第4話 お前と一緒なんてありえないだろ

 日が傾くにつれて窓際の花瓶が影を伸ばし、文字列を飲み込み始める。

 ようやく文庫本から視線をあげるといつの間にか人の姿は消えていた。しばらく休んでから清掃後巡回へ向かおうと席に着いたところ、つい本に手を出してしまったようである。悠紀はそっと栞を挟んで、清純な物語の世界から抜け出した。

 やはり逃がしてくれるつもりはないらしい。

 深いため息とともに教室の戸を開け放つと、目の前には女子生徒の集団が待ち構えていた。


「明彦に何したの」


 彼女らは見事な連携によって悠紀を教室へと押し戻した。あちらとしては廊下から通行人がいなくなる頃合いを見計らっていたようだったが、いささか時間が早いからといってみすみす悠紀を通してくれるはずはなかった。

 どうやら代表格の『ミニスカ』がを利かせた声で問いただす。


「なんで明彦が清掃係なのよ」

「さあ」

「お前と一緒なんてありえないだろ」

「清掃係がしたかったんじゃないの」

「このクソアマッ」


 『ミニスカ』は床に置いてあった悠紀の通学カバンを蹴り飛ばした。悠紀が鬱陶しげに目を細めると『ミニスカ』はいきり立って再びカバンを蹴り、今度はそれが悠紀に直撃した。

 息を荒くしたリーダーに代わり、両隣にいた『マニキュア』と『ピアス』も口を開く。


「ねぇ、明彦くんは忙しいのよ。ここのサッカー部が強豪だって知ってるでしょう。エースストライカーに清掃係の仕事なんかさせないで頂戴」

「あっきーは受験勉強もあるんだよね。あんたみたいな馬鹿とは違ってさ」


 『ミニスカ』は両手を伸ばして悠紀のセーラー服に掴みかかった。その瞳は理性を失って爛々と輝き、互いの距離は唇が触れあいそうなほど近い。


「お前が全部やれよ」


 人目につくのを気にしてか『ミニスカ』はすぐさま悠紀を突き放した。

 それを合図に女子集団は踵を返して教室を出ていく。『ピアス』がついでと言わんばかりに通学カバンを踏みつけていった。

 悠紀はそれを拾うこともせず、自分の席に腰掛けてゆっくり瞼を閉じた。脳裏にはいじめの記憶が蘇っていた。

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