第86話:ハナはどうだったか

「……ルーミル」

 

 息を切らす私をいつもの優しい笑顔で見つめてくるルーミル。

 日差しを気にしているのか、日傘を片手にお散歩しているような水玉ワンピースファッションだ。 

 

「……いつからそこに?」

「確か……すかしっぺを失敗して、少しだけプッ、と音が鳴ったあたりでしょうか」

「そんなシーン、さっきのシリアスに描写されてないから!」


 シリアスとギャグを入り交えた調和を保たなければ世界が崩壊してしまうのだろうか。

 あまりシリアスで満たされるのは悪い気もするけど。


「冗談ですよ、いま来たところです。何やら朝に、思いつめたような表情で外へ向かっていったので、邪魔しちゃ悪いと思って、ここにワザと遅れて到着することにしました」

「あぁ、起きていたんだ。あんな朝早く」

「……正確には、眠れなかったという方が正しいかもしれません。リヌリラが悲惨な姿になったのを見て、気持ち的なショックで精神が落ち着きませんでした」


 そう言うルーミルの表情は、脂汗と疲れが入り混じったものであることがよく見てわかる。

 私のせいで、こんな落ち込みをさせてしまったことは、やっぱり申し訳なく感じる。


「でも、ハナに対して立ち向かう勇気を持てたことに喜びというか、安心感は感じました」

「……殺さないと、世界が滅亡してしまうから、でしょう」

「ハナは見た目といい、実力と言い、動きと言い、全てにおいて人が強い恐怖を抱く憎悪の存在です。戦いを通じ、恐怖に負け、二度と悪魔と戦うことを止めた超循環士もたくさんいます」


 ハナは人間を何度も殺し、ぐちゃぐちゃにして処刑するといった。

 いくら素材があれば身体を回復し、蘇生ができるといっても、死ぬほどの苦痛を何度も味わいたいとも思わないだろう。

 死なないといっても、痛覚は通常の人間と変わらない。

 その苦しみに耐えられることができずに、恐怖する人は確かに少なからずいるはずだ。

 ルーミルは、そのことを言っている。


「ハナに恐怖は抱いていないよ」

「……へぇ、どうしてですか?」


「私と一緒に住んでいたハナと見た目が大きく変わらないから。見た目や口調が若干違うのはあるけどね」

「危害が及ぶことなく、長くハナという存在を理解しているからこそ、行動や言動だけでは恐怖に染まらないのですね」

「ルーミルみたいに、強い意志を持って悪魔を殺す、みたいな野心的な決心じゃないのが残念なところだけどね」


「……いいえ。良いんです。リヌリラは優しい子ですから。私のような歪んだ意思を持ってはいけません」

「ルーミル……」

 

 私も悪魔を殺して少しは慣れてきたけれど、やはり食肉以外の生命体の命を殺めるということには抵抗が残り続けている。

 そんな弱い心を捨てて吹っ切れてしまえばいいということは理解しているが、その理性を完全に失ってしまうのは、私自身が悪魔になってしまいそうになるから。


「戦いで情を持つことは敗北に繋がりますが、その意志は戦いで役に立つでしょう。真っ直ぐに恐怖に負けることがない全力の攻めは、きっとあなただけの実力です」

「……うん」


 私は自分の今の意思を誇りに思い、迷わずまっすぐ進めばいい。

 どんな敵にも恐怖をせずに、でも自らを失わず強行で攻める。

 さしずめ、『根性カウンター』とでも言おうか。

 ……いや、ダサいと言われるかもね。

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