第2章-19世紀のメルボルン。時代は過去へ、戦争時代-
第9話:刺され、救われ。
……
……
【Tips006】ハナがやってきた日
ハナは半年前に唐突に集落へとやってきた。
放浪人をしており、限りある時間の中で世界を探索したいという目的の中、しばらく休憩をいれたいという理由から、集落に居座るようになった。
様々な家の家事や裁縫等の手伝いをすることで駄賃を稼ぎ、毎日の生活や今後の放浪資金を集めている。
リヌリラの家に住み込んでいるのは、家事の駄賃代わりに家に泊めるという契約をしている経緯がある。
……
……
ザザッ……
ザザ……
ハナ……やはり私の力から抜け出して、戦争を再開しようというのか。
人と悪魔は紙一重。
互いの気に障らなければ、共存もできただろうに。
そして酷いことをする。
彼女は何も知らないというのに。
私の力が及ぶことを恐れての行為なのか、それとも単なる復讐か?
人を一人殺したところで、戦争の結果に変化は起きないだろう。
「…………」
私の遠い遠い子孫……名はリヌリラというのね。
かわいそうに、痛かったでしょう。
まだこんなに若いというのに……
「…………」
あなたには今死なれてしまっては困るわ。
だって、私はあなたに会うために、あなただけに言葉を届けたのだもの。
「…………」
ひとまず過去で会いましょう。
事情は後で、ゆっくりと。
ね?
……
……
消えゆく記憶の中で、頭の中にストームが起きる。
海の渦のような、トルネードのような狂気的回転力。
怖い。
純粋にその感覚を恐怖した。
しかし、体が少しずつ楽になっているような気がする。
まるで自分が銅像のようになってしまったというのに、少しずつ人間の姿に戻れているような。
この感覚に抗うことはできない。
力に抗うための力が残っていないからだ。
ハナ……
私、あなたに悪いことをしちゃったのかな?
確かに家のことを任せっきりで、色々と無茶なお願いはしたと思うけど、殺したいまでストレスが溜まっていたのかな?
もう、すべての事情が把握できない。
言葉にすることもできない。
でも良いのかな。
私、もう死んでるし。
ハナに刺されて死んでるし。
人って死んだら未来のことなんてどうでもいいからね。
私という存在がただ消えゆくだけ。
ああ、さようなら、さようなら私。
来世は異世界でお嬢様のような姿でお金持ちの生活をしたい。
終わりゆく絶望の中で、小さく冗談めいた終わりを迎えようと、そう考えたが――
「いいえ、死んでません。死んでませんよ、リヌリラ」
「……え?」
私の持論を止めようとしている声はなんだ。
酷いながらも死を受け入れる覚悟を止める言葉の主は誰だ。
「目を開ければわかります。そして事情は起きてから説明します」
死にそうなくらいの激痛が走っているというのに。
「その激痛は事実ですが……死は既に虚構です。さあ、起きてみて」
意味のわからない言葉。
起きるという概念がよくわからないのだけど。
「良いから起きる! ガチキスしますよ!」
「おァっ……!!!」
なんの反射神経だろうか、突然の言葉に戸惑いを見せた私は、グルンと体を百三十五度くらい斜めにひねらせながら、宙に十五センチほど体を浮かせ、無様な姿で反射神経を発動させた。
ドスッ……!
「……っ、つぅ」
ゆっくりと目を開けた先には木造の天井が広がっており、私は床らしき場所に仰向けで倒れている。
先程までいた洞窟とは違い、まるで小屋のような場所に移動させられてしまっている幻覚が見える。
「フィギュアスケーター顔負けの二回転ひねりでしたけど、色々と大丈夫? 床の板がきしむような強烈な衝突音でしたが……」
「……んあ?」
私の顔を覗き込む女性が一人。
童顔で、見た目が可愛らしい女の子。
視線を下にやると、フリルの洋服を身にまとい、可愛らしいスカートを履いている。
あなたは……
「ええ、理解が早くて助かります」
「ガチキスが大好きな女の子……?」
「ごめんなさい、理解が遅い子だったのは知りませんでした」
自分からキスをすると迫ってきたというのに、なんだというのか。
冗談を冗談で返すと対応しきれないパターンの女の子の模様だ。
それとも、死に際の私から冗談が出るとは思わなかったという考えか。
「ほら、私に見覚えがあるでしょう……思い出して、あなたが最後にいた場所はどこですか?」
「最後にいた場所……最後にいた場所……えっと、洞窟?」
「ええ、洞窟。洞窟に何しに来たの?」
「……えっと、銅像の声を聞きに来て……」
「聞きに来て?」
「その後、確かハナに背中から刺されて死んで……死んで?」
死んだはず……死んだはず。
死んだはずだけど、生きている。
「正確には死んでない。現にあなたは生きている」
「生きていると言われても、死の世界で生きていても、それはつまり死んでいると同等の意味合いにならないのかな?」
「死の世界の住人は、多分死んでいる状態よ。ここは生の世界。生の世界の住人は、私と会話できている時点で、それは生きているという証明になります」
なんともややこしい言い回しだが、なんか理屈で押し込められた気がする。
「つまり、私はハナにナイフで心臓を刺されたというのに、生きているというの?」
「生きている。私が一命をとりとめさせました」
「とりとめた……?」
心臓を刺され、体からすべての血が流れるような大量の流血をしたというのに?
二十世紀の技術で、そのような躍進的進化を遂げたという医療の情報は聞いたことがない。
「あなた、超循環士でしょう。これくらいなら死なないのは当然ですよ」
「…………?」
超循環士だから……と、唐突に言われても困る。
ものを加工をし、力にするだけの人で、体を不死身にさせた記憶はない。
「……ああ、もしかして技術が廃れたのかもしれないですね。生死を問う戦いなく長い年月が経ったようですし」
目の前の女の人は一人で勝手に納得する。
「まあ、事情をごちゃっと説明するのも互いに面倒なので要約しますと、昔の超循環士は死を伴う損傷を受けたとしても、超循環の力を使って蘇生させることが出来るのです」
「蘇生……? そんな神様まがいな力が?」
「ええ……戦争時代ですもの。人を生き返らせる力がなければ、悪魔に打ち勝つことはできません」
「戦争時代……それに、過去というのは……?」
咀嚼して説明してくれているのだろうが、情報が流動的すぎて理解が追いつけない。
「説明。ここは一八六一年のメルボルン。あなたの時代から、約百二十年前の時代です」
「ひゃ、百二十年前……」
「あなたは一九八一年の五月四日、午前二時四十四分に、ハナという悪魔に背中を刺されて倒れました」
「うわ……どうしよう、意味わからない」
突然、摩訶不思議な事情を説明されても、驚くとかの反応もできない。
完全なる真顔、不安げを混ぜた真顔になる。
「そして私は、銅像に残しておいた力を使い、尽き果てそうなリヌリラをすくい上げ、私の生きている時代に運び込んだ上で、蘇生措置を行ったのです」
「その……脳がぐるぐるとするような感覚は?」
「いわゆる、タイムスリップというやつでしょう。私は自分自身を時間遡行させるような真似できませんので、その感覚がそうであるという証明まではできかねますが」
「……なぜ私を救出したの?」
「私にとって、あなたは死ぬべきではないと判断したからです」
「……どうして銅像越しに私を助けることができたの?」
「その話を一言で言うのは難しいですが、しいていうなら超循環の力です。自らを銅像と化したとき、わずかに力を残す設定ができるのです」
女性は淡々と私の質問に答えていく。
戸惑うことなく冷静に。
まるで、私から訊かれる質問を想定していたかのように。
自らを銅像に……
ん? 銅像に?
今目の前にいる本人は、普通に話せているというのに。
「今、歴史的なパラドックスについて説明をしたところで、ややこしい話になるのは見えています。しだいに話していったほうが都合がいいでしょう。この件はひとまず流してください」
「は、はぁ……」
腑に落ちない気分だけど、確かに色々と話されても情報整理に困るところがある。
優先度を下げろというなら、ひとまずその意見に従うことにする。
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