第3話 さっさとどこかへ行け

 高らかなチャイムが昼休みの始まりを告げている。

 元気のあり余る男子たちは運動場へすっ飛んでいき、鐘の音が止む頃にはサッカーボールが宙を舞っていた。教室でも大事件をめぐる憶測が飛び交ってやたらと姦しい。

 そんな中でも悠紀は、やはり賑わいから隔絶されて文庫本に目を落としていた。


「渡辺さん」


 悠紀は顔を動かさずに声の主を見やった。上目遣いで睨むような格好になったが、相手は動じない。その男は端整な顔立ちであって、髪は短く切り揃えられ、その澄んだ瞳で悠紀を見据えていた。

 悠紀は迷惑そうに眉をひそめたが、それでも彼は愛想よく微笑んでみせたのだった。


井上いがみ明彦あきひこです。よろしくお願いします」

「渡辺悠紀。よろしく。ため口でいい」


 小学校入学から八年間も同学年で過ごしたというのに、井上は他人行儀な態度だった。彼が右手を差し出すと、悠紀はやはり渋い顔をしつつも、読みかけの本を閉じて握手に応じた。


「じゃあ早速だけど清掃係のローテーションを作ろうか」


 井上は清掃係の仕事が記されたプリントを差し出した。悠紀にとってはおなじみの紙切れである。

 この学校では全生徒が放課後に掃除を行う。

 清掃係は、清掃後にそのクラスが担当する全ての場所を巡回して、諸々の項目を確認することになっていた。ついでに戸締りもしなければいけないし、教室の備品管理も任されているし、地区の清掃活動にも頻繁に駆り出された。そして各授業後の黒板掃除も清掃係が請け負う仕事である。

 彼らは仕事始めに、二人でどう分業するか話し合っておく必要があった。


「黒板掃除は休み時間が短いから二人でやろう」

「ええ」

「清掃後の巡回確認と戸締りについては日替わりで。今日はどっちがやろうか」

「私」

「オーケー。残りの仕事はその時々で決めよう」

「ええ」

「じゃあ一年間よろしく」

「よろしく」


 話し合いとは名ばかりのものだが、ともかくシフトはあっという間に決まった。

 すぐさま悠紀は会話から逃れるように読書を再開する。俯いた少女の姿はまさに「さっさとどこかへ行け」と訴えていた。

 井上が苦笑しつつも本の虫に背を向けると、女子たちの鋭い視線が彼を貫いていた。

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