13.まるでバーリ・トゥードね - まぼろし博覧会②

「こういうの、昭和レトロっていうのかな」

「コラージュアートみたいで懐かしさを感じる余地はなさそうだけどね」


 ふたつめの展示室には、かつて日本で流行、あるいは横行していた数々の事物が展示されていた。

 コラージュアートというエルフィンストーンさんの表現はなかなか当意即妙だ。ショーケースの中には当時の流行雑誌やベストセラー、トレンドのファッション、マストアイテム、そういうものが隙間という隙間を埋め尽くさんばかりの勢いで展示されている。ひとつの時代を大鍋に放り込んで何時間も煮詰めてみました、みたいな感じ。


 ショーケースの向かいの壁では、当時の電柱や駅の壁に貼り付けられていたであろう無数のビラたちが「俺の話を聴け」と口々に言っていてなにがなんだかわからない。平成の世でも「これを買え」「人間かくあるべし」と巷で叫んで回る広告は、戦前戦中の時代から変わっていないらしい。

 今時の広告よりは興味をそそられもするけど、かといってひとつひとつに耳を傾けてやる時間なんてない。多少の後ろ髪を引かれる思いを抱きつつも、次の展示へと目を向ける。


「お、ゴジラだ」


 ショーケースの中には白衣と眼帯のマネキン。その前には、ゴジラ打倒のための秘密兵器・オキシジェンデストロイヤーの模型が展示されている。壁面には映画の宣伝ポスター。ゴジラにゴジラの逆襲、キングコング対ゴジラ、空の大怪獣ラドン、あと、マタンゴ。

 そこは戦中の展示スペースからもそう遠くはない。


「ゴジラってわりと戦後間もない時期に公開されたんだね」

「10年も経ってないのよね」


 ポスターには「水爆大怪獣」と銘打たれている。今なら不謹慎と批判を浴びて撤回されてしまいそうなコピーだ。

 当時がどんな時代だったかを私は知らない。けど、戦争の記憶もまだ遠のかないような時代に作られた映画が後世世界的な人気を博するシリーズになったことを思うと、活気にあふれるパワフルな時代だったのかもしれない。


「にしても、こういうのって文化史的にはなかなか貴重な資料っぽいよね。くれとか貸してとか言ってくる研究者っていないのかな」

「どうかしら。貴重といえば貴重だけど、その貴重さを見出せる人間は少ないし、研究者だってそんなにたくさんいるわけじゃないでしょう」

「確かに……。なんかもったいない気がしちゃうな」

「買い取ったら? 価値相応の値段で」

「や、それはちょっと」


 貴重っぽいとは言ったけど、私が持ってたって持て余しちゃうよ……。


「経済的な価値よりも、チラシとかゴミに文化があるって考え方なんだって」


 モノは持つべき人の元にあるべきだ。ここの展示物は、きっとここがあるべき場所なんだろう。

 忘れられてしまうもの、捨て置かれるもの、顧みられることのないもの。狂騒と混沌とが荒れ狂うこの空間を構成する雑多なものたちのひとつひとつが、なんとなく尊くて愛おしい気がしてきた。

 かつての時代の人々の生きた証というのは、歴史の教科書の年表に載るような重大な事件や戦争じゃなくて、破られ、踏まれ、色あせてしまうモノたちの中にこそ宿っているのかもしれない。


「いやでも、これは……」


 そんな展示物のひとつ、ストリップの歴史を紹介する奥まった一角には、女体を精巧に再現したマネキンがあった。いや、フィギュアと言ったほうがいいのかもしれない。だって乳首あるし。

 ただ、それには首から上はなかった。背後に台があって、立てば顔出し看板よろしくストリッパーになった気分で記念撮影ができる。

 エモい気分だったけれど、ここの根幹はエログロナンセンスなんだなあ……。


 そんな「エログロナンセンス」が最も色濃くあらわれているのが最後の展示室。

 剥製のサーカス、遊郭でまぐわう男女、新生児を棚に並べて保管する藪医院、幽霊屋敷にアフリカの割礼……。ブラックジョークも不謹慎もなんでもござれ、夢を見ているような気分になってくる。


「まるでバーリ・トゥードね」

「エルフィンストーンさんって、こういうの平気なんだね」

「まあね」


 そう言いながら、「エジプト性器神チンガ王」なる銅像の股間から屹立するモノの先端をペチペチと叩く。

 解説によれば「朕のチンにさわれ! されば今夜も元気もりもり」だそうで。元気って、ねえ……。



          *



 帰り際、目の前に伸びる国道がありふれた景色に見えた。初めてみる観光地の風景のはずなのに、あの無邪気な空間に浸かったあとではごくありふれたものに見えてしまう。

 けれど、そんな風景の中にだっていつかまぼろし博覧会を彩るなにかが宿っているのかもしれない。


 目を背けるみたいに振り返る。このお祭りは変わりながら変わらずにここにあり続けるんだろう。最後までよくわからなかったけど、最初から楽しかったことだけは確かだ。

 だから、「いつかまた来たいね」なんて言ったのは嘘ではないし、「そうね」という返事も、きっと本心だ。

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