第2話 機械音と二人の訪問者

部屋のチャイムが鳴った。

もう何日も何日も同じ時間にチャイムが鳴る。


部屋の前に誰かがいる。

アパートの玄関のロックを無視して部屋の前にいるのだ。


部屋の主である気山愛莉は布団にくるまったまま動けない。


彼女が手紙を郵便受けに戻した翌々日からのことだった。


1日一回深夜の決まった時間になるとチャイムが鳴り、ドアノブをガチャガチャと回される。


この恐怖にもう何日も耐えていた。


だが5日目にしてその日は少し違った。


ピーンポーンピーンポーンピーンポーン


チャイムが鳴り止まない。

断続的な音によって精神が追い詰められる。


ピーンポーンピーンポーンピーンポーン


「もうやめてーー!!」


耐えかねて初めて愛莉は声を出した。叫ぶとドアノブを触る音もチャイムもなくなった。


...今日はもう帰ったのだろうか。

おそるおそる玄関につづく廊下にでてみる。

音をたてないように一歩、また一歩足をやるが恐怖でなかなか前に進めない。

玄関にたどり着く頃には自分の心音だけが大きく聞こえるように感じた。


愛莉は意を決してドアスコープを覗くと、目が合った。

そこには首が90度曲がった男がこちらを覗いていた。


ヒッ


思わず声を上げるが、のけぞることもそれ以上叫ぶことも出来なかった。

体が動かずドアスコープから目が離せない。


「君のために死んだのに」



男の声がする。部屋の中が重く、息苦しくなる。


どす黒い目がスコープ越しにこっちを見ている。

男の目は全体が黒く濁って焦点があってないにも関わらず愛莉をずっと見ているように見えた。


「開けろ、開けろ、開けろ、開けろ開けろ開けろ開けろ」



声がこだまする。部屋なのか頭の中でなのかわからないほど男の声が延々と響いている。


そして...少しずつカギが回りはじめた。


まるで私の心が折れるのを確認するかのごとくドアが開く。

愛莉はその場にしゃがみこんだ。


「ほら。君のためにちゃんと死んだよ」


男の口は開いたまま動かない、だが声はきこえる。


曲がった首にはひしゃげた跡があった。

酷い臭いだ。


怯える彼女の顔に指先が赤黒く染まった男の手が伸びてくる。


ヌルっとした半個体状のものが頬に着くのがわかった。



「ちゃんと死んだ。」


「それなのに、きみは!」



彼女の首に男の手が迫る。

片手で彼女を持ち上げながら締め上げてくる。


ッ!


息が出来ず声にならない声を漏らす。


彼女の苦悶の表情を見て男はやっと表情を変えた。



満足そうな笑みを浮かべ、空いたもう片方の手で彼女の腹部を撫で回すように触る。




「やっと一緒にいられるね」



顔が横になったまま下卑た笑顔を浮かべ男は言う。




ああダメだ。私はここで死ぬ。



知らないこの男に嬲られ、好きなようにされたあと連れ去られるのだ。

この男と同じ世界に。




薄れる意識の中、そう覚悟したときだった、




ぐあああぁぁああ!




男のほうが叫び声を上げた。

男の手から力が抜け、愛莉は床に落とされる。




「大丈夫ですか?お待たせしてすいません。」




男の背後に一人の青年が立っていた。




「部屋の番号まではわからなくて」




青年の顔は見えないが、この場にそぐわない優しい声だった。


男は何故か青年に曲がった首を掴まれたまま動けなかった。




「もう大丈夫です。」




青年が言うや否や、彼の手に力が入ったように見えた。



一瞬だった。



あの異様な男は消え、悪臭も重苦しい空気もそにはなかった。

ただ青年が立っているだけだった。


どこにでもいそうな少し細身の青年だった。



「ご依頼の気山さんですよね?すいません、ギリギリで。」

「でも間に合って良かった。」




まだ嗚咽と涙が止まらない愛莉だったが不思議と安堵していた。

彼の声はどこか心が落ち着く響きをしていた。


「は、はい...。あの、あ、あなたは…?」


「申し遅れました。祓い屋の久々子くぐしです。」

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