第85話:メルボルンから海へ行く

「……っと」


 無心で草原を駆けながらメルボルンを南に進む。

 そこには広大な蒼が広がる海がある。


 ざぁぁぁぁ……


「……きれいな海」


 海辺の近くの海岸に到着する。

 メルボルンは海から近いオーストラリアの都市。

 潮風がいつも都市へと流れ、いつでも人々へと刺激し海へ来るよう掻き立てる。

 誰も来ない、波だけの音が流れる静かな空間は、落ち着きを知らない私をいつも穏やかにしてくれる。


「……私に足りないものってなんだろう」


 超循環の素材の使い方は、完璧でないにしろ、概ね効率よく使い切れていたはず。

 左腕の損傷がありつつも、自慢の身体能力は十分に活かせていた。


 でも、ハナはそれを上回る身体性能で私の動きを見透かしていた。

 根本的な身体性能の差がカバーしきれていなさすぎる、というべきだろうか。

 まるで、赤ん坊が猛獣のトラを相手にしているようなものだった。


 しゅっ……

 しゅっ……


 ファイティングポーズを構えて空中めがけて蹴りを入れる。

 ハナをイメージして、全てが顔面に当たるように、素早く隙なくシャドウキックを仕掛ける。


「……私に足りないものはなんだろう」


 イメージのハナが私の攻撃を避けて空を飛ぶ。

 そのまま空中を滑空したあとに、私に向かって両爪を向けて急接近してくる。


「ふんっ……」

 

 イメージの爪を五センチ直前で回転ジャンプで回避する。

 避けた私めがけて、連続で斬りつけてくるイメージから回避を続ける。

 空を飛ぶハナは、私が地面に着地するタイミングを狙って攻撃をする。


 思考を深く持たないハナであったとしても、戦闘に関しては非常に戦略深く攻撃を仕掛けてくる。

 一瞬の猶予は私の死を意味する。


「でも避けるだけじゃだめだ。致命傷を多く当てていかなければ、いつまでも倒すことはできない」


 避けながら砂浜の砂を右手にとり、循環ポケットに入れて超循環へと変換する。

 素材を小指に注ぎ込み、一気に目の前へと開放する。


 ぶぁさぁぁぁぁぁぁぁっ……!!!!!!!!!!!!


 小指は素材を純粋な素材として活用するフィンガーパワー。

 砂を素材にすれば、目の前に粉塵が炸裂する。


「……でも、ハナの場合、こんなことで怯むようにも思えない」


 ウザってぇ! の一言でも叫んで、そのまま突っ込み攻撃を仕掛けてきそうだ。

 虚仮威こけおどし程度じゃ、あの悪魔を止めることはできない。


「なら、どうすればいい。超循環の素材だって、集めながら戦わなくてはいけない。迎撃と素材集めを同時にするのは、どうしても限界がある」


 咄嗟の対応を臨時的に行うなら、一度や二度は出来るだろう。

 でも、都度、慢性的にそう戦えと言われてしまえば、同時進行による戦闘の質の低下と隙が生まれやすい状況になるだろう。

 つまり、ハナと戦うためには、素材を集めるフェーズを確実に確保するために、ハナ自身を引き剥がす戦いができなくてはいけないということ。


 ならば、イメージのハナが私に止めどなく攻撃を仕掛けてくるときに、何をすればいい。

 答えはもう一つしか無い。


「攻撃を覚悟し、怯まずにカウンターをすること……!」

 

 ズガァァァァァァン……!!!!!!!


 幻影のハナが突き出す爪を二センチ横で回避して、首筋めがけてハイキックをかます。

 悪魔は超循環士が、超循環の力を一時的に使えぬように、腕を切り落とそうとする傾向が多い。


 部位のロストを前提とするなら、足で敵の痛いところを討てばいい。

 私らしいシンプルでわかりやすい理屈だ。


「はぁ……はぁ、はぁ……」


 幻影は私のケリと同時に消失をした。

 砂浜で激しく舞い散る粉塵とともに消えゆくように。


「流石ですね、リヌリラ」

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