第16話「スターもキノコもないけれど」
深夜、薄暗い遺跡の入り口に龍が並ぶ。
剣と魔法の遠未来に蘇った、究極の発掘品……
スタート位置に愛車のCR-Zを停車させ、イオタは緊張に息を飲む。
隣を見れば、黒いGT-Rの威圧感が肌をひりつかせた。
「……どうしてこんなことに。えっと……い、いいのかな」
バトルのためにここまで来た。
あの日見たチャンプの走りを、偽りの名で
それがなければ、ただの暴走行為だ。
公道という概念すらないこの世界で、イオタは走りにプライドを乗せたかった。
「じゃあ、いいかしら? カウント、始めるわよ?」
二台の
右手をあげる彼女の、すらりとした姿がライトの光に浮かび上がった。まるで、ステージでスポットライトを浴びる
そんな彼女の姿を見れば、自然とイオタは思い出してしまう。
このバトルを、スカイライナーズのカイエンが引き受けると言った条件を。
脳裏に、今もカレラの言葉が浮かび上がる。
『条件? あら、なにかしら。ここは
カレラはいつも、いつでも
とてもラジカルで小気味よい少女だ。
だが、そんな彼女にカイエンは、酷く
『貴方が勝ったら、一晩付き合え? やらせろ? ……いいわよ、それじゃあ決まりね』
カイエンは、カレラの
とんでもない条件で、即座にイオタは口を挟もうとした。
だが、今夜のバトルは突然、カレラの純潔を賭けたバトルになった。
負けられない理由が、突然一つ追加されてしまったのだ。
「それじゃあ、用意はいいわね! 5! 4! 3! 2……」
カレラは平然としている。
イオタが負けることなど、まるで考えていないかのようだ。
信頼、されている? そう思うなら、それは
隣を見やれば、GT-Rが微動に震えている。
R35は、今までのGT-Rを脱ぎ捨てた新しいGT-Rだ。当時の最先端で、新設計のV型エンジンに、より洗練されたアテーサ……これはコンピュータを利用した駆動系の制御システムで、コーナーリング時に自動で前輪のトラクションをコントロールする。アテーサのおかげで、GT-RはFR駆動と4WDの長所を併せ持つスーパーカーなのである。
「1ッ! ゴーッ!」
カレラが掲げた手を振り下ろした。
瞬間、イオタの中でスイッチが入る。
二台の龍は、互いに食い合うようにして大地を蹴った。あっという間にカレラの左右を走り抜け、遺跡へと突入する。
その名は、
かつてこの世界に存在した、巨人族の城だ。
全てが巨人サイズというダンジョンを、
当然だが、スタートダッシュで軽いCR-Zが頭一つ飛び抜けた。そのままイオタは、先程のフリー走行を思い出しながらハンドルを握る。
「確か、前半はエントランスを抜けて奥へ……高速コーナーが連続するから、スピードが乗る。けど……妙だ」
イオタが先行する形で、城門を抜けて広大なスペースに飛び出す。
まるで屋外のような開放感で、高い天井には明かりが灯っていた。この城にはまだ、巨人族が暮らしていた頃の魔法が生きている。神代ノ巨人城は、
真昼のような明るさの中、自由なライン取りでイオタが走る。
意外にも、背後でカイエンのGT-Rは様子見の構えだ。
GT-Rのパワーなら、最初こそ車重の差が出るが、すぐに前に出られる
「とにかく、勝たなきゃカレラさんが……もうっ、なんでそういう約束しちゃうんですよぉ!」
独り言を呟きつつ、イオタはハンドルを切る。
絶妙なアクセルワークで、小さな荷重移動をフロントに加えてのコーナーリング。右に左にと、かつて巨人達が行き来したであろう回廊を抜けていった。
軽くて小さいCR-Zのコーナーワークは、イオタの腕もあって鋭い。
だが、背後のGT-Rはまるで見えないレールの上を走るように、安定した速さでピッタリ追従してくる。まさしく、オン・ザ・レール……ホームだけあって、何度も普段の走りをトレースしているかのようだ。
そして、GT-Rのフロントにゆらりと黒い影が立ち上がる。
「ワシの正体を知るからには、生かしては帰さん……我が主にはハイエルフとの一夜を。小僧には……ルシファーともども、死んでもらう!」
物騒な話だ。
当たり前だが、バトルは命のやり取りではない。
命を乗せて走るからこそ、互いに自分の命は自分で守る。
バトルといっても、戦うというよりは競うことが大事なのだ。戦うとしたら、それは自分との戦いなのである。
だが、背後に殺気を感じたままでイオタは走る。
今夜のバトルに、早くも波乱の予感が膨らんでいった。
「死んでもらうって? ……関係ないね。俺は死なないし、誰も殺さない。そっちが
「はい、マスター! 魔力安定、高出力をキープ……思う存分、振り回してください!」
カーナビに映るルシファーの表情も、心なしか今日はやる気に満ちている。
彼女なりに怒っているのだと思う……常日頃から温厚で、
そう、ルシファーはいつも優しい。
いつだってイオタの期待に答えてくれる。
だからこそ、勝ちたい……彼女の笑顔が見たい。
「それにしても……これは、あれだね」
「どうしましたか? マスター」
「いや、ルシファー。俺の時代には、こういうビデオゲームがあったよ」
コースに指定されてる順路を、次々とイオタはクリアしてゆく。
豪華な装飾もそのままの城を、駆け抜けてゆく。
いくつもの部屋を貫き走るが、道幅は広い。それもその筈、巨人族は人間の五倍以上の巨体を誇っていたのだから。
なんとなく、小さい頃に夢中で遊んだゲームを思い出す。
有名な
今まさに、これはマリカーだなあと思える中でイオタは走る。
「まあ、
食堂と思しき巨大な部屋は、まるでコンサートホールだ。王都にしかないような、広大な空間である。
やはり背後で、カイエンのGT-Rは動く素振りをみせない。
仕掛けてこない。
中盤はこのまま地下室に降りて、貯蔵庫や地下牢を抜ける。
後半は裏門へと続くが、ここはまだまだ冒険者の探索が十分になされていない区画だ。巨人族が住んでいた当時のままで、障害物も散乱している。武具や調度品、金銀財宝ももしかしたらあるかもしれない。もちろん、モンスターも出る。
「ルシファー、その……メフィストフェレスにはなにか、特別な魔力、特殊な能力はあるかい?」
「そうですね……いえ、特には。彼は取り立てて強力な魔力を持った悪魔ではありません。ただ」
「ただ?」
「非常に知恵が回ります。普段はおどけて隠していますが、天使の軍勢を相手に策略や計略を駆使する一面がありました。道化であると同時に、軍師でもあったのです」
あのずる賢そうな顔を思い出して、イオタは納得した。
背後では、狡猾さを感じさせる声が響く。
「奥の手を使うまでもありませんぞ、フェッフェッフェ……ルシファー、お前はあまりにも弱い。サタン様から零れた、残りカス。その程度の魔力では、我が奇策を使うまでもなぁい!」
高らかな
彼をフロントに浮かべたまま、GT-Rが加速した。
今まで適度に抜いていたアクセルを、一気に踏んできたのだ。
そして、丁度コースは短い直線へ……乱雑に散らかった調理場を抜ける。当時、ここでなにがあったのか……巨人サイズの鍋や食器が散りばめられた中に、申し訳程度に道が伸びている。
恐らく、スカイライナーズのギルドメンバーがコースとして整備したのだろう。
そう、短い直線だ。距離にして300m程である。
しかし、それはGT-Rの力を解放するには十分な距離だった。
「マスター、並ばれます!」
「だね、仕方がない! 気にしないで、ルシファー! でも、この先は……やられたな」
まるで自分が静止しているかのような、錯覚。
圧倒的なパワーで、GT-Rが横に並んで、そして……そのまま二台はもつれ込むようにコーナーへ。その時、イオタは察した。次の右コーナー、自分はアウト側だ。そして、最低限の減速でGT-Rはインコーナーに突入していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます