第2話 清掃係だってば
休み時間になると学校の至るところで大声が上がった。「同じクラスになれたね~!」「あいつが担任ってマジかよ!」
中原学級も例に漏れることなく窓が割れんばかりの騒ぎようだったが、独りで席に佇んでいる生徒もいくらかは存在した。
そのうちのひとり、渡辺悠紀にも近寄る者はいない。ある日を境に始まったこの扱いは今年度も変わらないようだった。悠紀は教室に迷い込んでしまった異物である。大っぴらないじめを受けるわけではないが「触らぬ神に祟りなし」を体現するがごとく徹底的に無視されていた。これまでには誰かしらが仲間の輪に誘うこともあったが、協調性に欠けた少女との友情が長いこと続いた試しはない。
授業開始のチャイムが鳴るまでに悠紀が発した言葉は「煩い」という呟きだけだった。
「よし、じゃあクラス役員と係を決めるぞ」
手始めに中原が学級委員長の希望者を募ったが、返ってきたのはついさっきの喧々囂々を疑うような沈黙である。それでも彼はベテラン教師の腕前でもってクラス役員の重要性を諭し、ついには三人も立候補させてしまった。
投票によって彼らの役職――委員長、副委員長、そして書記――が決まると、続いて係決めを行うこととなる。
役員らによって、残った全員が係の第一希望を問われた。今度は悠紀が最初だった。
「渡辺さんはどの係がいいですか」
「清掃係」
悠紀は黒板を眺めることもしないまま人気のない係を即答した。実際、毎年のように最後まで決まらないハズレの係である。
そして出番は終わったとばかりに目を瞑ると、すぐさま机に突っ伏した。窓から穏やかな春風が流れ込んでうなじを撫でていく。四月初旬だけあって、それはわずかな寒さとともに睡魔を運んできた。半ば失われつつあった意識が戻る頃には、最後のひとりまで順番が回っていた。
「では
「清掃係で」
「……え?」
「清掃係だってば」
世界は凍りついた。
書記の手から滑ったチョークは、驚くほどゆっくりと床へ落下していく。みな必死に言葉を反芻していたが、理解するまでにかなりの時間を要した。
カッ――!
石灰質の塊はついに砕け散る。まるでそれが爆弾だったかのように、阿鼻叫喚が巻き起こった。
どうやら絶叫の大半は女子たちのもので、井上があの渡辺悠紀とあの清掃係を務めることが信じられないようである。彼と同じ係になることを期待していた面々にしてみれば、悠紀が王子様を横取りしたように映るのも無理はなかった。
その場は暴動寸前だったが、すっかりキャパシティを超えてしまった状況に、委員長だけは凍ったままでいる。中原は重い腰を上げて、全員を見渡しながら一喝した。
「静かにしろ! どの係を選ぶかはひとりひとりの自由だろう。まだ決めなきゃならんことは多いんだから、早く進めなさい」
「あぁ、ええと、はい、すみません。それでは清掃係は井上くんと渡辺さんにお願いします」
ようやく解凍された司会者はおずおずと会議を再開し、他の生徒らもまたそれに参加している体裁をとりはした。しかし新年度早々の大事件を前に、やはり女子中学生たちのひそひそ話が止むことはない。
もっとも悠紀本人は再び睡魔と逢瀬していたようだった。
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