11.旅の恥はかき捨てだわ - 伊東マリンタウン

 目を覚ますと美少女が髪をいていた。金糸が朝陽にきらめいている。

 なるほどね。寝ぼけてんのかな私。

 夢と現実の区別くらいつけてほしいよね。

 ベッドに備え付けの時計は午前7時を表示している。もうちょっと寝ていたい。15分くらい目を閉じていよう。よしんば寝ちゃっても30分くらいで目が覚めるはず。


「……ンぐ」


 そうして目を閉じた私の頬に、なにか固くて冷たい感触があった。


「起きろ」


 夢に見た美少女が、よく冷えたペットボトルを押し付けていた。サイズの合わない大人用の浴衣の袖や裾をまくりあげて、露わになった白い肌は逆光のせいでその輪郭があいまいだ。

 その姿をぼんやりと眺めること数秒、ここが静岡県は伊東市のホテルの一室で、いま私は目の前に立っている美少女、エルフィンストーン・玄乃くろのさんと一緒に旅行しているのだとようやく思い出した。

 すでに弱みをいろいろと晒してはいるんだけれど、これまた恥ずかしいところを見せてしまって顔が熱くなる。ペットボトルの冷たさが一層際立つ。


「おはようございます……」

「……おはよう。なんで敬語?」



          *



 あわただしく準備をして、朝食を摂り、チェックアウト。

 伊東駅のロッカーに荷物を預けてから、東海バスの案内所でフリーパスを購入。昨日買ったパスは伊豆高原エリア限定だったけれど、今日のは市内全域で使える。


「大室山には今日行けばよかったわね」


 そう呟いたエルフィンストーンさんの視線の先には、『大室山登山リフトは強風につき本日運休です』と書かれた立て札。昨日行っておいてよかった。


 朝の国道135号線には潮風が吹いていた。立ち並ぶ店や家々は変わらなくても、闇夜の中を歩いたときとはまるで違って見える。


 伊東駅から歩くこと約10分。なによりも夜と違って見えるのは、やはり道の駅伊東マリンタウンの風景かもしれない。

 昨夜訪れたときには灯りを落としていて目立たなかったパステルカラーの建物が、いまは太陽の下で来客を次々と迎え入れている。食事処や土産物屋はもちろん、温浴施設や充実したアクティビティと鉄路でも訪れやすいというアクセスの良さも相まって、年間200万人を超える来場者があるそうだ。


 駐車場にならぶ無数の自動車のナンバープレートに記された地名も多種多様、見ているだけでなかなか愉快だ。中には全開にしたバックドアからハンガーを下げて物干しにしている車なんかもあり、長い自動車旅の道中なのかもしれないと想像をかき立てる。


 マリンタウンにはたくさんのヨットが係留されているマリーナがあり、そこを囲う防波堤を利用して遊歩道が設置されている。マリンタウンの建物を眺めるにせよ、海と島々を眺めるにせよ、なかなか気持ちがいい。


「こういうのって、みんなどれくらい本気なのかしら」


 エルフィンストーンさんは『幸せリボン』を手に、そんなことを呟いた。

 幸せリボンとは、願い事を書いて結べば幸せを運んできてくれるというシロモノ。遊歩道の入り口で100円で売っていた。


「七夕の短冊くらいのノリじゃないかなあ。商店街とかにあるやつ」

「ふうん。なかなかおアツい願い事が多いみたいだけど、愛だ恋だってのも意外に安いものね」


 確かに結び付けられた無数のリボンには「素敵な恋人に出会えますように」だとか「カナコといつまでも一緒にいられますように」みたいな願い事が、数えだすとキリがないくらいある。

 ……って、ひとの願い事を覗き見なんてするもんじゃないよ。


「まあ、観光地だからね。近所の商店街よりもロマンチックだし」

「それもそうね。旅の恥はかき捨てだわ」

「恥呼ばわりか……まあ、実際恥ずかしいけどさ」


 そんなことを言うエルフィンストーンさんがどんな願い事を結んだのか、さすがにそれを覗き見る勇気はなかった。

 ちなみに私はアニメの続編を祈願しました。ロマンスがなくてごめんね。



          *



 マリンタウンには遊覧船が発着している。伊東沖に浮かぶ島々や遠くの半島を眺められるのはもちろん、喫水線下に設置された窓から海中の生き物を観察できたり、航行中にカモメにエサをやれたりできるアトラクション性の高さがウリだ。

 もっとも、私達はそんな遊覧船を眺めているだけ。どこから眺めるのかというと、海を一望できる場所に設えられた足湯「あったまり~な」から。足湯に浸かりながら見る海もなかなか乙なものだ……ろうけれど、私はパス。エルフィンストーンさんのおみ足と自分の脚を並べたくない。


「ねこの博物館だって。どう?」

「いいね。行きたい」

「でもアクセス悪いのよね。バス乗り換えないと」

「しんどいなあ……」


 スマートフォンを操作するエルフィンストーンさんと、それを覗き込む私。伊東、とくに伊豆高原のあたりには中小規模の博物館・美術館が多数営業していて、今日はそのうちのいくつかを巡る予定だ。


「やっぱり国道沿いがベターよね」

「バスがないと辛いもんね。お昼はどうする?」

「和むら」

「だよね」


 バスがないと辛い、とは言うものの、実際のところバスがあっても難しい。できることならレンタカーを利用したいところだけれど、残念ながら私はペーパーだし、エルフィンストーンさんもきっと免許なんて持ってない。

 それでも意見が割れたり揉めたりすることもなく着々と予定が決まっていくのは、意外と相性がいい証拠かもしれない。

 そんなことを思うと、少し笑えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る