第8章-強さと決心-
第84話:地獄のあとの目覚め――
夜が明けた。
早朝五時半、天候は晴れ。
空圧の実による衝撃で、あらゆる部位が重傷を負った際の神経の痛みで目が覚めて、いつもより早く起床してしまった。
「……私は健康主義じゃないっていうのに」
窓を開けると、やけに清々しい空気が部屋の中に送り込まれてくる。
昨日の雨と、若草の香りが混じる、心地の良い香りだ。
いつものように、昼前に起きてしまっていたら、まず体験できないことだろう。
寝不足だというのに、何やら得をしてしまった気分になる。
「………………」
右手を軽く動かしてみる。
神経の痛みは若干残っているものの、骨や筋肉は既に完治していると言っても問題ないほどに回復をしている。
超循環士は、心臓と素材があれば、いくらでも蘇生することが出来る。
我ながら恐ろしい構造をしている。
「でも、最初の時みたいに、一方的にやられることは無かった。結果は惨敗だけど、確実に強くなっている証拠だ……!」
私が全身重傷を負うレベルの衝撃を与えたけれど、多分、ハナにとってはかすり傷程度の負傷しか負っていないだろう。
それでも、傷を与えることができただけでも上出来だと、自分自身を鼓舞したい。
今の私の戦いの訓練は、確実に私を強くしている証明となった。
「また強くならなきゃなぁ……」
だが、自らの身で向かうべき目標が遠いと分かると、それはまた、苦難の連続であるということに気だるさを感じざるを得ない。
高みに登っているつもりが、まだ低階層でしかなかったという事実を知ってしまう。
何とも空しい一人歩きだ。
「……散歩にでも行こうかな」
せっかく早朝に起きたのだから、外の空気でも吸っておいて損はないだろう。
軽く身支度を済ませた上で、ルーミルが起きないように音を立てず、ゆっくりと扉を開けて外に出る。
……
「……ふぅ、良い風」
メルボルンは初夏の季節を迎えている。
湿度が低く、カラッとした清々しい天候だ。
「二十世紀のメルボルンでは、いつも空のどこかに核が漏れ出す景色があった。不愉快になるような、でもどこか核が減り続けて勢いが弱々しくなっている姿がね」
私が元々住んでいた二十世紀のオーストラリアは、星が真っ二つに割れてしまい、星の核ともいえるエネルギーが漏れ出し、百数年あまりで星は死ぬと言われていた。
人が何も抗うことができない、ただ静かに世界の終わりを待つという状況。
「本来なら、こんな綺麗な世界が、私たちの本来見ているべき世界なんだよなぁ……」
私は滅びゆく世界にしか生まれたことがないから知らないけれど、なにか人が努力をしなかったとしても、等しく穏やかな景色というのをもたらしてくれるのが星だ。
だが、十九世紀に人と悪魔が激しい戦争をした末に、その景色を生命自らが手放してしまう結果へと導いた。
それぞれの本能が、危険異質生命体を排除するために起こってしまった惨劇だ。
「本能っていうのは、本当に怖い。異質物が恐怖なのかどうか考える余地もなく、排除しなくてはいけないという思考なんだもの」
虫嫌いが虫を追い払うくらいなら、まだ可愛い話で済んだものを。
どうして殺しにまで発展してしまうんだろうか。
私だって、本能的に野菜は好きじゃないし、洞窟のコウモリに出くわせば本能的にビビる。
だけど……
「人が悪魔を、悪魔が人を本能的に殺すことに、私は何も啓発されないんだよなぁ……」
この時代に生まれた人間ではないからだろうか。
それとも、私の感覚が他者と比べて異質なのだろうか。
……
……
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