4.人間がふたりもいれば争うものよ
三笠公園を出て、来た方とは逆、
国道16号線の交差点には米軍施設のゲートが物々しく構えている。そこを左折してまっすぐ向かった坂の入り口には「
そこからすぐのところに、「よこすか海軍カレー館」という店があった。店先の立て看板にメニューが書かれている。横須賀に来たらやっぱり海軍カレーかネイビーバーガーだよねえ。
「ねえ、夕食はここにしない?」
「カレー? いいけど……ここはダメじゃない?」
「どうして?」
視線で促すえるに従って、ガラス張りのドアに目をやった。内側から張り紙がされていて、それより奥の店内は暗くてよく見えない。
張り紙には「
「うわ、まじかあ。もうカレーのお腹になってるのに」
「名物なんだから、カレー屋なんてどぶ板通りに掃いて捨てるほどあるでしょ」
「そうれもそうだけどさぁ」
とはいえ、出鼻をくじかれた感じは否めない。よこすか海軍カレー館はメニューの立て看板が店先に出しっぱなしで、外観もさほど汚れているようには見えない。これは営業中と間違うよお……。
一方、お隣の魚藍亭は入り口に何台もの自転車や原付が放置されていて、店先は暗くすすけている。同時期に閉店しただろうに、なんだろうこの差は。
……ちなみに、この魚藍亭は確かに一度は閉店こそしたものの、復活を要望する声が大きくて、今は横須賀中央駅前に小さな店舗を構えているらしい。明治の海軍で作られていた味を再現したという元祖よこすか海軍カレーもそこで食べられます。が、これは後になって知ったことなので、私たちはあえなく海軍カレーを食べ損なうことになる。
魚藍亭からもう少し進んだ先には石垣があって、その真ん中を石段が貫いている。上った先には石の鳥居。ここが諏訪大神社だ。
石垣には英語の書かれた看板が錆に侵されながらぶら下がっている。神社の入り口に英字というのがなんともアンバランスで、ちょっと不気味だ。ホラーゲームみたい。ええと……。
「おふりみっつ、とぅ……」
「米軍関係者立ち入り禁止、ね。近隣住民とトラブルでもあったのかしら」
「沖縄のニュースはたまに聞くけど、こっちでもあるんだね」
「人間がふたりもいれば争うものよ」
えるって良くも悪くもアッサリしてるなあ。とはいえ、もっともな話でもある。えるとも喧嘩したことはあるしね。理由は、えーと、忘れた。
境内はひっそりとしていた。“大”神社という名前ではあるけど、お正月に全国から人が集まるような規模ではなくて、あくまでも地元の神社という感じ。年の瀬だから大掃除でもしているのか、私服姿の神主さん(禰宜さんかも)が社務所と社殿を行ったり来たりしていた。来るタイミングを間違えたかな。
手水舎で感覚をなくした手で柏手を打ってお参り。家のそばや地元の神社ならともかく、こういう遠方の神社ってなにをお願いしたらいいのかわからなくて、いつも「なにかいいことありますように」みたいなフワッとしたお願いをしてしまう。
諏訪大神社の祭神は
「御朱印は社務所で貰えばいいの?」
えるは伊勢に行ったときに買った御朱印帳をいつの間にか取り出していた。実は結構ハマってる? 私は自分の御朱印帳を出そうとカバンを探りながら答える。
「そうなんじゃない? ……あれ、おかしいな」
いつも御朱印帳をしまっている位置に御朱印帳がない。どこかのタイミングで別の位置に移したりしたっけ? ……あッ!
「どしたの」
「うー、ごめん。……私、御朱印帳忘れちゃった」
「あら、そう」
えるはそれだけ言って、御朱印帳をしまった。
「行きましょ」
「いや、えるだけでも御朱印貰ってきなよ。私は、ほら、たまたま縁がなかっただけと思うからさ」
「いいの。また今度にする」
「えー。悪いよ」
「いいったら。べつに気を遣ってるんじゃなくて、『御朱印に興味ない友達を待たせて御朱印集めに熱中する女』みたいに思われたくないだけだし」
「お、おう。なんだそれ……」
ひとつ気を遣うのにも変な嘘をつかなきゃいけないだなんて、えるってば本当に難儀な性格をしていますこと。
でも、ちょっとうれしい。また来ようね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます