第6話「光は闇の中へ」
深夜の小さな宿場に、興奮と熱狂が広がってゆく。
カレラは、整ってゆく決戦を黙って見守っていた。今、
カローラのボンネットには、複雑な魔法陣と共に影が揺らめく。
まるでイオタを
ザベッジは、評判はよくないが腕の立つ
「あれはでも……魔王ベルゼバブ。随分と強力な
ぽつりと
不思議と張り合うような警戒心のリトナが、おずおずと口を開く。
小柄な彼女よりさらに小さいカレラは、動じず前だけ向いて会話に応じた。
「ね、ねえ、カレラさん」
「なに?」
「あれ、なに……? なんか、すっごいおっかないモンスターっぽいんだけど」
「あれは魔王ベルゼバブ。
「ふええ……イオタ、勝てるかなあ」
「さあね。
左右横並びに、CR-Zとカローラが並べられる。
こうしてみると、やはりCR-Zの方が一回り小さい。カローラも小さなハッチバックだが、CR-Zはさらに短く低いのだ。地を
イオタはルシファーを出すでもなく、黙ってスタートを待っていた。
挑発が効果なしと見るや、ザベッジもベルゼバブを引っ込ませる。
スタートの時が近付こうとしていた。
そんな時、不意にカレラを呼ぶ声が爆音と共に響く。
「おう、カレラ! カレラじゃねえか! そのけしからん
酷く
だが、顔をしかめてカレラは首を巡らせる。
「……サファリ、あなたはなにをやってるの? それより……今、乳って言った?」
「おう、乳だ! わっはっは、あんましデカくてハリがよくて、しかも形も最高ときてやがる。見間違える訳ねえよ」
「こっ、この、セクハラ
この男の名は、サファリ・バラム。以前、
だが、
チャンプ以外の
「あんちゃんならFTOのシェイクダウンさ。セッティングを変えたみたいで、
「あら、そう。それで? あなたはまさか、あのバトルにちょっかい出そうっていうのかしら?」
「まさか! それより、乗れよ! 一番の特等席でバトルを一緒に見ようぜ!」
サファリの性格は、まさしく竹を割ったようにシンプルで
要するにバカ、
兄のサバンナのように、頭も回らないし容量もよくない。
愛車のGTO同様、頭の悪い走りをする。
だが、カレラを含めた他の
そのサファリが、ちらりと洞窟前を見て
「ほらほら、スタートすんぜ? 乗れよ!」
「……なんかしたら、承知しないわよ?」
「おいおい、俺は女に無理矢理なんてのは
カレラは
やはり、どこか憎めないのがサファリなのである。
リトナにデルタとここで待つように言って、カレラはGTOの大きな車体を回り込む。サファリの隣に飛び乗ると同時に、スタートのカウントダウンが始まった。
「うーしっ、カウントォ! 三秒前! 二ィ! 一ッ! ――ゴーッ!」
暴力的な轟音と共に、二台の
当然のように、軽いCR-Zが抜きん出る。だが、馬力と四輪駆動にものをいわせて、すぐにカローラが抜き返す。そのまま二台は、絡み合うようにして洞窟へと向かった。
短いストレートの奥に、銀水晶ノ交易洞が口を空けている。
同時に、サファリのGTOも走り出した。
周囲の野次馬達をかき分け、追跡するギャラリー達から頭一つ飛び出した。
「よぉ、カレラ! どっちが勝つ?
「イオタのCR-Zよ。そして、その彼に私が勝つの」
「なんだよ、賭けが成立しないぜそらぁ!」
「あら、そう? それより……なにこの車」
カレラは、洞窟の闇へ消えた二つのテールライトを目で追う。
すぐに二人の乗ったGTOも、洞窟へと突入した。中は道幅が広く、川底に向かってやや
勿論、モンスターも出る。
なにが棲み着いてるかは、誰にもわからない。
だが、
恐れ知らずのスピード狂達には、クラッシュ以外に怖いものなどない。
それはそうと、GTOの内装にカレラは閉口してしまった。
「いいだろ? センスあっだろ! ……
「こんな重い車に、さらになに? これは
「よせよせ、照れるぜ!」
「
GTOは重く、馬力だけの
その車内が、あまりにも悪趣味なドレスアップでカレラは驚いたのだ。
重い車体が
「俺が命を乗せて走んだからよ……俺の好きにしてぇだろ。それに」
「それに?」
「ナンパするときゃコイツが一番! ゴージャスで女もメロメロってな!」
「……バカ。ま、いいわ。それよりほら、前! ダンジョンに入るわ!」
確か、カローラが車体三つ分程CR-Zを引き離して先行していた筈だ。
追いつけるとは思うが、以前からカレラは気になっていた。
ザベッジはバトル中に、いったいなにを? 誰もが負けて卑怯だと言う、その技の正体はなんなのか。どんな小細工でもカレラは負けない自信があるが、あまりオイタをするような
ただ、自らの走りで同じ
走りのギルドへの介入は、これを
「っし、飛ばすぜぇ! カレラ、しっかり
「もぉ、なんで四点シートベルトじゃないのよ!」
洞窟の中は意外なほどに明るい。
天井には大小様々な銀水晶が、無数に突き出てぶら下がっている。この特殊な鉱石は、
ぼんやりとした光は、洞窟内の起伏を浮き上がらせる。
そして、影は色濃くコーナーの先を闇に溶かしていた。
そんな中でも、サファリの運転はいささかも
だが、次の瞬間……サファリと共に彼女は
「なっ……おいおい、カレラァ! あのボウズ、なんなんだよ! こりゃあ」
サファリが強引なパワースライドから、馬力にものを言わせてコーナーを立ち上がる。
その前を走っているのは、ザベッジのカローラだ。
先行してダンジョンに突入した筈のカローラが、そのケツが目の前にある。
そして、その先にどんどんCR-Zの特徴的なリアが遠ざかっていった。
「嘘……第一コーナーで追いついて、そして」
「追い抜いた、ってことだよなあ? へへっ、こいつぁ面白いぜ!」
サファリがしまらないニヤケ面を引っ込めた。
本気になった証拠で、カレラも黙って身を固くする。
バトルの邪魔にならぬよう、二人の乗ったGTOは車間距離を大きく取りながら追走する。
眼の前を走るカローラが、心なしかドライビングに
そこかしこに陣取っているギャラリー達の、驚きの顔が後方へ流れてゆく。
誰もが想像だにしなかったバトルは、まだ始まったばかり……だが、どんどんCR-Zとカローラの距離は離れてゆく。このまま逃げ切れるほど楽ではないだろうが、改めてイオタのコーナーワークに
「コーナーで抜いたってなあ……後半は登り、馬力勝負だ。四駆のカローラが有利に決まってらあ。それより……妙な胸騒ぎがすんぜ」
いつになくシリアスなサファリの声に、カレラも黙って
洞窟内に抜けるような高音を響かせ、CR-Zは次のコーナーへと消えてゆくのだった。
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