ダンジョンチェイサーズ!

ながやん

第1話「プロローグ」

 すさんだ時代だった。

 魔王が率いる軍勢との戦いには、百年戦争という名前が付けられて久しい。列強各国は多くの勇者と騎士団をもって、終わらぬ戦いに終わりを探していた。

 だが、民が求めたるのは遠い平和ではない。

 多くの者達が、危険な娯楽で恐怖を忘れる。

 そして、かつて地球と呼ばれた星に……鋼鉄の獣達の咆哮ほうこうが帰ってきたのだ。


「よぉ、カレラ。久しぶりだナ」


 やや軽薄な男の声に、カレラ・エリクセンは振り返った。

 山の夜風に、ふわりとツインテールの髪が揺れる。翡翠ひすいのように透明感のある、薄闇の中で輝くような長髪だ。

 腰に両手を当て、カレラは愛想の良さそうな男を間近に見上げる。

 豊満に過ぎる身体の曲線美に反して、彼女は酷く小柄な矮躯わいくだった。


「あら、サバンナ。弟さんの応援?」

「そんなとこサ」


 サバンナと呼ばれた長身の優男やさおとこは、へらりと笑ってタレ目をさらに傾ける。

 人懐ひとなつっこいが、カレラに馴れ合いをするつもりはない。


「今日も大盛況だねえ……今日はチャンプがコースレコードを更新するって言われてるのヨ」

「それくらいやるでしょうね、あいつなら」

「ねー? それでサファリの奴、今日はいつになく気合が入っててサ。あいつ、現時点でのレコードホルダーなのヨ」


 サバンナと二人並べば、自然とカレラは視線を集める。

 月夜の晩、山道には多くの観客ギャラリー達が集まっていた。皆、それぞれ明かりを手に小さな集団であちこちに陣取っている。そのランプの光は、ずっと山頂の方まで続いていた。

 見上げれば、凍えた空気が爆音に震えている。

 連なりもつれ、絶叫にも似た音が降りてくる。

 それは、この時代の最高にして最強の娯楽……限られた者達のみが踊る、超高速の輪舞ロンドだ。発掘された旧世紀の遺産、再醒遺物リヴァイエと呼ばれる科学文明の残滓ざんし。その中でも、かつて自動車と呼ばれた魂の駆動体は、龍走騎ドラグーンという名の希少品だった。

 高価な文明の利器で今、滅びに瀕した人間達は狂気の夢にまどろむ。

 それは、ハイエルフのカレラも同じだ。


「お、おい……あれ、カレラ・エリクセンじゃないか?」

「隣の男は、バラム兄弟の兄、サバンナ・バラム!」

「なってこった、七聖輪セブンスの二人が一緒だなんて」

「このバトル、やっぱただ事じゃないぜ」

「っしゃ、来た! 来たぜ、来た来たァ! 降りてきやがったぜ、頭はどっちだ!」


 かつて、魔王軍が支配していたこの場所は『蛇王林ノ山道ジャオウリンノサンドウ』と呼ばれている。文字通り、のたうつ蛇のような急勾配だ。今でもゴブリンやコボルトといった、比較的弱いモンスターの出現があとを絶たない。それでも、戦いの最前線へと補給物資を運ぶ、兵站へいたんの大動脈である。

 同時に、龍走騎ドラグーンを持つ者……龍操者ドラグランナー達の闘技場コロッセオだ。

 今も、とある男がサバンナの弟と戦っている。

 熱狂と興奮の中、激しいスキール音をかなでて風が迫る。


「頭は……チャンプだ! 七聖輪セブンス最強の男っ!」

「ハンパねえええええっ! おいそこ、どけぇ! インを空けるんだよぉ!」


 闇夜を切り裂く、その閃光が突き抜ける。

 黒い車体が、横滑りにヘアピンカーブへと突入してきた。

 スカイラインGT-R……文字通り、空を切り刻むが如き軌跡が熱風を巻き上げていた。けたタイヤの臭いの中、誰もが歓声を上げて背後へ下がる。

 だが、コーナーのイン、それもクリッピングポイントの前に立ってカレラは動かない。

 サバンナも同じで、コーナーリングの最短コースにある一点に立ち尽くした。


「……流石さすがね」

「だな」


 多くの言葉はいらない。

 そして、わずか一秒にも満たぬ邂逅かいこう

 チャンプのGT-Rはは鼻先をカレラ達に擦り付けるようにして、そのまま走り去った。四つのタイヤがえがく赤いが、暗闇の中で熱をはらんで道に浮かぶ。

 少し遅れて、緑色の車体が同じラインをトレースしてゆく。

 サファリ・バラムも同じ七聖輪セブンスだが、チャンプとは格が違ったようだ。

 龍操者ドラグランナー最強の七人、七聖輪セブンス……そのトップを走る男、チャンプの正体は誰も知らない。だが、先程カレラは確かに感じた。スモークガラスの向こうに、チャンプの視線を。


「ありゃりゃ、こりゃあサファリの負けだネ。あー、負け負け!」

「サバンナ、確かサファリのGTOは」

「そーよ? 今日のバトルに備えてカリカリチューンなのよネ」

「……あの音だと、600馬力は出てるわ。よくこんな狭い道で飛ばすものね」

「だろ? あいつはあいつで凄いのヨ。あんなデカくて重い龍走騎ドラグーンで……けど」

「そうね。彼が弱い訳じゃないのよ……チャンプが、強過ぎる」


 カレラ達は知らない。

 GT-RがR34と呼ばれた型式で、かつてはと呼ばれた公道のキングだったことを。そして、GTOが雰囲気と馬力だけの駄馬だばだと呼ばれていたことも。

 この時代、龍走騎は全て高価な発掘品だ。

 そして、その心臓部が内燃機関だったとは、誰も知らない。

 今は石油の存在を忘れた世界なのである。


「さ、じゃあ私は帰るわ。少しは楽しめると思ったけど」

「あら、そう? ならカレラ、ちょっと俺の隣に乗ってかない? FTOで送るヨ」

「お生憎様あいにくさま、私は自分の運転以外で龍走騎ドラグーンに乗らないことにしてるの。じゃ、ね」


 観客達もぼちぼち、帰り支度を始めた。

 だが、この興奮にあてられた何人かが、自分の龍走騎ドラグーンへと乗り込んでゆく。

 チャンプの情熱が温めた道を、彼等は余熱を拾うように降りてゆく。幾重いくえにも重なるエキゾーストが、熱をはらんで風となった。

 カレラもサバンナと分かれて、停めてある愛車へと歩み寄る。

 その時、夜気を切り裂く悲鳴と絶叫が迸った。


「モンスターだっ! デカいぞ、逃げろぉ!」


 街道同士を繋ぐ場所とはいえ、まだまだ町を出れば……そこはモンスターが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする危険な土地。そして、この蛇王林ノ山道ジャオウリンノサンドウも例外ではない。

 何人かが剣を抜く中、カレラもその手に魔法の炎を呼び出す。

 そして、運命が彼女の前を通り過ぎた。

 鮮烈過ぎる程に、苛烈かれつにして清冽せいれつ……ただ静かに、音楽のような調べを吠えて走る疾風かぜ……一台の白い龍走騎ドラグーンが、眼の前を通り過ぎた。この混乱の中、道へ踊りだした人々を避けてゆく。突然の障害物が点在するこのヘアピンカーブで、横滑りする車体を完璧にコントロールして走り去る。

 カレラは気付けば、その音を追って首を巡らせていった。


「今のは……? っと、それよりサバンナ! モンスターよっ!」

「やだねえ、ったく。ま、こんな場所じゃバトルの余韻よいんもへったくれもないネ」


 サバンナも腰の剣を抜く。

 カレラがそうであるように、彼もまた龍操者ドラグランナーであると同時に冒険者、手練てだれの剣士である。旧世紀の遺産である龍走騎ドラグーンを維持するためには、消耗品やスペアのパーツを自分で発掘、調達しなければいけない。

 売り買いでは限界があるため、大半の者が冒険者となってダンジョンに挑むのだ。

 この蛇王林ノ山道ジャオウリンノサンドウもかつては、そうした冒険者で賑わった魔のとうげだったのだ。


「サバンナ、回りの連中を誘導して頂戴ちょうだい。……少し、大きな魔法を使うわ」


 鬱蒼うっそうしげる木々の中から、夜空の月を掴むように巨体が立ち上がる。

 吼え荒ぶのは一つ目の巨人、サイクロプスだ。

 迷わずカレラは、光の魔法陣を広げて呪文に集中する。

 だが、先程の白い龍走騎ドラグーンが頭から離れない。

 鮮やか過ぎて、網膜に焼き付いた姿は優美だった。


「でも、ちょっと見ない龍走騎ドラグーンだったわね。小さな……そう、コンパクトなタイプだったみたいだけど」


 かざした手から烈火がほとばる。

 真っ赤な炎でサイクロプスを包み、その断末魔を聴きながら……カレラは改めて振り返る。周囲の騒ぎが収まりつつある中、先程の甲高い音は反響のみを残していた。

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