呪姫
遠智 赤子
序章
第1話 壊れた日常と滲んだ手紙
気山愛莉はこの春から都内に通う大学生だ。
田舎から不安を抱え1人上京してきたが都会でのキャンパスライフは彼女にとって新鮮なことばかりで、なにもかもが楽しかった。
最初こそ戸惑いもあったが少しずつ身なりは垢抜けていき、
軽めにした髪の色は彼女の端正な顔立ちによく似合っていた。
休日は友達と買い物に出かけ、夜だって何時になろうともネオンやビル明かりで街は煌びやかだ。
そして、そんな街に負けないくらい彼女は明るく周囲からも好かれ楽しい日々を過ごしていた。
しかし、彼女の日常はある日突然暗転する。
彼女が都会に暮らす女性として、この街を満喫しだした頃
彼女のアパートに一通の手紙が入っていた。
差出人はおろか表にはなにも書かれていなく、中には
「好きです。」
とだけ書かれていた。
はじめこそイタズラだろうと思っていたが、その日を境に毎日のように郵便受けには同じ内容の手紙が入れられるようになった。
…ストーカーだ。
手紙が2ケタになりそうなときになって彼女はやっと自分がストーカー被害を受けていることに気づく。
それも毎日自分の家に届けに来ていると。
幸いなことに彼女のアパートは二重扉で、アパートの玄関から各部屋までにはパスワードの入力かインターホン越しの住民の了承がいる。
しかし郵便受けに日に日に溜まっていく手紙は彼女にとって恐怖でしかなく
手書きで綴られた文字には気持ち悪さが滲んでいた。
いつしか愛莉は郵便受けを避け手紙がたまるとそのまま捨てるようになった。
だが彼女の受難はここからだった。
愛莉の家に手紙が届くようになって半月ほどたった日、大学からの帰り駅のホームで女友達と電車を待っているときのことだった。
ドンッ
という鈍い音に続いて、隣にいた友達がホーム下に落ちた。
周りはパニックになり当然愛莉本人も慌てたが、彼女の背後から耳元に向かって
「なんで読まない?」
と声がした。彼女は一瞬でその言葉の意味を理解した。そして自分の体からさっと血の気がひくのを感じ彼女はその場に座り込んでしまった。
汗が止まらなかった。
周囲の迅速な対応のおかげか電車が来るまでにホームに落ちた友達は助けられた。
落下時のケガで全治一週間ほどの打撲だったそうだ。
その後、警察の事情聴取でもちろんアパートに届く手紙や駅のホームでの声について話したが落ちたのは彼女の友達であり、突き落とされたかどうかも混雑のせいか断定できなかったためストーカー被害は事件として取り扱ってはもらえなかった。
とどのつまり警察はあてに出来なかった。
その日から彼女は部屋に引きこもるようになってしまう。
ストーカーを刺激してはいけないと考えポストの中身だけは回収しては部屋からは出ない。
食べ物も通販で購入するほどになり彼女の精神は蝕まれていくようだった。
だが彼女の不幸はここで止まらない。
ふと気づいたとき、手紙に何やら厚みが出てきた。そして表まで黒く何かが滲んでいた。
ずっと開けていなかった手紙を開封して、戦慄する。
生爪が何個も何個も入っていた。
「会いたいよ。僕の気持ちは本気です。」
また手書きで血の滲んだ用紙に綴られていた。
ヴォッエェ
胃の中が熱くなり何度も嗚咽が出てくる。
そして手紙の最後には
「あなたのためなら何でも出来ます」
と書いてあった。
愛莉は恐怖よりも気持ち悪さと自分が苦しめられているという状況に沸々と怒りが込み上げ、その手紙に対して
「私のために死ねますか?」
と書いて自分の郵便受けに戻した。
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