5.大統領より名優かもね

 横須賀観光のメインイベントは、言わずと知れた軍港めぐり。米軍施設と海上自衛隊の司令部とを擁する世界有数の軍港・横須賀をぐるりと一周するクルージングツアーだ。

 ふと近い休日に軍港めぐりに行こうと思ってもとっくに完売……なんてのもままあること。その点私たちは3ヶ月前に予約していたから問題はなかった。とった予約は15時からの便。汐入しおいり駅前のイオンに併設された汐入ターミナルに辿り着いたのは14時を少し回ったころだった。ちょっと着くのが早すぎたかな。


「『早く着きすぎた』って表現、私、違和感あるんだよね」


 なんてどうしようもないことを言ってしまったのは、イオンの休憩スペース。時間を潰そうと思ったら本能的に書店に吸い寄せられて、ないとわかっているのに新刊のチェックをしたあとのこと。

 イオンの店内は入ったとたんにクリスマスツリーがお出迎えして、あちこちに飾り立てられたイルミネーションやどこからともなく流れてくるクリスマスソング、それから無数のクリスマス関連商品が今日は祝うべき日だと強く主張している。もしかすると、ここが横須賀で一番クリスマスムードかもしれない。

 ちなみに、この休憩スペースは横須賀港を眺めることができる。ソファもそうしろと言わんばかりに一様に窓側を向いている。軍艦を眺めながら休憩できるショッピングモールは世界中探してもたぶんここだけ。


「『着きすぎる』っておかしくない? 何度も着いてるみたいじゃん」

「車は止まれるけど、急に止まれないでしょ。『ない』は『止まる』じゃなくて『急に止まる』にかかってて、同じように『すぎる』は『着く』じゃなくて『早く着く』にかかってるの」

「あ。あー……なるほどね……」

「……わかってる?」


          *


 国語の授業はさておいて、出航時刻が迫ってきたから乗船場に移動した。パトカーみたいな塗装の船が停泊していて、それが軍港めぐりのクルーズ船らしい。すでに乗船は始まっていて、私とえるも列の交尾にくっついて桟橋を渡る。船に乗るなんていつ以来だろう。

 広い船室には左右に大きな窓があり、前方には大きなモニターが設置されていた。モニターには運航状況が表示されるのだとガイドさんが説明している。

 船尾側のドアから外へ出ると、2階のデッキへ続く階段がある。


「どうする? 酔うかもだけど、上行く?」

「どこにいても酔うときは酔うでしょ。行きましょ」

「そか。じゃあそうしよう」


 デッキは左右に簡素な座席と、中央に転倒防止の手すりがあるだけのシンプルな構造だった。窓がないぶん開放感があって、周囲の施設に停泊する艦ももよく見える。海風がじかに当たってちょっと寒いけど……。

 ガイドさんの解説はデッキでもスピーカーを通して聴くことができるみたいで、「本日は空席以外は満席です」なんて冗談が聞こえてくる。


 船は間もなく出航した。海に浮かんでいる不安定さからか、動く船の上にいるとふわっとした不思議な感覚がある。

 艦船は港内のあちこちに停泊しているから、解説はすぐに始まった。まずは右手側、米軍施設内に停泊している大きな黒い鉄の鯨は潜水艦。艦上で作業をしていたらしい自衛隊の乗組員さんが、こちらに向かって帽子を振って挨拶してくれていた。

 米軍施設側に自衛隊の潜水艦が停泊しているのは、潜水艦部隊の司令部が米軍基地側におかれているからだそう。潜水艦というと艦としては結構名の知れている種類だけど、日本で潜水艦が見られるのはここ横須賀と広島は呉だけだという。


「そういえば、呉にはてつのくじら館って潜水艦の博物館があったわ」

「古い潜水艦を丸ごと改装したとこだっけ。いつか行ってみたいねえ」


 旅先で次の旅の話をする悪い癖が出た。


 続いて見えてきた鼠色の艦は、ちょうど横須賀に寄港していたイギリス海軍の艦。その先に連なるアメリカの艦との違いは私には雰囲気程度しかわからないけど、珍しいものを見たと思うとなんとなくラッキーな気がした。

 並んで停泊しているアメリカの艦はイージス艦で、一番簡単に見分ける方法は艦橋に張り付いている八角形。その八角形はレーダーらしく、それで無数のミサイルを補足して危険度順に優先度をつけて迎撃するらしい。


「現代兵器で無双する異世界転生モノってあるけど、実際、生半可な魔法なんか目じゃないね」

「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないし、事実は小説よりも奇ね。設定盛りすぎって言われそうな事実ばっかり」


 やがて、イージス艦の奥に隠れようもなく鎮座している島のように大きな艦が、いっそう大きく見えてくる。世界最大の原子力空母、ロナルド・レーガンだ。その威容はじつに東京タワーと同じ全長333メートル、排水量は10万トン。乗組員は5000人以上で、艦内にはコンビニや理髪店まであるんだとか。もはや移動要塞みたいだけど、空母は移動できる飛行場だからそのイメージは間違ってないかも。


「アメリカの艦名って大統領の名前なんだね」

「あと、有名な軍人だったりね。日本じゃ人名はつけないけど」

「もしついてたら、空母伊藤博文とか、護衛艦東郷平八郎とかあったのかな」

「ひらがなでね」


 ヘリコプター搭載護衛艦いとうひろぶみ。イージス護衛艦とうごうへいはちろう。

 小学校一年生みたいだ。しまらないな。


「ちなみにロナルド・レーガンはバトルシップやハリゴジにも出てるのよ」

「またバトルシップだ。空母は大きいからスクリーンに映えるよね」

「空母のほうが大統領より名優かもね」


 映画トークに逸れているうちに、ロナルド・レーガンは視界から外れていく。船は沖合に向かっているらしい。

 軍港めぐりはまだまだ続く。

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