夏鍋
リーマン一号
夏鍋
茹だるような暑さの猛暑の日。
扇風機の首振りに合わせて前後運動を繰り返す俺の下に届いたのは、スマートフォンから一通の便り。
「夏鍋しようぜ!」
我らが鍋奉行からの招待状である。
・・・
「ルール説明をする!」
四畳半の狭い空間に四人の男がテーブルを囲むように軒を成すと、開会の挨拶もそこそこに家主の男は夏鍋とやらのルール説明を始めたが、この男が何を考えているのかはこの部屋を見れば一目瞭然で、もちろん夏にぴったりの涼しげな鍋の催しではない。
男の言う夏鍋とは極暑のなかでどれだけ熱々の、そして激辛の鍋を食い進めることができるかを競い合う競技であり、たった一人の勝者を除いて、敗者は須らく鍋にかかった費用を折半しなくはならないとのことだった。
男は「詳しい詳細はこれを読め!」と、手作りのルールブックを人数分手渡してきたが、
「うわっ。注意書きに『このルールブックも折半の対象である』って書いてあるぞ・・・」
「ほんとだ!こいつ用紙代も請求する気かよ・・・」
書いてあることは筆者がどれだけ金汚い人間であるかを示しているだけで、それ以外には特段気になることは無かった。
要はわんこそばの要領で時間内に何杯食べられるかを競い合うだけであり、競技時間はきっかり10分。
実は大の辛い物好きである俺は小さくほくそ笑んだが、そんな余裕はすぐに掻き消えた。
ルール説明を終えて満足げな男がぐつぐつ煮えたぎる灼熱の鍋を部屋に持ち込むと、室内の温度は更にグッと上昇し、その存在感をいかんなく発揮する。
まるで血液のような赤赤とした液体に、溢れんばかりの唐辛子。
夏鍋なんてかわいげな名前からは想像もつかないようなゲテモノの登場に、額からはすでに滝のように汗が吹き出し、鍋の熱気により目からは涙が流れる。
・・・こんなもん本当に食えるのか?
口にはしないが誰もがそう思ったはずだ。
拷問に使用されてもおかしくないような唐辛子を唐辛子で煮詰めた唐辛子以外の何物でもない唐辛子汁が配膳され、それと同時に水の代わりに一杯づつの赤色の液体も用意された。
独特な刺激臭を放つその謎の液体は、辛さからの避暑地として設けられたものではないらしい。
競技開始のゴングと共に俺たち四人は一斉に唐辛子を貪り食らい始めたが、その様は傍から見ればまさに地獄絵図だったであろう。
時折辺りから悲鳴が上がるのに耳をふさいで闇雲に唐辛子を口に運ぶが・・・。
舌が取れるのではないか?
本気でそう思ったほどの痛みが口の中を襲った。
慌てて真っ赤な水を口に流し込んだが、思った通り水も鍋同様に激辛である。
俺の箸はたった一口で完全に動きを止めだが、他のやつも同じだ。
皆、苦悶の表情を浮かべてお互いを探りあい、長期戦になると思われたその瞬間。
家主の男だけは一気にスピードアップした。
「ありえねぇ・・・」
「辛くないのかよ・・・」
呆気にとられる俺たち三人の視線を顧みることなくそいつは唐辛子を口にかきこんでから、赤い水で一気に飲み込む。
もちろん時折辛そうに眉を歪ませるが、それでも留まることを知らない。
こうしちゃいれないと俺たち3人も再び唐辛子に箸を付けるが、やはり辛いものは辛い。
結局、10分後には一口二口で止まった俺たちと二杯も完食した家主の男では勝敗は明らか。
俺たちは敗者は都合一人頭5千円もの大金を払わされて夏鍋は終わりを迎え、一月以上たった家主の雄姿は武勇伝のように語り継がれている。
でも、今でもまだ不思議に思うことがある。
もちろん奴は俺たちと同じ鍋から器に唐辛子をよそっていたのは誰もが見ていたし、そこには疑う余地もない。
ただ、隣に座っていた俺だけが気づいていたのかもしれないが、なぜ奴の水からはほんのりとトマトの香りがしていたのか・・?
それだけが小さな疑念を残し続けている・・・。
夏鍋 リーマン一号 @abouther
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