14.誰にだって呪いたい奴の100人や200人はいる - 和むら/怪しい少年少女博物館
「うわ、でっか……」
目の前にやってきたエビフライを見て、思わずそうつぶやいた。
大皿に1本が収まりきらないという驚きのビッグサイズ。それも衣の厚みで太さや長さを誤魔化しているわけじゃなくて、身がしっかり詰まっている。ずっと見ているとサイズ感が狂って、逆に一緒に並んでいるご飯やお吸い物がミニサイズなんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。
「1本だけで正解だったわね」
そう言って、エルフィンストーンさんは割り箸を綺麗に割った。明らかに日本人じゃない顔立ちの金髪の女の子が器用に箸を操っているというのは、なかなか乙な絵面。
それをまじまじと見つめていたら、「なに」と、不機嫌そうな表情に変わった。
ここは国道沿いに店を構える
私たちが通された席は掘りごたつになっていた。普通のテーブル席やお座敷とは違うこの感じ、なんだか特別で嬉しい。窓からは庭の池を覗き見ることができ、コイが優雅に泳ぎ回っている。すぐそばで車が行き交っているとは思えないような静けさが漂っていた。
注文したのは特大エビフライ一本定食。通常の定食はエビフライが2本ついてくるんだけれど、そこを控えめに1本で、というもの。食べきれない人もいるだろう、という配慮のメニュー……だと思う。
ちなみに、エビフライは単品でも注文可能。この店の一押しメニューだけあって展開はなかなか多彩だ。
「わ、お吸い物カニじゃん」
「あらほんと」
そう言って、エルフィンストーンさんはお吸い物に沈むカニをヒョイヒョイとこちらのお椀に移す。
「嫌いなの?」
「まあね」
「エビは?」
「あげない」
エビもカニも同じ甲殻類じゃないかと思ったけれど、そこは指摘しないでおく。好き嫌いに合理性を求めたってしょうがない。しいて言うなら生理的嫌悪感の有無、ってやつかな。カニはクモっぽいしね。
私はエビもカニも大好物なので、貰えるものはありがたーく貰っておく。
……まあ、ありがたいと思ったのは貰ったときだけだったけれど。
なにせ分量が多い。腹八分目を超えて、十二分に満腹になってしまった。ご飯、お吸い物、茶碗蒸し、そしてエビフライと千切りキャベツ。品数だけ見れば並みに思えるけれど、実際に食べてみると成人男性にとってしてもなかなかのボリュームなんじゃないかと思う。
とはいえ、味が確かなのも事実。満足げなエルフィンストーンさんとお腹をさする私は並んで店を出た。
*
次に向かったのは、これまた国道沿いにたたずむ怪しげな建物。その名も「怪しい少年少女博物館」。
まぼろし博覧会ほど強烈な見た目をしているわけではないけれど、不気味なオブジェがそびえ立つさまは間違いなく目を引く。気を取られてすぐそばの交差点で信号無視をしてしまう車だってあるかもしれない。
目立つのはそれもそのはずで、ここはまぼろし博覧会とは姉妹館にあたる施設だ。
入館すると真っ先に展示されていたのは、男女のまぐわいにまつわる様々なテクニックの指南書。雑多に並ぶそれは手に取って読むこともできるけれど、さすがになかなか度胸がいる。ショーケースの中では、昭和然とした服装のマネキンがポーズを決めている。
展示のスタンスはまぼろし博覧会と同じかと思えば、どうやら「レトロ」の方面に寄せているらしい。ソフビのフィギュアが至るところにぎっしりと詰まって並んでいて、もはや骨董品のブラウン管テレビは色彩の物足りないニュース映像を流している。子供がそれを見て怖がり、カップルはスーファミでぷよぷよをプレイして盛り上がっていた。
とはいえ、やはり雑多は雑多で、2階の展示スペースの一角には和風ホラーを思わせるマネキンやらなんやらが並んでいる。小さなお社のそばには丸太が屹立し、いくつもの藁人形が釘で磔にされていた。その脇で藁人形セット200円が販売中。
「早稲田だって」
半紙にマジックペンで無造作に書かれたその三文字は釘で皺くちゃだ。
「いったい何応大学のひとの呪詛だろうね」
元カレ、イヤな先生、面倒な客、牟田口廉也。沢山の呪詛が渦巻いて禍々しい。津山先生だけは壮健を祈られているけれど、逆効果だったりしないかな、それ。
「人は人を呪わずにはいられないんだね。世知辛いのじゃー」
「そんなもんよ。誰にだって呪いたい奴の100人や200人はいる」
「いすぎだよ。桁違いにもほどがある」
お化け屋敷が併設されているので、そこにも行ってみた。
建物のつくりは簡易で、広い物置といった感じ。遊園地にあるような立派なホラーハウスではないけれど、文化祭の出し物ほどちゃちでもない。
「そういえば、エルフィンストーンさんはこういうのって平気?」
……って、入る前になって訊くのも変な話だけれど。
「フィクションでしょ、お化け屋敷って。実際に身の安全を脅かされるわけじゃないんだから、怖がる理由がない」
「まあ、その通りだけど……割り切るねえ」
現実とフィクションとの区別をつけるのは大切なことだ。でも、その線引きがあまりはっきりしすぎると、楽しめないってことはないにしてもメタ読みしちゃって深く感情移入できなくなったりする。
入り口を抜けてすぐの通路には、一昔前のテレビモニターが小学生くらいの少年の姿を映し出していた。少年は「オイデ、イッショニアソボ」と生気のない声で手招きする。
エルフィンストーンさんがそれをしばらく眺めていると、映像の再生が終了したらしく画面にはDVDのロゴマークが表示された。気が抜ける感じになっちゃったけど、まあ、そうだよね。
不安定な足場、突如姿を現す生首、生暖かい風、伸びる何者かの腕……。
それらはベタな仕掛けではあるけれど、クオリティはなかなかのもの。人間、暗闇の中ではどうしても覚束ない気持ちになってしまうものなのか、ささいなことにも不安を煽られる。それだけに出口の光を見つけたときにはホッとした。
「なかなかだったね」
「そうね」
涼しい顔で返事をするエルフィンストーンさんだけれど、仕掛けが作動すると時おりびくりと身を震わせていたことを私は知っている。
そして開放感のせいか、思わずそれを指摘してしまった。意外と怖かった? なんて余計なひと言も加えて。
「ちょっと、こっち来なさい。顔近づけて」
「え、なに」
おそるおそる顔を近づけると、エルフィンストーンさんの手が迫ってきて、ぱしん、と私の顔をはたいた。「あた」というのは反射で出た声で、別にそれほど痛くもなかった。ただ驚いた。
エルフィンストーンさんも「あっ」みたいな表情をしていた。なんでだよ。
「いまのはミス。寸止めするつもりだったの。誰だって虚を突かれれば驚くでしょ?」
な、なるほど?
つまり、怖いんじゃなくてビックリしただけだと言いたいらしい。そういうことにしてあげよう。
エルフィンストーンさんは私をはたいた手を見つめている。本当にミスだったんだろうか……?
*
博物館を出る頃には、時刻は15時を過ぎていた。少しずつ長くなってきた陽はまだ沈む気配を見せない。けれど、この旅はもうすぐ終わりだ。
伊豆高原駅行きのバスが来る。
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