第5話「祝祭の只中へ」
大陸を両断するように流れる大河は、天然の城壁。山脈と共に、魔王軍の支配領域から人間を守ってくれる。そして、この
必定、
だが、この場所にはもう一つ、特別な意味がある。
モンスターも
「なんか
「だーめ、止まるまではシートベルトしといてよ」
細く
パラレルドリフトでの全開走行が続いたが、不思議とイオタは疲労を感じなかった。集中力と緊張感を維持したまま、気持ちは平静で落ち着いている。きっと、
カレラのポルシェが脇に寄って停車したので、イオタもそれに
洞窟前は広場のように開けており、並ぶ商店の周囲が賑わっていた。
「ここが、銀水晶ノ交易洞……なんか、ちょっとしたお祭り騒ぎだな」
月夜の星空より
その奥に、ぽっかりと暗黒の洞が口を空けている。
この先の大きな河を渡るための、巨大洞窟だ。
客引きの女達もきらびやかだが、やはり目を引くのは無数の
どうやらこのダンジョンもまた、バトルのメッカとして盛り上がっているようだ。
物珍しそうなリトナにひっつかれていると、カレラがポルシェから降りて振り返る。
「やっぱり私の目に狂いはないわね。いい腕……
カレラは
とても挑戦的で、気取らぬ無邪気な笑顔に見えた。
だが、後ろから見ていてイオタは思い知った……やはり彼女は、この世界でトップクラスの
そして、カレラの
周囲の誰もが、歩き出した彼女を振り向き
「お、おいっ! あれ……カレラ・エリクセンじゃねえか?」
「ああ? カレラって、
「いや、エルフだから若く見え……いや、幼く……顔だけは幼く見えるんだって」
「あれは間違いねぇ、七聖輪のカレラだ。前に俺、バトルでブッチ切られたことがあるからな。忘れねえよ、かわいい顔して……いや、本当にかわいくて、くそぅ」
思わずイオタは、カレラの数歩あとを離れて歩く。この異様な空気に、リトナもおっかなびっくり身を寄せてきた。がっちり腕を抱きしめられてしまい、そのまま彼女をぶら下げるようにしてイオタは進む。
前方に、騒がしい人だかりが盛り上がってるのが見えた。
そして、そこからは兄貴分のデルタの声が響く。
「
「おいおい、負けて
「卑怯だろぉが!
「へへっ、卑怯は敗者の
言い争う声の片方は、デルタだ。しかも、怒りに声を荒げている。対するもう一人の声は、薄笑いを
カレラが「ちょっとゴメン、通して」と言うだけで、
そして、イオタは目撃する……うずくまるデルタと、その腕に抱かれた巨大な魔獣を。それは、彼のランエボ
思わずイオタは駆け寄り、屈んでグリフォンに触れてみる。
「デルタの兄貴! ……よかった、グリフォンは無事だね」
「おお、イオタッ! 無事なものかよ、こいつ……俺が無茶したから、こいつが」
パワフルでメリハリのきいた走りが、デルタの信条だ。ムラっ気があって
だが、
デルタが小さく囁くと、グリフォンは光となって消える。ランエボⅤのエンジンルーム、
それを見ていた目の前の男は、鼻を鳴らしてニヤリと笑う。
大柄でスキンヘッド、そして
「恨むなよ、あんちゃん……俺が挑んでお前が受けた、受けたバトルの勝敗はお前の責任だぜ」
「……そりゃ、まともなバトルならな。さっきのはなんだ、ええ?」
「さっきの? ああ、バトルにはアクシデントがつきものさ、クククッ!」
いきり立つデルタを、イオタはリトナと共に必死で止めた。
デルタは
共に走って競い、バトルの勝敗だけが全てを分かつ。
それが地上を疾駆する龍の主、
ヒートアップする周囲の視線を吸い込み、カレラが男の前に出た。
「ここを仕切ってるのはあなたかしら? 少し、バトルに場所を借りたいのだけど」
「おっと、こいつぁ……
まるで舐め回すような男の視線が、カレラの全身にくまなく触れてくる。隣にいるイオタにも、その不快な湿度のようなものが感じられた。
だが、カレラは涼しい顔で動じず要件を切り出す。
「私は誰のバトルにも口を出す気はないわ。ただ、熱く燃えるバトルがしたいだけ……こっちの彼とね」
クイと親指で指さされて、周囲の視線はイオタに集中した。
そんな彼を守るように、ぎゅむと抱きつくリトナが身を固くする。
「おいおい、カレラちゃぁん? ここは誰の場所でもねえ。馬車が来りゃ道を
「そうかしら?」
「ああ!
周囲で、ザベッジの取り巻きと思われる男女が歓声を上げる。
イオタは、彼の後方で静かにアイドリングする
だが、
そして、イオタの記憶力が特別な一台を思い出させていた。
思わず彼は、ゆっくりリトナを引き離すや、カローラに歩み寄る。
「このカローラ……フロントライトが丸いタイプは、欧州で流通していたタイプだな。でも、このワイドな
「ああ? おいおい小僧、俺の
「すみません、見るだけ……見るだけですから。でも、凄い……こんな車が掘り出されて、あまつさえ復元されて走ってるなんて」
WRカーとは、
過酷なラリーを戦い抜く、勝利を約束されたマシン……それがWRカーなのである。
だが、不意にカレラが妙なことを言い出し、周囲の人間も驚きの声をあげた。
「ええと、ザベッジ? だっけ? いいわよ……ただし、そこのイオタにバトルで勝ったらね」
「おいおい、
「だから、その前にイオタに勝てたらって言ったでしょ? やるの? やらないの?」
「やるっ! 決まってんだろぉ!」
無論、イオタの意思など確認されなかった。
「お
「そんなこと言ってませんよ、俺は!」
「そう? ……じゃあ、その握った拳を振り上げるのかしら? それはできない、しない
「それは、そうですけど」
不意にグイとカレラが顔を近付けてきた。
耳元で囁かれれば、ふわりといい匂いが鼻孔をくすぐる。
まるで、
彼女はイオタにしか聴こえない声で、静かに言い放つ。その言葉は、鼓膜を震わせ奥の奥まで忍び込んで……頭ではなく、胸の奥に火をつける。
「
「ギルド? ああ、
「そう。連中のギルド名は、ヘルクライヤーズ……あちこちで有名なギルドがやられてるわ。でも、私は
バトルすれば楽勝だけど、と付け加えることをカレラは忘れない。その上で、ちらりとザベッジを見やりながらさらに声を
「嫌ならいいわ。勿論、私とのバトルもね……ただ、あなたはまだ自分でも気付いていないだけよ。この瞬間に燃やしている怒りにも、バトルに魅了されてる自分にも」
「それは、そんな」
「あとね、誰かが走らなきゃ……デルタが無理してリターンマッチを始めそうだし。それに、面白そうじゃない? 私の
ニッコリ笑うカレラが、小悪魔に見えた。
ドギマギしてしまうイオタだったが、不意に二人の間にリトナが割って入る。彼女は、自分より小さくスタイルのいいカレラを見下ろし、両手を広げて「むー!」と
そうこうしている間に、周囲がバトルの準備に動き出してしまった。
銀水晶ノ交易洞はすぐさま行き来が制限され、ザベッジのギルドメンバー達が交通整理を始める。流通の大動脈は今、一時その血流を忘れ……喰い合う龍と龍とを招き入れようとしていた。
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