3.狸谷山不動院
この付近にはラーメン街道というのがあると車内放送で聞いたから、適当に歩いてよさそうなラーメン屋が見つかったらそこでお昼にしようかな。女ひとりでラーメン屋というのもなかなか乙かも。
そんなことを考えながら、
後で知ったんだけど、ラーメン街道は白川通とは逆方面、高野川のほうにあるらしい。
まあ、べつにそれはいいのだ。目的地は別にあるんだから。
曼殊院通は高野川沿いの国道から始まり、白川通と交差した先で大きく曲がって天台宗の寺院である曼殊院に向かう路だ。
その「大きく曲がる」地点には
そんな下り松は決闘の場の目印ではなく、旅人の目印として代々植え継がれてきたいわれのある木だそう。
宮本武蔵の生きた時代から
観光客だよね。せいぜい。
この界隈には寺院がいくつもあって(京都はどこの界隈もそうかもしれないけど)、これから向かうのもそのひとつ。
下り松の地点で曼殊院通りから逸れると、
*
坂道をひたすらに上り続け、一乗寺駅から20分あまり。どん詰まりに、「狸谷山不動院」と刻まれた石碑がある。その周りには大小さまざまの
狸谷不動は去年で開山から300年になる由緒を持ち、遡れば平安時代、
そんな経緯とかかわりがあるのか、石碑の先にある入り口は山門ではなく鳥居だった。神仏習合ってやつだね。
250段の石段を上ると、そこには本堂がある。
といっても、本尊が山肌の洞穴にあるから、本堂は清水寺みたいに斜面に張り付くような構造になっていて(
清水寺みたいということは、もちろん舞台があるということ。本堂の正面、舞台を貫いて屋根を支える4本の大きな柱には、健康や病気の快癒を祈願するお札が無数に下がっている。どれも切迫した悩みに見えて、私が祈ったってなんの意味もないけど、みんなよくなればいいなと思った。
本尊は
それでも不動さんは不動さん。本堂の中には、気温とは別の熱気のようなものが満ちている気がした。人は少なく、ゆらめくのは蝋燭の火、漂うのは線香の煙。空間は限りなく静が占めているのに。気迫というか、迫力というか。
寺社仏閣に足を踏み入れれば大抵そうなるものだけど、いっそう背筋が伸びる思いで両の手を合わせた。
お参りを終えて、舞台を左手側に向かうと、山を覆う木々の合間から京都の街並みが覗けた。
神社のそれとはまた一味違う静けさ、厳粛さの漂う空間から垣間見える日常の風景。それは遠く見えて、でも歩けば遠くない。なんだか不思議な感覚だ。
御朱印をいただくために授与所に行く前に、その隣の休憩室に向かった。自販機でなにか飲み物でも買おうかと思って。
お茶を買って飲んでいると、ふと、部屋の隅に置かれた本棚にぎっしり詰め込まれた漫画を目の端に捉えた。
どうやらそれは仏教の解説漫画(全108巻! 煩悩の数!)みたいで、なんとなしに頁をめくってみる。
第1巻は地獄についての解説。主人公が生前に重ねた罪のために八大地獄を順番に引き回される様を通じて、地獄行きになる罪とそれに相応する罰を説明するという形式。
主人公は芥川の『蜘蛛の糸』から拝借しているようで、最後には蜘蛛の糸を掴むものの慈悲の心がなかったために血の池地獄に真っ逆さま……って、最後まで読んじゃったよ。
地獄の刑期は兆とか京とか、途方もない数字が最低限の単位として出てくるから、友達と張り合う小学生みたいに思えてくる。なんだか恐ろしさ以上に現実感の薄さが先行しちゃうけど、昔の人はどうだったんだろう。私と同じことを思ったのかな。
予定外のことに時間を使っちゃった。
授与所に行って、御朱印をいただいた。七難即滅。文字通りに7つの難事を即時に滅するという墨書きだ。人間関係のいざこざと締め切りとテストとレポートと自己嫌悪と日常の空虚さと……あとなんかがなくなる! やったね! って、そんな都合のいい意味じゃないよね。
狸谷山不動院では御朱印と一緒に護符も授けていて、これは火難盗難に効果を発揮するみたい。台所に貼っておこう。
それとは別に、タヌキの鈴のお守りもいただいた。タヌキは「他を抜く」に通じるそうで、勝負運や出世運にご利益がある。私も他より抜きん出た画力が得られればいいなあ……ってことで。
ほんとのところはかわいかったからなんだけどね。
行きは長かった坂道も、帰りは早いもの。下るから? それとも道を覚えてしまうからだろうか。
ちょっと前のめりの気分で、私は次の目的地に向かうのでした。
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