第5話:銅像は私だけに問いかける


 ……

 ……

 

【Tips004】銅像探索について


 現代を生きる人々の中には、過去の戦争がどのような惨状だったのか調べようとする研究者が多い。

 どのような時代背景だったのか、どのような過ちが戦争を生み出したのか。

 興味本位と過ちの繰り返しを防ぐなどの様々な要因を、過去の遺物を通じて調べようとしている。


 銅像は異物の中では形状が残っている可能性が高く、その価値は非常に高いものとされる。


 ……

 ……


 洞窟の中――

 進むたびに、納骨された壺が視界に入る空間。

 私にとってはあまり気持ちのよい空間とはいいがたい場所。

 極力左右の十字架の石へと視線を向けないよう気をつけつつ、微かに灯るランタンの道を歩いていく。

 定期的なメンテナンスをおこなっていることもあってか、足場が崩れたり、コウモリが突然やってきたりということもなく、安全ルートのままにプチ冒険は進んでいく。

 二百メートルほど歩いた先だろうか、ぞろぞろと数人の老人たちがランタンを片手に、何かを囲うようにして話し合っている姿が見える。

 私は、話に夢中になっている老人たちの後ろに立つようにして、今何を話し合っているのか耳に入れる。


「……どうだ、聞こえるか?」

「いや、ダメだ。ノイズの音すら届こうとしない。まるで石ころを相手にしているようだ」

「やはり近年作られた遺物の模造品なのかもしれんな」

「家の守り神として技師が生産する時代だからな。もしかしたら、災害などで偶然埋まり込んでしまった可能性も」

「ありえる。ここ数年は水害が多く、土地が変化したところも多いだろうから」

「期待した割には、随分とあっけない答えだったな」


 少しがっかりとした様子で、老人たちは銅像を眺めている。

 見てくれで本物と判断した人もいただろうに、ただの模造品ときたら、それは専門家としてはガッカリするのは当然だ。


「運が無かったようだね、ジジイサマたち。久々の異物発見だっていうのに」

「ああ、リヌリラか。異物を見に来るなんて珍しいじゃないか」

「ちょっとした風の吹き回しでね。異物の声を聞ける人を探してるって聞いたんだけと、ちょっと来るのが遅かった?」

「いいや、ちょうどよかったかもしれん。異物を鑑定する機材を持ち帰るのは骨が折れるからの」

「うぇ……私そんなの持てないよ」


 何かの機材がたらふく詰め込まれた滑車の木箱を見て嗚咽が出る。


「冗談だ。後で力自慢の若いのに運ばせる」

「過去に冗談無しで全部山奥から下ろさせたのは、どこのジジイだったかな?」

「祭りで振る舞う予定だったマンモスの肉を勝手に食べ尽くしたのは、どこの誰だったかな?」

「うぐっ……」


 そんなこともあったか。都合の悪いことは、なんとも忘れやすいこと。


「まあでも、せっかく来たんだ。銅像の声でも聞いていくか?」

「……さっき、ジジイサマたちで、これは模造品だって言ってたじゃん」

「我々にとっては模造品だ。どこかの誰かにとっては、家々のお守りになる。さて、リヌリラにとって、これは一体何になるんだろうな?」


 銅像は等身大の人間の姿を現したサイズをしており、体型から予測するに、性別は女性だろうか。

 身長は私より少し小柄の百五十センチほど。

 腰まで届く長い髪をしており、カチューシャを付けさせる職人のワンポイントが私は好きだ。

 膝くらいまでのスカートを履き、長袖の先はフリルがついているあたり、裕福な家庭をイメージしたかったのだろうかと予測できる。


 しかし、その割には、一つ違和感というか、疑問が残る。


「どうして腕や足にあちこち傷があって、苦しんでいるような表情をしているんだろう」


 普通、銅像を建てるならば、勇ましさや美しさなどを重視して作るものではないだろうか。

 戦果の中で逞しく戦う様を見せるにしても、どこか悲しさが強すぎるような気もする。

 一番の違和感は、なぜ可愛らしい服を着ているというのに、禍々しい槍を持って、誰かを刺そうとしているポーズをしているかということだ。

 言葉ではすべてを表現しにくいが、倒れた相手を押さえつけるように左足を相手の胴体に置き、そのまま両手に持った槍を直下に突き刺そうとしている様といったところか。

 はたまた、フリルを着て狩猟をするのが昔の文化で、このポーズはイノシシを仕留めるときに激写されたポーズなのだろうか。

 それなら別に怖くはないが……


「あまりにも家のお守りとしては違和感がある。だから我々は、これを本物なのではないかという可能性を抱いてしまったのだ」


 一人のジジイサマが言う。

 確かに、従来の模造品に比べて圧倒的に作りは丁寧だし、コンコンと叩いてみるに、素材はほとんどの部分で銅を使用していそうだ。

 そして、悲しそうな表情や、見た目に対する威厳への違和感。

 確かに、本物と推測するに至る材料になるだろう。


「試しに私も聞いてみてもいい?」

「もちろん。丁寧な作りであるがゆえ、早急にガラクタと断定するのは惜しいと思ってたところだ」


 ジジイが私に伝導線を渡してくる。

 長さでいうと、一メートルくらいだろうか。


「ジジイサマ。こんな短くちゃ二十秒も聞けないよ」

「仕方ないだろう。あまりにも本物だと過信していたから、何度も何度も素材を消費して、もう残っているのは最後のそれだけなんだから」

「ちぇ、これじゃあチューニングする間もなく素材の効果が切れそう」


 しかし、ジジイサマたちが聞こえなかったというのなら、多分模造品の可能性は高いだろうな。

 素材を多くもらったところで、期待のできる結果にはならないだろうし、貰えただけでも良しとしておこう。


 伝導線を腰に付けた循環ポケットの中へと投下する。

 循環ポケットの中に入れられた素材は、背中に背負っているカバン型循環機器で瞬時に力として変換され、最後に私の右手に装備した手袋へと伝っていく。

 ファン……と茶色く光る右手を目視し、力が宿ったことを確認すると、私は小指を小さくくいっと動かし力を開放させた。


「さあリヌリラ、右手を銅像の胸に添えて聞いてみなさい。お前には何と問いかけてくれる?」

「…………………」


 私は銅像の心臓の付近に当たる場所へ右手を置き、目を閉じてじっくりと耳を澄ます。

 模造品の可能性が高いとはいえ、どこか期待してしまっているところはある。

 少しでも何かの音が聞こえてこないか、神経を研ぎ澄まし集中するも――


『…………』


 やはり、銅像からは何も聞こえる気配がない。


「芳しくなさそうだな、リヌリラ」

「全然ダメ。確かに石ころを相手にしているみたい」


 やはりジジイサマが言ったとおり、精巧な作りの模造品だったのだろう。

 今どき銅像で生計を立てる人間もレアなところだが、考古学者の中には、銅像自体に興味を持って追求する人もいるらしいし、その極め尽くした末路の結果という可能性だったのだろう。


 右手に宿った伝導線の力も、あと数秒で切れる。

 途中で切り上げてしまおうかと思っていたが、ここで私は気になる出来事に遭遇する。


『……その……通じた……まっ……!』


 ふぅん……


「……えっ?」


 今何かが聞こえたような気がした。

 伝導線の力が切れる、残り一秒のまさにコンマいくつかの短い時間。

 女性の声で、ノイズが混じりながらも力強い声が。


「どうしたリヌリラ、何か聞こえたのか?」


 ジジイサマが私に問いかける。

 それはそうだ、ぼんやりと聞いていたはずの私なのに、いきなり声が聞こえてビックリしたのだから。

 ぴょこっと数センチ飛び上がりもすれば、何か聞こえたと推測できるだろう。

 しかし――


「い、いや。背中に虫が入っちゃって、それで驚いちゃったの、はは……」

「……全く、期待させるんじゃないよ。古びたジジイのハートに火ぃついちまったじゃねえか」

「ごめんごめん、つい、ね」


 私の言葉を聞いたと同時に、ジジイの後ろにいた更にジジイサマたちががっくりした様子で、


「まあ、やっぱり駄目だったようだな」

「久々の銅像で無駄に気合い入り過ぎちまったぜ」


 と、気が抜けた様子で今回の失敗を言葉で悔やんでいる。


「……ったく辛気くせえ面するなジジイども。次あんだろ次、まだ百四歳なんだからな。あと五十年生きているうちにバンバン見つかるっつーの」

「てめえもジジイだろ。平均年齢余裕で通り越しやがって」

「早く誰か死んで葬式させろや。通夜で出される美味い飯が食えねえじゃねえか」


 しかし、すぐに気持ちを切り替えて、すでに次のことを考えている模様。

 百歳を過ぎて無駄に元気なジジイサマたちが、洞窟の中でわっはっはと笑いながら出口の方へと向かっていく。


 平和な時代になったとはいえ、別段人類の健康状況が飛躍的進化を遂げたわけではないというのに。

 なんとも不思議な私の住む集落の謎一つだ。


 いつか真実を追求してみたい限り。

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