06.哀れな双子

「セル様いなくなっちゃいましたよ!」 


 国王との謁見をすませたレイを出迎え、スピーロトゥスは顔を青くしながら報告をした。隣りにいるディーズ騎士長が「大丈夫ですよ、この程度では斬られたりしませんから」とフォローを入れていた。


「スピーロトゥス、おぬしは我を鬼かなにかと勘違いしておるのではないか」

「間違いなく鬼っすよ!」


 ついついクセでタイミングよく突っ込みを入れたあとで、さらに顔を青くした。レイはジッとスピーロトゥスの顔を見下ろし、別段、反応を示すことなく廊下を進む。


「ほら、大丈夫でしょう? スピーさん」


 ディーズが笑顔で同意を求めた。スピーロトゥスは顔を振る。


「無反応が一番怖いの……知りませんね、アナタ」 

「そうですか?」


 スタスタと前を歩くレイの後を追う。レイは特別に許可をもらっているという、王宮の地下宝物庫へ向かっていた。


「セルさんをお探しにならないのですか?」


 ディーズの問い掛けに、レイは声を低くして答える。


「……よい。今はいないほうが好都合ぞ。よもや国から出るような阿呆なことはせんであろうから、あとで探せばよい」


 レイは特別に許可が降りたという地下宝物庫への鍵を使い、扉を開けた。その隙間から流れ出るのは冷気であり、灼熱の国にいるとは思えないほど寒い。スピーロトゥスはくしゃみを繰り返し、鼻水を垂らしながら地下室を進む。歯はガチガチと鳴り、手足の先に感覚が無い。――あまりにも寒すぎる。気温はおそらくマイナスを叩き出しているだろう。石の壁はすでに凍りついており、慎重に歩かないと足を滑らせる。

 ここでスピーロトゥスは気づいた。この地下宝物庫が一体――なにを厳重に保管しているのかを。


「こ、これは、一体……」


 ディーズが口を大きく開け、唖然としていた。

 広いフロアに出た。宝物らしい宝物は無い。そこに保管されていたのは身の丈が四メートルもある、人型の――死神、だ。

 身体の大部分が黒い布で覆いつくされ、僅かに見える肌は青白い。爪が長く、黒い。肢体は異様に長い。目は閉ざされ、呼吸も無く無音だ。この大きなヒト型の怪物は、両手足と腹を太い鎖で幾重にも巻かれ、壁に磔にされていた。


「ああ……なるほど、そういうことだったんですか……」


 何故シオンは目を覚まさないのか、何故この場所はここまで寒いのか。全て理解ができた。全て繋がった。

 レイは横目でスピーロトゥスの様子を窺っている。


「なんて酷いことをなさるんでしょうね……ロキ様は」


 スピーロトゥスは目を閉じ、両手で顔を覆った。


「スピーロトゥス、貴様に問おう。何故ヒェルカナ党はセルたち双子を狙っておる?」


 レイの問い掛けは、純粋な疑問からくるものではない。ある程度の確信を持って、確認の意味で訊ねているのだ。


「……我々ヒェルカナ党員は、古代ルーナ王国の復活を理念として掲げ、活動しています……」


 スピーロトゥスは声を奮わせ、ゆっくりと答える。


「え! 古代ルーナ王国って……!」

「ディーズ。黙れ」


 あまりに驚くべき内容だったために、ディーズは声を荒げた。レイは即座に制止する。


「惑星クロウは、じきに滅亡します。しかも目前に迫っている。……おわかりですよね? レイ総司令官」

「……ああ」

「我々としても、世界に滅亡してほしくないんです。ならば原因となるものを取り除けばいい。でも足りないのです。シャドウ・コンダクターの数が、圧倒的に」

「…………」

「だからかつてシャドウ・コンダクターの王国として栄華を極めた王国を復活させ、全世界から能力者を集い、今再び世界の危機と立ち向かう。そのためには、ルーナ王国を建国した者たちの魂が必要なのです。セシル=リンク様、シャオ=レザードリア様……闇炎と氷を統べる彼らが再び玉座に就けば、従う者が現れる」


 ディーズは辺り一面を覆い尽くす氷を見渡し、ゴクリと生唾を飲み込む。


「よって、ロキ様を中心としてセシル様とシャオ様を探す一大プロジェクトが開始されました。最初は二人同時に連れ去る計画でした。ですが氷が闇炎を逃がしたため、我々はひとまず氷のみを捕らえ、幽閉いたしました。ですが、まさか……氷の下僕を主人から引きはがしていたなんて……酷いことを……」


 スピーロトゥスは泣いた。演技ではない。


「シャドウを引きはがすとは、魂を引き裂かれるようなもの。主人は身体機能の大部分を失い、昏睡状態となり、健常者として生きていけなくなる。シャドウ自身も導く存在と離され、自分を見失い、動かなくなる。……シャオ様もヒエン様も、生きていない。ただ、死んでいないだけです!!」

「ヒエン……な」


 レイは死神を見上げ、名を呟いた。

 ヒェルカナ党に見捨てられた少女より明かされた真相。それは随分身勝手で、しかし切実なものだった。


「スピーロトゥス」

「はい」

「セルとシオンは……惑星クロウの人間ではない、のか」

「……はい。遥か四十六億年以上先の未来より、我々によって導かれた哀れな双子です」


 レイは押し黙る。セルに出会ったその日からこれまでを振り返り、目を閉じた。


「……セルはな、おそらくおぬしらの策略によってこの世界へ来た日――スミロドンに身体の大部分を喰われておった。ディーズが発見したから助けられた命であった。我ならばきっと捨て置いたからな」

「はぃ……」

「これは――神の導きではない。悪意ある者による策略。この世界に生きる我々は、誤った選択を正さねばならん。……たとえ、クロウが滅びようとな」


 悲しき覚悟だ。スピーロトゥスはおいおいと泣き続け、ディーズは静かに佇むのみ。


「明日、シオンの公開処刑が開始される」

「……エッ?!」


 スピーロトゥスは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をあげ、飛び出そうなほど目を大きく開いた。


「十五時だ。それまでに貴様は再びここに入り、この死神の封印を解除せよ。決して失敗は許さぬ」

「……ハイッ!!」

「だが命は投げうつでない。貴様にはまだセルとシオンに深く謝罪する仕事が残っている。その後は――好きに生きるがよい」


 スピーロトゥスは頭を深く下げ、作戦の成功を固く誓った。鬼であると信じて疑わなかった相手だが、そんな彼に付き従う者たちの気持ちが多少だが理解できた気がした。


 *


 砂漠は昼と夜の気温差が著しい。灼熱の地獄だと思っていた場所が今や凍えてしまいそうなほど寒い。

 世槞は誰もいない見張りの塔へ上り、城下町を見下ろした。この中のどこかに、弟はいる。いるはず。想えば想うほど胸は苦しくなる。呼吸が困難になって、泣いてしまいそうになる。そんなときは夜空を見上げる。月が輝いている。勇気づけられている気がした。


「急にいなくなってしまって……また、心配かけてるかな」


 この世界で出会った人々は優しい。痛いくらいに丁寧に接してくれる。ガレシア先生だって、あんな風になってしまったけども、本当は老子だと讃えられるほどの賢人だった。


「先生が悪いんじゃないよ……きっと。世界が悪いんだ……悪い方向へ、傾いているから……」


 世界の傾きは、人を狂わせる。その傾きは修正されない。そして滅びる。これまで数々の栄華を極めた文明が滅びていったのも、全て世界の傾きが原因だったのかもしれない。


「なんのためのシャドウ・コンダクターか……。でも、その願いを叶えてくれているのは、惑星アースにおけるシャドウ・システム――その総帥」


 全世界のシャドウ・コンダクターを纏め、影人狩りをしやすいシステムを完成させたかつての総帥も、きっと今の世槞のような歯痒い思いをしていたのだろう。そのおかげで今の地球がある。


「クロウには誰もいないのね……辛いね……」


 身体をまるめて縮こまっていると、脳天から分厚い毛布がばさりと掛けられた。熱が瞬時に帯びてゆき、ぽかぽかと暖かくなる。世槞はふっと笑った。笑っているはずなのに表情は泣いていた。


「また探しにきてくれたんですか……」

「探す。おぬしの姿が見えなくなれば、いつでも、どこまでも」


 そう。この出会った人たちは優しいのだ。泣きたくなるほどに見返りを求めない優しさを提供してくれる。その優しさは、ありがたく受け取っても決して甘えないようにしてきた。でも今は少し、寄り掛かりたかった。


「レイ様」

「なんぞ」

「手、繋いでもらってもいいですか」

「……喜んで」


 その細くも逞しい手に包まれ、世槞はひとときの安心を得て眠った。

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