第83話:逃亡の終焉02
「こ、ここまでくれば……多分……」
「うぅ……」
ルーミルは木にもたれかけ、いつになく疲れた表情で項垂れている。
「め、めずらしい……ルーミルが疲弊しているなんて」
「調子の良い状態のハナを相手にした上に、三キロ以上、五十キロオーバーの人を担いで走ってくれば、それは疲れますよ……ふぅ……」
さらりと私の体重をカミングアウトしてまき散らさないで欲しい。
それは多分、筋肉であって、多分筋肉なのだから、ノーカンになる部類になる。
つまり、実質四十五キロと言って欲しい。
――いや、ともあれ。
「もうハナは追ってこない。それだけで安心感がある」
「ハナはいくら驚異といえども、イデンシゲートの内側へ入ることは絶対に出来ません。これはどんな摩訶不思議な事実の逆転があろうとも、確実に守られるべきルールと言えます」
「……すごい念押しをしているっていうことは、よっぽど不安要素はないんだね」
そこまで言われてしまうと、なんだかフラグのように感じてしまいかねないが。
「イデンシゲートというのは、単なる壁ではありません。その内側の空間自体が悪魔にとって存在し得ない物質で満たされているのです」
「例えば、人が水中で空気が出来ないように?」
「宇宙空間で、人が空気を吸えないという方が、より念押しになるでしょう」
なるほど、いかに強靱であったとしても、環境という空間に勝てることは無いと。
「リヌリラ。あなたが悪魔が活性している時期に、イデンシゲートの外に出たこと自体に、今更何かを言うこともありません」
「……えっ、あっ、良いの?」
「少なからず、一度はこんなことが起きると予測していましたし、一度痛い目を見れば、勝手に自制をすると思っていましたし」
「あ、はは……ぐっ……」
全て私の行動は推測済みだったということだったか。
思わず苦笑いで声を出したが、たしかに肺の付近が焼けるように痛くて辛い。
「まさか、イデンシゲートの外デビューで、真っ先にハナと出遭うなんて事は、私も予想外でしたけど」
「それは私も同感……」
運が良いのか悪いのか。
「ここ最近は、リヌリラも戦闘性能が非常に良くなってきたということもあって、少なからず、先ほどハナに出くわしたときも、もしやワンチャンあるのでは、と思ったりしたのではありませんか?」
「……そ、その。僅かながら」
「そして、今の自分との実力差に圧倒されて、今は悔しい思いでいっぱいと」
まるで私の心の教科書を読み開いているように、全て適切に当ててくるな、この人は。
同じ超循環士だから、思考に通ずるところがあるのだろうか。
「色々思うところはあるでしょうが、ひとまず身体を休めることを最優先に考えて下さい」
「うん、そうだね……なんかもう、思考が上手に回らなくなってきたし」
怪我の苦痛で神経が疲弊している。
今はただ、静かに眠り続けたい。
「そういえば、私って、今どれくらい怪我しているのかな……?」
「怪我の具合……ですか?」
ルーミルが一瞬、引きつったような様子で私から視線を逸らす。
「……き、気になるんですか?」
「そりゃあ……自分の身体だし」
怪我をしたとはいえ、自己責任となるので、今後のためにも、今回の事実をきちんと受け止めねばと思ったのだけれど。
「……聞かない方が良いですよ。元の姿に回復できるとはいえ、その……今のリヌリラにはショッキングすぎるので」
「ど、どんな風に……?」
「ぶ、部位的な損傷とか、皮膚的な損傷とか……全体的に」
「…………」
そういえば、私を担いできたルーミルの洋服が、異様に血で染まっている気がする。
まるで、戦争で爆死した特攻兵の姿を見るような哀愁の視線を感じる。
少なくとも、今、その情報を聞いたところで、私が気分の良い気持ちになるわけではないということだろう。
今はとても眠くてしょうがない。
何も考えずに、ゆっくりと眠ることに専念しよう。
…………
…………
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