。
イオタは、悩んでいた。
やりたい、バトルしたい。
だが、それだけの腕が自分にあるだろうか? 以前は、圧倒的なパワーにねじ伏せられてしまった。だが、長いストレートでの加速競争に負けただけだ。あらゆるテクニックを問われる局面、ちゃんとしたバトルでなら結果はわからない。
なにより、イオタも最強の男と走ってみたかった。
パンパンと手を叩いて、ディリータが二人の間に割って入った。
「おっけ、ねえチャンプ? この話、ボクに仕切らせてくれない?」
「お膳立てなんざいらねーよ、今すぐこいつと走らせろ」
「まあまあ、待って。イオタはさっき走ったばかりで疲れてる。限界を超えた全開バトル、どれだけ消耗するかはチャンプもわかってるじゃん?」
「……そりゃそうだ。すぐにバトルってのは、これはフェアじゃねえ」
「という訳で……一週間後! 場所は、
――禁忌都市トゥ=キョ。
初めて耳にする名だが、イオタは驚きに震える。もしやそこは、イオタの知っている場所ではないだろうか? 冒険者達はもちろん、王国の騎士達も立ち入りが制限される地域があると聞いている。危険度が高すぎるダンジョンなどだ。
即座に了承するチャンプと共に、イオタも首を縦に振るのだった。
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