04.大富豪のコレクション

 時間の感覚が無い。無の状態で無の時間を過ごしているようだ。これを“死”と呼ぶのだろうか。ならば死は退屈だ。全ての感情がなくなって、何も考えることなく、何にも心動かされることなく、ただここに“在る”。


 ――――



 重体というわけではない。植物状態でも脳死でもない。なのにその少年は意識を回復させない。たまに目を覚ましたと思えばまたすぐに意識を手放してしまう。だからいくら語りかけようとも、少年には届かないのだ。


「なんと、不敏な……」


 思わず漏らしてしまった言葉を隠し、オメロは辺りの気配をうかがった。幸い、館の主は席を立ったまま未だ戻っていない。

 グランドティア王国軍のトップに君臨する青年に忠誠を誓うオメロ=リカルドは、その総司令官に命じられてこの灼熱の国へ訪問していた。吹き抜ける風すら熱く、涼を生み出す草木もなく、一面の砂に囲まれた国――アストラ王国だ。緑が育ちにくいサルベリア大陸は、残された僅かな緑地を王族や貴族、裕福な民によって占領されている。作物の育たない砂地に居を構えることしかできない貧民層の者たちは常に飢えとの戦いが深刻で、上流階級との差が開くばかりとなっていた。そんな国で国民たちの唯一の娯楽となっているのが、王都にある巨大な闘技場(コロッセウム)で行われるショーだ。剣闘士たちの死闘、そして罪人の公開処刑がメインイベントとなっている。他国からも評判であり、これを見るためだけに来国する者も多い。乾ききった大地と国民の心ともに潤す――国をあげての一大行事となっていた。

 そのショーを是非とも拝見させてい頂きたい――という名目のもと訪問し、アストラ国王に謁見をすませたオメロは、いよいよ本題へと乗り出していた。グランドティア総司令官――レイ=シャインシェザーの見立てでは、アストラ王国はヒェルカナ党と繋がっている。その根拠は諸々あると言っており、とにかくこの国に赤髪の少女――セル=リシイの双子の弟がいると判断し、オメロを遣わした。

 オメロがしばらく国を観察して周り、目星を付けた館へ次々と訪問した。訪問理由は、“近々開催される闘技場での殺戮ショーに貴殿は出資なされるのか”だ。裕福層と貧民層に大きくわかれたこの国は、自身の財力を見せつけることにある種の快感を抱いている。相手が他国――それも強国グランドティアの総司令官の遣いとなれば、金持ちたちは喜んで自身の財力やコレクション等を見せびらかしてくれるのだ。コレクションの中にはそれはそれは目を見張る逸品もあれば、目を覆いたくなるものまである。

 オメロが訪問したおよそ十五軒目の館で、探していたコレクションが発見された。暗い地下室に厳重に保管されいた。


「どうですか、素晴らしいでしょう。この赤い髪の美しい少年――。一見死んでいるように見えますが、まだ生きているんですよ」


 家主のジャミル=アースラ=ムバラクは、この家で最も高価であるというコレクションについて、自慢げに語った。


「はっきり言いましょう。私は男色家です。とにかく美しい少年に目がない。とりわけこの子は綺麗だ。燃え上がるように赤い髪は、陽にあたるとキラキラと輝く。肌すらも透けてしまいそうなほど白く、一度で良いから開いた瞳を見てみたい。声を聞いてみたい。私はこの少年が目を覚ますその時まで尽力することを止めないでしょう」


 恰幅のよいジャミルは、豪快にたくわえられた髭を触りながらそう言った。


「今回、オメロ殿――あなたにのみこのコレクションの開示を許可したのは、あなたが仕えるあの美しい将軍への私からのラブレターと受け取って頂きたかったからです。是非とも大国グランドティアでも商売をさせて頂きたい。叶うことなら、レイ総司令と酒でも飲み交わしたいものです」


 ジャミルは冗談なのか本気なのかわからぬ口調で豪快に笑った。オメロは沸き上がる嘔吐を堪え、質問をした。


「一体どのようにして手に入れられたのですか?」

「ふふふ、実は王宮に用があって出向いたときに、これまた美しい少年と出会いましてね。その子は若くして商人をやっているというではありませんか! そしてこの私を名指しして、買ってもらいたいものがあると言い――赤髪の美少年を見せられたのです」


 オメロは口元を抑えつつ、ジッと考えた。


「商人の少年が、あなたを名指しして……?」

「お恥ずかしながら、男色家だということが漏れてしまっているのかもしれませんな。ガハハ」

「そうですか。では、次の質問です。ジャミル殿は数日後に開催される闘技会に何を優勝景品として出品なされるのですか?」

「ずばり言いましょう。――赤髪の少年です」

「……えっ?」

「あなたはご存知ないかと思われますが、剣闘士には男色の者が多いのです。優勝景品が少年だと知れば、持ち合わせている力全てを振り絞って大会に挑むでしょう。血と汗と脂と、そして死が入り乱れる素晴らしいショーとなる。もちろん少年は誰にも渡しません。優勝された方にはこの少年を模した愛玩具でも差し上げます」

「あなた……」

「私を狡猾だと、非情だと、お思いですか。その通り。そうではなくてはこの厳しい砂漠の大地では生きてゆけない」


 ジャミルはもう笑っていない。過酷な大地で生き抜く猛獣のような目つきで、オメロに凄んでみせた。――チャンスはここだ。オメロは口端を緩ませた。


「では、提案がございます。発掘王ジャミル=アースラ=ムバラク様のご期待に添えるような――波瀾で、情熱的なショーにするために」

「む。是非ともご教授願いたい!」


 オメロは言った。レイに言われた筋書き通りに――


「闘技会は中止。その少年が目覚めた姿を見たいのであれば――少年の罪をでっちあげ、公開処刑の舞台へ送り込んでください」


 *


「オメロからの早馬が戻ってきました」


 会議室の扉が少し開いており、ディーズ騎士長の声が聞こえた。レイ総司令は手渡された紙に書かれた文を読み、まるで計算通りとでもいうように頷いた。私の存在がバレたのはその直後だったが、そもそも会議室の扉が開いていたことや、タイミングよく計画の話をしていたことも合わせて――私はきっと、罠に嵌められたのだ。


「スピーロトゥス、おぬしには重要な任務を与えよう。我に忠誠を誓うというのなら、必ず成功させてみせよ。信用はその先に得るものと考えろ」


 与えられた任務は命の危機と隣り合わせだった。でも行く先のない私は従うしかなかった。本当は口先だけの忠誠のつもりだったが、これは従わざるを得ない。

 世に生きるどんな女性も虜にしてしまう容姿を備えた青年だけど、内に飼っているものは鬼だ。私は今にも奮え出しそうになる身体をおさえつけ、頷いて退室した。

 あの青年には嘘も建前も通用しない。圧倒的な強さからくる威圧感に押しつぶされる。まだロキ様のほうが可愛いげがあった。


「なのにあの鬼……セシル様にだけは甘いんですよねぇ……」


 しまった、セル様だった。私は言ったあとで、自分で自分の顔を叩いた。

 そうだ、セル様を探そう。作戦が始まる前にあの子の顔を見ておこう。一見無邪気で無鉄砲で、お調子者の女の子だがたまにすごく暗い顔をする。それはシオン様がいないせいなのだと、自分たちのせいなのだと思うと胸が痛くなるような気がした。出会う前はロキ様のお話の中でしか彼女のことを知らなかった。でも、そのロキ様ですら語る彼女の姿は――遠い遠い昔の……伝説とされる女王様のことだった。だから、実際に会ったとき、あまりに普通の女の子だったから驚いたのだ。私となんら変わりのない――ただ少し他人より力のあるだけのか弱い女の子。

 セル様の部屋を訪問した。扉を叩こうとしたその僅かな隙に、中から泣き声が聞こえたから止めた。涙ながらに呼んでいるのは弟の名前だった。

 ――絶対に作戦を成功させなくては。私は強く思った。

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