第2話「勇者を選ばなかった、勇気」
ユーティス村は小さな集落だ。
魔王の軍勢が戦列を並べる最前線とは、山を一つ
その小さな村に、若き
工房の主は、まだ十代の少年だ。
そして、彼がこの世界の人間ではないことは、誰も知らない。
「なあ、聴いたかい? なんでも昨夜、また山の方で競争があったらしいのう」
「バトルって行ってくれよな……でも、よく知ってるな、爺さん! そうなんだよ、俺も見に行きたかったぜ!」
注文の品を待つのは、老人と青年。どちらも、狭い工房のカウンター前で立ち話だ。
その会話を聴きながら、イオタ・キサザキは今日も仕事をこなす。彼にとっては日頃見慣れたアレコレが、この時代では何千年もの年月を積もらせている。そうして眠った機能を復活させ、動力源を今のものに置き換えるのが彼の
今日は村長に頼まれたシェーバーと、兄貴分の友人が持ち込んだラジオだ。
どちらも、遺跡の中から発掘された旧世紀の遺産、
イオタは修復が完了したそれらを持って、客の前に歩み出る。
「村長さん、それとデルタの
まずは村長にシェイバーを渡す。
村長はシェイバーを手に取り、細い目を見開いて笑った。
「おお、どれどれ……相変わらず
村長の手に、無数の光が筋と走った。
そして、その輝きに呼応するように、突然シェイバーが震え出す。
今という時代、
魔法が当たり前となり、魔力の強さがそのまま社会的地位になる。
つまり、修復されたシェーバーのエネルギー源は、村長の魔力である。
「ふむ、良さそうじゃのう。クリームはほれ、ばあさんがクムの実から作るやつがいいんじゃよ。まあ、イオタにはまだ早かろうて、ホッホッホ」
「
「そうじゃぞ、紳士たるもの身だしなみはとても重要じゃ」
そうして村長は、
料金を
その背を見送るデルタが、イオタを見下ろしてくる。
「よぉ、俺のはどうだ?」
「ああ、できたよ兄貴。でも、ラジオなんてどうするの? 放送は」
「あるんだな、これがな! 都会じゃ今、
「ま、試してみようか」
スイッチを入れると、
だが、デルタは根気よく探るように、チャンネルを合わせていった。
そして突然、数千年前のラジオは喋り出す。
『はい、次のお便りです! リスナーネーム、最強勇者俺様さん。えーと……この時代に来てはや三年、そろそろ帰りたいんですがまだ無理です。あー、これって勇者さん達で
手紙を読み上げるDJの声が、心なしか笑っている。
思わずイオタは表情を失ったが、ポンと頭を叩かれた。
デルタは無言で、気にするなと笑う。
『えー、最近は発掘されたCD……ああ、あの円盤のことね。保存状態が奇跡的によいものを選んで、昔の音楽を聴いています。ふーむ、なるほど。それを今日はリクエストね? オッケー、勇者さん。王立放送局のストックにあるか、今探してもらって――』
そう、一般人は信じてくれない。
魔王と戦うために、この時代には多くの勇者が招かれている。それは、イオタ達がいた時代、ここから見て過去の世界からやってくるのだ。
イオタには、デルタ・リットナーという理解者がいる。
この村では
だから、イオタは勇者として戦うことを強要されたことはない。
「よぉ、イオタ……例の
「や、車種までは。ただ、隣町で修理を頼まれたトラックは違ったみたいだ」
いわゆる異世界に見えるほど変貌してしまった、地球……イオタも、ここが故郷の日本なのかどうかさえわからない。ただ、日本語がほぼそのまま通じるのはありがたかった。
自分の他にも、この時代へ転生させられた少年少女に何度も出会った。
皆、戻るための方法を探す中で、王国に保護されて勇者になり、戦っている。
イオタと同時期に来た者は、彼を除いで全て勇者になることを選んだ。
「なんか、イオタはトラックとかいう、あれだろ。荷運びによく使われてる
「そう、道路で
「俺の愛車じゃ駄目か?」
「兄貴のランエボ……ランサーエボリューション
「何千年も前に、お前さんを
デルタは再びラジオと格闘を始めた。
この男は村で唯一、仕事もせずにぶらぶらしている遊び人で、その
自慢の
にも関わらず、彼が働いているのをイオタは見たことがなかった。
「くっそ、チャンネルが……首都の方でよ、
「へえ、そうなんだ」
「お前、反応薄いなあ。どうだ? 今夜あたり、俺等も山に行ってみようぜ」
「そんなことを言ってると、またリトナに怒られるよ」
リトナ・リットナーはデルタの妹である。
歳はイオタの三つ下だから、十四歳だ。デルタと違って働き者で、一人でリットナー家の家事一切を取り仕切っている。
彼女は、酷く
両親を交通事故……馬車に
だが、デルタは全く気にした様子を見せない。
「人斬りを恨んで剣を恨まず、だ。そりゃ、
「なかなかそうは割り切れないと思うけど」
「なぁに、リトナも大人になればわかってくれる。で、だ……今夜な、今夜!」
「ん、まあ……でもリトナが」
イオタも、実は
品物を離れた場所に配達したり、あとは村人に頼まれて遠出する時に使っていた。怪我人や急病人を町に運ぶこともあったし、昨夜も
あまり好きな仕事ではないが、重火器の
仕事を選んではいられないくらいには、
そう思っていると、店のドアが開いてベルがカラランと鳴る。
「ちょっと、お兄ちゃん! イオタを悪い道に誘わないでよねっ!」
先程話題にのぼった、リトナが怒気を荒げて入ってきた。
怒ってはいるのだが、毎度のことなので全然怖くない。
だが、デルタは大げさにイオタの影に隠れた。
「やあ、おかえりリトナ。町からのバス、こんな時間にあったかなあ」
「丁度、
「それはいいね。で……そっちの人は?」
リトナの隣に、小さな女の子が立っていた。
そう、酷く小さい……そして、酷い童顔だ。イオタがいた時代なら、恐らく小学生くらいだろう。その癖、妙に露出の際どい服が内側から胸や尻に盛り上げられている。
そして、彼女はあまり人里では見ない、エルフである。
「はじめまして、えっと……リトナ、どっちが話の彼かしら?」
「あ、えと、お兄ちゃんじゃない方。ちょ、ちょっと格好いい方っ! あ、ううん、全然素敵な方!」
イオタはどこかで、酷く特徴的なエルフの少女を知っている気がした。
まるでお姫様のような気品が漂うが、エルフの王族は森の奥から出てくることはないという。ハイエルフと呼ばれる高貴な血族は、あまり人間には接触してこないのだ。
だが、目の前の少女は大きな瞳を
「はじめまして、ええと、イオタ・キサザキ君よね? ……珍しい家名、もしかして、いわゆる勇者だったりするのかしら?」
「勇者には選ばれた程度、かな。王国の誘いは断ったんだ。ええと、もしかしてあなたは」
「あら、やっぱ気付く? まあ、そうよね……
背中にしがみついていたデルタが「あ、ああーっ!」と飛び退いた。彼はカレラを指さしつつ、震えながら固まってしまった。
その理由はリトナが教えてくれる。
「なんかほら、イオタの
「そういうことよ、イオタ君。……少し二人で話せるかしら? できれば、店の裏のガレージでね」
それが、二人の出会いだった。
そして、退屈だが穏やかな日常の終わりをも連れてくる。
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