第9話「朝から仰天!アッー!」
月明かりがあんなに眩しいなんて、初めて知った。
言葉にならない叫び、感動と興奮を歌い上げる声。
その中をイオタは、生まれてはじめてのウイニングランで進んだ。
それが昨夜のできことで、まるで夢のようだった。
「……まあ、夢かなと思ったけどね。でも、どうやら違うみたいだ」
いつものベッドで目が覚めて、イオタは周囲を見渡す。
間違いなく自室、
いつもと変わらぬ朝だが、まだ胸の奥になにかが熱く燻っていた。
シャツの上から手で抑えて、静かに深呼吸。
イオタは昨夜、初めてのバトルで勝利したのだ。
「今日はルシファーの調子も見てやらなきゃな。昨夜は帰ってくるなり寝ちゃったから」
今でも少し、けだるい疲労感を感じる。
極限の緊張状態が続いたからだ。
だが、キッチンから
すぐに着替えて、イオタは部屋を出た。
小さな家で、どの部屋も中央のリビングとキッチンに繋がっている。顔を出すと、かまどと格闘しているリトナの背中が見えた。
リトナは肩越しに振り返って、煙に少し
「あっ、おはよ! 寝坊だぞ? イオタ」
「おはよう、リトナ。デルタの兄貴は?」
「ガレージだよ。朝からずっとグリフォンと一緒。酷く消耗してたけど、一晩寝たら少しよくなったみたい」
「そっか……よかった」
いわば、龍の心臓であり頭脳だ。
だから、
イオタはとりあえず、顔を洗おうと風呂場へ向かう。
飲水や料理には井戸の水を使うが、洗濯や風呂に使う水道が近くの小川から引かれている。簡単な構造と植物を利用して濾過した、原始的なもので水しか出ないが。
「あとは、ランエボ
ガラガラと引き戸を開く。
その瞬間、イオタは固まってしまった。
眼の前に、生まれたての女神が立っていた。濡れた長髪は、まるで
それは、ちょうど風呂から出てきたカレラだった。
彼女もまた、驚きに目を見開き硬直している。
「や、やあ、おはよう。って、水で済ませたの? 寒くないかな」
「え、ええ! 少し身体を拭いただけよ」
「そう」
「うん」
あまりに突然のことで、イオタは妙な会話で間をもたそうとしてしまった。勿論、本来は背を背けるとか、部屋から出ていくとかあるだろう。
しかし、そうした普通の反応で接するには、カレラはあまりに美し過ぎた。
カレラもまた、驚きのあまり自分を隠すのも忘れている。
だが、ようやく彼女はなにかを思い出したように「あ!」と声を上げた。
ホッとしたイオタは、ビンタならまだいいけどグーは嫌だなと思っていると……カレラはそのまま全裸で詰め寄ってきた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっとお! カレラさんっ!」
「イオタ、
「その話ですか! ってか、まず先に言うことがあるでしょう!」
「ああ、そうね。昨日はごめんなさい。誘っておいて、結局やらなかったわね」
「言い方! 言い方が! ……誘ってみてるんです?」
「もち、私はいつでもOKよ。いつする? すぐにでもいいわ」
無論、バトルの話である。
それから彼女は、ザベッジの
そもそも、どうしてこのリットナー家にカレラがいるのだろうか?
そのことを聞きつつ、詰め寄られるままに背に引き戸を背負う。
目をそらしても、グイグイとカレラは瞳を輝かせて見上げてくるのだ。
「あのあと、イオタはギャラリーに取り囲まれてヒーロー状態だったもの。すぐにバトルできる雰囲気じゃなかったわ。だから、しばらくこのユーティス村にいようと思って」
「それで、リトナに?」
「そゆこと! しばらく
「それは、どうも……で、あの、カレラさん」
「なに? あなた、さっきから変よ?」
「カレラさんが言わないでくださいよ! 服っ、服! なにか着て……
イオタの言葉に、ようやくカレラは自分を見渡し、真っ赤になった。
そして、実り豊かな胸を両手で
「なっ、なによ! ちょっとイオタ、このエッチ! 早く出てきなさい?
「俺が悪いの!? だいたい、カレラさんが」
「うるさいっ、女の敵! ……うう、一族の
「一族の掟? ああ、ハイエルフの?」
「いいから出てって! さもないと――」
なにやら彼女の周囲でプラズマがスパークした。
魔法を使われてはたまらないと、慌ててイオタは部屋を出る。
だが、
どうにか開放されて胸を撫で下ろしていると……
「イオタ、ねえ……なにしてたの。悲鳴、聴こえたよ?」
「いや、顔を洗おうと思ったらカレラさんが、って、ほわわああああっ!」
「ラッキースケベ? ……やだもう、男の子って」
そこには、フラットな表情を凍らせたリトナが立っていた。
手に包丁を握って。
どうやら先程の悲鳴で、キッチンから駆けつけたらしい。
目が
いつものかわいらしい笑顔が嘘のようだ。
慌ててイオタは、あらん限りの
「違うんだ、裸を見ただけで! それから、今度やろうって! いつでもいいって、それまでこの家に世話になるって」
「……やる、の?」
「あ、うん……逃げられないし、それに……バトルしてみてわかった。俺は、運転が好きで、
「あっ……バッ、ババ、バトルの話ね! そうよね、やるってバトルの話よね!」
「そう、だけど……あっ」
つい先程のカレラと、同じことを言ってしまった。
イオタやリトナのような年頃だと、やっぱり言葉に無意識に敏感になってしまう。
あくまで話しているのは、バトルのことなのに。
気まずい空気の中で沈黙してると、背後で引き戸が開いた。
「リトナ、着替えありがと。胸がキツいけど、それ以外はピッタリだわ」
そこには、平凡なリトナの普段着に
確かに彼女の言う通り、形良い胸の
「あ、そっか……わたしの小さい頃の服じゃまずいかな? まってて、もっとルーズなのを探してくるから」
「え、ええ、お願いするわ。……小さい頃の……そ、そう、これ……子供の服なの……」
リトナはパタパタと、キッチン経由で自分の部屋に戻っていった。
そして、カレラは自分の格好を見下ろし、くるりと回ってみせる。
やはり、
デルタ程じゃないが、
初めて会って、その意味をようやくイオタは理解したのだ。
そうこうしていると、リトナが両手に服を抱えて戻ってくる。
「おまたせー、カレラさん。えっと、これなんかどうかな」
「あら! かわいいわね……でも、少し子供っぽくないかしら」
「むっ……ど、どーせわたしは子供っぽいですよ。でもほら、カレラさんは子供サイズが丁度いいんだし」
「……今、子供サイズって言った? なら、どうしてこんなに胸もお尻もキツのかしら」
「少しダイエットした方がいいかもですね、カレラさん?」
「私、太ってないわ!」
とりあえず、
朝から二人が元気なのはわかった、元気なのはいいことだ。
だが、運ばれてきた服をカレラに物色させつつ、リトナが振り返る。
「そうそう、イオタ。今日は街に出るでしょ? ほら、納品の日!」
「あ、そうだっけか」
「……もぉ、なんでそう
無邪気な笑顔を見せるリトナに、自然とイオタも笑みが零れた。
一つのバトルが、彼の日常を
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