5.富士山がじゅう……ななこ分くらい? - 伊豆シャボテン動物公園②

 園内を半分くらい見てから、レストランに入った。カピバラさんと相席できるという触れ込みだ。最近改装されたばかりで綺麗な内装の店内には、すべてのテーブルに1匹ずつデフォルメされたカピバラのぬいぐるみが鎮座している。等身大よりも一回りか二回りほど大きいくらいで、ファンシーというより愉快な光景だ。


「なかなか面白いコンセプトよね。子どももこういうのは喜ぶだろうし」


 品評するようなことを言いながら、足早にカピバラの隣席を確保するエルフィンストーンさん。わっかりやっっっす! かわいいことするなあ、もう……。

 自分がめちゃくちゃにやけてることが分かったから、手で口元を覆い隠した。


「へんな顔」


 と、カピバラにもたれかかりながら言うけれど、そっちも大概じゃないかな。輪郭が心なしか緩い気がする。雲形定規の一番大きな弧を使って輪郭線を描いたような、そんな感じ。


「エルフィンストーンさんって、部屋にめっちゃぬいぐるみ飾ってたりしない? ベッドの上にでっかいやつ乗ってたりとか」

「……なに、それがどうしたってのよ」


 私の言いたいことを察したのか、もたれかかるのをやめてしまった。そのままでもいいのに、なんて煽ってるみたいだからさすがに言わないけど。


 このレストランの特徴は、カピバラとの相席だけじゃない。シャボテン公園というだけあって、メニューにもサボテンを用いたものがいくつも並んでいた。

 私が気になったのはサボテンステーキ。ウチワサボテンをそのまま鉄板で焼いたという実にワイルドな一品。ただし夏季限定で注文できなかったから、気になっただけ。注文したのはサボテングリーンカレー。

 一方、エルフィンストーンさんが注文したのは、カピバーガーというハンバーガーセット。カピバラの肉をパティにしている……わけではなく、バンズがカピバラの顔を模したデザインになっている。相席するカピバラと並べてみると、まるで親子みたい。食べるのがかわいそうになる感じだ。


「エルフィンストーンさんってお肉嫌いなんじゃないの?」


 ふと浮かんだ疑問を投げかけてみると、写真を撮りながら答えてくれた。かわいい女の子がかわいい食べ物を前にしている構図はなに映えだろう。


「嫌いよ。でもひき肉は平気。ハンバーグやソーセージは結構好き」

「基準があるの? お肉はお肉だと思うけど……」

「好き嫌いにそんなのないの。しいて言うなら生理的嫌悪感の有無」


 すました顔でカピバーガーにかぶりつく。エルフィンストーンさんの手よりも大きいそれは、もちろん口にだって収まるはずはない。かじりとれたのはバンズの端っこだけだった。眉間にしわを寄せ、ナイフとフォークを手に取った。かわいらしい顔が無残に切り刻まれていく。

 よく考えたら、この店のカピバラは自分と同じ顔が噛み千切られたり切り刻まれる様を毎日見せつけられているのか……。って、そんなひねくれたことを考えちゃいけない。


「かわいそうで食べらんない、みたいなの、ないんだ」

「ばかばかしい。食用に加工されたあげく食べられないなんて言われるほうが踏んだり蹴ったりでよっぽどかわいそうでしょ」

「まあそうだけど、そうじゃなくて」

「そもそも食べられないなら注文してないし」

「……おっしゃる通りで」


 ついさっきはぬいぐるみに喜んで輪郭を緩ませてた子が、ずいぶんとドライでまっとうな意見を披露してくれるなあ。両極端。わかりにくくてわからない。

 でも、考えてみれば現実の人が物語のキャラクターみたいに通り一遍のわかりやすいパーソナリティを備えているかといえば、もちろんそんなわけはない。誰しもが多かれ少なかれ、矛盾のような個性や理由のわからない好悪、自分でも説明できない何かを抱えているんだろう。私だって、私のことを1から10まで全部完璧に説明できるかって言われれば、絶対無理だって思う。

 自分すらわからないのに、他人が理解できるんだろうか。

 そういえば、こんなふうに誰かのことをわかろうなんて思うのは初めてのような気がするな。初めてなのにそう簡単にわかるわけないか。いま考えても仕方ない。カレーが冷めてしまう。


 サボテングリーンカレーはライスにルウがかかっている一般的な形式ではなく、ライスとは別にグレイビーボート(あの魔法のランプみたいな器をそう呼ぶらしい)にルウが入った状態で配膳された。本格的なスタイルだ。カレーの歴史には詳しくないから、本当にこれが本格なのかは知らないけどね。

 ルウが濃い緑色を帯びているのはもちろん、ライスまで緑色。それがサボテンの形に成形されていて、カピバーガーと同じく視覚的にも楽しいメニューだ。


 サボテンはなんとなく苦そうなイメージだけど、カレーの辛さと交わればそれも緩和されて美味しいかもしれない。ちょっとの覚悟とともにひと口めを口に運んで、拍子抜けした。

 いざ食べてみると、サボテンはほとんど主張しない。もっとゴーヤみたいな味かと思っていたけれど、ウリ科とサボテン科じゃ違うよね。珍味とかゲテモノとか、そういう物珍しさを期待して食べると期待外れになるかもしれない。

 けれど、カレーとしては及第点以上だ。見た目はもちろん、グレイビーボートを使うスタイルは食べていて楽しいし、具も柔らかくて美味しい。普通に食事を楽しみたいならきっとこれで損はしない。


          *


 食後のデザートとして、土産物屋の近くのお店でサボテンの実ソフトを買った。その名の通り、サボテンの実を使って作ったソフトクリームだ。サボテンに実があるの? と思う人もいるかもしれないけれど、サボテンは花も咲くし実もできる。たとえば日本ではマイナーかもしれないけれど、ドラゴンフルーツはサンカクサボテンの実だ。

 富士山が見えるという高台があったから、そこで食べることにした。ピンクのソフトクリームには、アセロラを思わせる酸味がある。巨峰ソフトと同じ系統の味だ。


「……富士山ってどっち?」


 いつの間にか陽が差すようになったものの、遠い景色は澄んだ空気の中にあっても白くうすぼんやりとしている。「あっち」とエルフィンストーンさんの指さす先に日本一の高さを誇る山の威容は曖昧でわからない。


「ここから直線距離で60キロくらいかしらね」

「えーと、富士山がじゅう……ななこ分くらい?」

「およそ16ね。なんで富士山で数えるのよ」

「え……いまいちばん身近な数字が富士山の標高だったから?」

「意味わかんない」


 エルフィンストーンさんはあは、と笑声を漏らして、バニラソフトを舐めた。

 人間もサボテンも富士山も、よくわかんないな。

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