雨露に濡れるころに。

壱闇 噤

第一編

「や、少年。今日もまた陰鬱な日常を過ごしてるかい?」

「開口一番その挨拶はどうかと思います、先輩」

「事実を偽ったって何もならないだろう? 虚しさとその場の虚栄を生むだけさ」

「それは、そうですけど…」


放課後屋上にある給水塔の上。僕だけの特等席。―――だった場所。

僕の静かな日常はこの変人の先輩―――神樂かぐら先輩にぶち壊された。

先輩が登ってきたのでよいしょと身体を起こす。


「しかし君は本当にここが好きだね? 見つからない時ここに来れば君は必ず居るんだもの」

「探してたんですか? わざわざ? 何の為に?」

「君、興味もないのに質問しないでくれよ…」

「えぇ? ありまーすよ、興味? 先輩がいつ消えてくれるかなぁって事にすごく興味湧きます」

「…何気に酷くないかい?」

「いえいえそれほどでも〜」

「褒めてないよ……」


僕の言葉に先輩は『酷いなぁ…』と頬を膨らませた。


―――子供か…。


とも思うが本人には言わないでおく。藪蛇は避けておきたい、時間と労力の無駄だから。

ふと先輩が黙ったのでそちらに視線を向けると、先輩は目を細めて校庭を眺めていた。

まるでそこに

先輩から視線を外し校庭を見る。当然部活動生以外はそこに見受けられない。

けれど先輩の視線は部活動生に向けられたものではないことは分かっていた。経験として。

校庭を見ながら問う。


「何か見えます? 部活動生以外に」

「…あぁうん、見えるよ。未練がましそうなのがうじゃうじゃと居る」

「そんなにですか?」

「そんなに、なんだよ」

「……学校ってやっぱりが集まりやすいんですね」

「まぁ、だからねぇ…心霊スポットとかでもお馴染みだろう? 廃校や寂れた病院ってのはさ」

「へぇ…?」


気のない返事をしたら、先輩にまた『興味がないなら聞かないでおくれよ…』と苦笑された。


「僕、この世界に期待してませんもん。第一幽霊とか妖怪とかって居るか分かりませんし見たことないですから」

「実際居たとしたらどうするの?」

「どうもしませんよ、でしょう? まぁ喰われそうになったら逃げますけど」

「えぇ…?」


先輩が首を傾げた。


―――何故あんたがそんな不思議そうな顔をするんだ、あんたが一番謎だよ…。


先輩は『楽しいのになぁ…』と言いながら立ち上がる。

と、その時にふと思い出したのか訊いてきた。


「ところでさ、君明日の放課後ヒマ?」

「え? あ、まぁ…急ぐような用事はないですけど……」

「じゃあ明日は外に行こう。放課後下足箱でね〜」

「え、いや、ちょっ…」


そう言うと先輩はさっさかと居なくなってしまった。


―――相変わらず自由なことで…。


もう呆れしかでない。

そう思い、僕はため息をついた。

その時僕は先輩が何も言わなかった事に気が付かなかった。

それが、僕から『平凡』を奪う事になりかねない、という事にも。

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雨露に濡れるころに。 壱闇 噤 @Mikuni_Arisuin

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