2.賀茂御祖神社

 まだ早い時間帯だから表参道を歩く人影もまばらだなんて思っていたけど、本殿に近づくにつれ静けさは砂利を踏む無数の足音に上塗りされていった。おじいさんに手を引かれる子供、御朱印帳をめくる女性、肩を寄せ合って歩くカップル。足音の主はその表情もいでたちもさまざまだ。

 次にお参りしたのは、末社まっしゃのひとつである相生社あいおいのやしろ産霊神うぶすながみを祀る縁結びの神社で、小さなお社ながら女性の参拝客がひっきりなしに訪れている。

 河合神社かわいじんじゃで美人祈願をして、相生社で縁結び。バトンをつないでるみたいだ。良縁に恵まれたらまた河合神社にお参りして、今度は出産や育児の祈願もできる。手厚いアフターケアだなあ……。


 そんな相生社の左隣には、連理れんり賢木さかきというご神木がある。神さまのお力で2本の木がひとつに結ばれたと言い伝えられているもので、別々の木の幹が途中で癒着している。

 それをお母さんの脚に隠れてちらちらと見る幼稚園児くらいの男の子がいた。くねくね曲がった姿は子供の目には縁起物よりもおばけみたいに見えるのかもしれない。

 夢のない話をしてしまうと、こういう現象は自然の世界ではままあることだし、なんなら人工的につくることだってできる。自然の力には感心しちゃうね。とはいえそれを口に出すのは無粋というもので、素直にありがたいものと拝んでおこう。

 木には鈴のぶら下がった紅白の綱が結び付けられていて、それを引いてからお祈りする。この綱は「御生曳みあれびきの綱」というらしい。

 縁結びって言われても私はピンと来なくて、「なんかいい人がいればいいな」みたいなふわっとしたお願いで神さまを困らせた。

 相生社の御朱印は本殿のほうでいただけるらしい。全部の参拝を終えてから行くことにした。


          *


 下鴨神社というのはじつは通称で、正式には賀茂御祖神社かもみおやじんじゃという。かつてこの一帯で権力を握っていた賀茂一族の氏神うじがみを祀っている。

「古都京都の文化財」のひとつとして世界遺産にも指定される大神社。本殿は国宝にも指定されている。ところがそのせいで式年遷宮しきねんせんぐうでは社殿を丸ごと建て替えることはできなくて、現在は傷んだ箇所を補修するにとどめているというそう。

 もっとも、その資金も近頃は不足しているみたいで、資金調達のためにただすの森には高級マンションがあるんだとか。なんとも世知辛い話だなあ……。


 けれども、立派に構える楼門はそんな雰囲気を微塵もにおわせない。昔から、いまも、これからも、永遠にそこにあり続けるみたいに厳然と佇んでいる。それを時間の重みというのかもしれない。

 門をくぐった先には立派な舞殿がある。その舞台上にたむろして語らう狸の一家を私は夢想した。なぜかって、そういう小説があるからだ。つまり、これは二重の意味で聖地巡礼というわけ。


 摂末社を参拝して回ったあと、本殿に向かった。

 本殿の前には7つの小さなお社があった。これは言社ことしゃといって、いずれも同じ大国主命おおくにぬしのみことを、それぞれ別の名前で祀っている。なんでも大国主命はその別名に応じた神徳や役割を持っているそう。

 言社はそれぞれ干支に対応していて、自分の干支の言社をお参りするとその守護が得られるという。わたしも自分の干支の言社を参拝して、それから本殿の前に立った。


 下鴨神社の本殿は西殿と東殿とのふたつがあって、それぞれ別の神さまを祀っている。

 西殿には八咫烏やたがらすに化身して神武天皇じんむてんのうを導いたと伝えられる賀茂建角身命かもたけつぬみのみこと

、東殿にはその娘の玉依姫命たまよりひめのみこと。この玉依姫は神武天皇の母親の玉依姫とは別人(別神?)で、玉櫛姫たまくしひめの別名ももっている。ちょっとややこしいな。相関図がほしい。

 2柱の神さまを祀っていることだから、お賽銭も2枚をお納めすることにした。5円玉を2枚。重ね重ねご縁がありますように、ってことで。


 御朱印をもらってから、授与所を覗いた。狭い屋内で幾人もの参拝客がお守りを比べたり、神道の本を手に取ってみたりしている。おかげで入るのをちょっと躊躇ってしまったけど、えるへのお土産も買いたいから意を決して足を踏み入れる。

 えるのために買ったのは、水守というお守り。透明な玉の中に御手洗池の御神水が入っていて、これが持ち主の身代わりになって悪いものを吸い取ってくれるという。見た目も透き通って綺麗で、なかなか映える。

 喜んでくれるといいな。素直には喜んでくれないだろうけど。


          *


 馬場(葵祭の時期に流鏑馬やぶさめが行われる場所です)を出町柳駅の方へ歩いていると、雑太社さわたしゃという小さなお社があった。

 ここは末社のひとつみたいで、まだ新しい社殿はこぢんまりとしているものの、「第一蹴の地」と書かれた石碑とラグビーボール型の絵馬が目を引く。なんでも祭神の神徳にあやかってここで日本初のラグビーの練習試合が行われたそうで、その記念らしい。

 これもなにかの縁。ラグビーには詳しくないけど、せっかくだからお参りしておこうと思って社殿に近づいたら、鈴もラグビーボールの形をしてるものだから笑っちゃった。

 そんなユーモアある?

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