03.奇妙な仲間
「……ところでレイ様、まだ疑問が」
「申してみよ」
「どうして私がここにいるってわかったんですか?」
「簡単なことぞ。レイスガーナがシュウもおらぬのにヒェルカナ党の粛正に乗り出すと聞いてな。そなたならば必ずやこの噂を聞きつけ、その中に紛れ込むと判断した」
「そうですか……鋭い」
世槞が取り得る行動は、すでに把握されているようだ。
「それよりも、シュウ様が不在なこと、知ってたのですか」
「知るもなにも、シュウ自身から聞いたわ。あやつめ、いなくなる前の晩に我のところに来ようての。この世界を頼む、と言って消えよったわ」
「エェー」
「国よりも、世界よりも大切なものを護らねばならん――とな。それが一体なんなのか、我には未だわからぬ」
レイスガーナの国民にとっては、極めて迷惑な話である。自国のみならず余所の国の為を思い、そして一人の無鉄砲な少女の為に世界を飛び回っているレイとは全く違う思考の持ち主らしい。
「もう三年も前の話よ。レイスガーナはシュウ無しのままよう保ってると感心しておるわ。我が口を出す必要もないくらい、シュウは頑丈な基盤をレイスガーナに築いておったようだ」
砦の外から聞こえるレイスガーナ軍の戦いの音。戦いの作法も剣の腕も、全てシュウ=ブルーリバースから叩き込まれたもの。
彼は何故、国を、世界を、捨てたのだろうか。
「この砦はシュウがレイスガーナを統一する前からあったものだ。よって掲げてある国旗は前時代のレイスガーナ王国、地図もその時のものであろう」
レイは砦の勝手を知っているようで、迷路のような内部を迷うことなく進んでいる。
「あと、これを返しておかねばならぬな」
レイから手渡されたのは、世槞の手から離れてしまっていた白銀の剣――氷剣エディフェメス・アルマである。世槞はそれを大切そうに抱きしめ、肩に背負った。
「後々、必要となるだろう……」レイは世槞に届かぬ声でぼそりと呟いた。
戦いの音が大きくなる。出入り口に近付いているようだ。レイが目指す抜け道はその近くにあるという。レイの背中だけを見つめて歩いていた世槞は、急に立ち止まられたために鼻を強くぶつけた。
「なんすか……」
レイが見つめる先、そこに三人の男がいた。全員黒い外套を羽織っている。
「ヒェルカナ党員だっ……」
世槞がそう言うよりも早くこちらへ向かって突撃した男たちを、レイは剣の一振りで道を空けさせた。男たちは喉を切り開かれ、最期の恨みぶしを吐くことすら許されず、絶命した。
世槞の動体視力は通常より良いほうだが、レイの動きが見えなかった。気がついたら男たちが倒れていたのだ。
「怪我は無いか」
「無いに決まってますけど」
圧倒的な力の差をありありと見せつけられ、世槞は少し劣等感を味わった。そのための憎たらしい返事だった。レイはそんな世槞が可愛らしく見えたようで、笑い声を漏らしていた。
抜け道を通り、砦から出る。レイはそのタイミングで勢いよく振り返り、世槞を自身の背後に隠した。
「いい加減、姿を見せたらどうだ。貴様の存在は最初から露見しておるぞ」
レイは姿の見えない何者かに対し、牽制球を投げた。効果はすぐに見られ、今しがた二人が通った抜け道からそれは姿を現した。世槞はレイの背後からその姿を覗き見て、「あッ」と声をあげた。
「スピーロトゥスじゃん!!」
長い栗毛色の髪を埃まみれにさせ、白いエプロンは黒ずみ、初めて見た時とは見た目の整い方からずいぶんと掛け離れていた。世槞が指をさして名を呼んだため、レイは「知り合いか?」と訊ねた。
「イエ、そいつヒェルカナ党員です」
「では殺すか」
即答すると同時にレイは鞘から剣を引き抜いた。スピーロトゥスは両手を頭上に掲げ、敵対心が無いことを最大限にアピールをする。
「ちょっ……と待ってください……っっ。判断早すぎやしませんかァァ」
「なにゆえ待たねばならん?」
「見てくださいよ、わたくし、女の子ですヨッ??」
「敵であるならたとえ女子供老人であれ我は容赦せん」
「ヒッ……ダメだわ、この人……冗談とか情けとか通用しないタイプの人だわ……」
「ようわかっておるではないか。それに、貴様はただのか弱き乙女ではあるまい?」
レイはスピーロトゥスの正体に気づいていたようだ。剣を振り上げ、スピーロトゥスに力を使わす前に仕留める準備を整えた。
「大人しくあの世へ行くがよい」
「セシル様ぁぁぁあああなんとか言ってくださいよおおおおお」
「――セシル?」
レイがぴくりと反応をする。背後に隠れる赤髪の少女がその名で呼ばれたような気がした。
「……私の名前、世槞だっつってんだろ。変態女」
誤った名を呼ばれた当人は低く唸った。
「アッ! 大変ッッ申し訳ございませんんん!! せっかくわたくしの名前を覚えて頂けてましたのに!」
「レイ様、どうぞ殺しちゃってください」
「いや、だから待てって言ってんじゃん!! わたくし、行くところなくて困ってるんですよーっっ」
「あの世へ行けば?」
「そういう冗談は要らないっす!」
「冗談だとおもう?」
世槞はレイの後ろに隠れながら、半ば笑いつつスピーロトゥスをからかった。レイは二人のやり取りをしばし静観したあと、振り上げた剣を鞘におさめた。
「レイ様、殺さなくていいんですか?」
「殺意も敵対心も感ぜられぬただの阿呆(あほう)のようだしの。放っておいても何もできはしまい」
「それ間違いないですね」
スピーロトゥスは胸を撫でおろし、自身の足元にある影に話しかけている。内容は漏れても大した問題とならない他愛のないものだ。レイと世槞に向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「数日前……ユモラルードが陥落したあと、セルさんの行方が気になって追いかけたんです。尾行するつもりなんてなかったんですけど、まさかグランドティアの若き総司令官のスキャンダラスな場面に遭遇することになるとは思ってもみなくて……!! 思わず観察してしまいました」
スピーロトゥスは砦内におけるレイと世槞のやり取りの顛末を全て見たという。世槞はあからさまに嫌な顔をした。
「スキャンダラスって……別に、レイ様は私のこと助けてくださってるだけだし……。失礼だろ、死んで詫びろ」
「死にたくないっす!!」
食い気味に凄まれ、世槞は吹き出した。そういえばこの女はロキに見放されていた。世槞に殺されないのであれば、どこかで死ねとも言われていた。居場所がないのは事実だろう。
世槞がスピーロトゥスの顔をまじまじと見つめながらほくそ笑んでいる様子を見て、レイは考えを読み取った。
「貴様、スピーロトゥス、と言ったな?」
「ハイ!! スピーロトゥス=グロリアっす!! 鉱石を司るシャド……」
「貴様に選択肢を与えようぞ。働きの功績によってはグランドティアに置いてやらんこともない」
「まっ、まじっすかぁぁ!! わたくしにできることなら、全力でやらせて頂きますよ!!」
世槞はニヤニヤと目を細めたまま、レイに小声で耳打ちする。
「大丈夫なんですか? レイ様」
「怪しい真似をするようなら即刻斬り捨てればよいだけ。それに、あの小娘を助けるよう我に求めたのはおぬしであろうが」
「え? 私がですか?」
世槞はきょとんとしてみせる。レイは目を逸らし、やれやれと息を吐いた。
「この我を思うように使うとは、末恐ろしいやつぞ」
世槞は新たに得た奇妙な仲間を加えた三人で港町オトラントへ移動し、停泊しているグランドティアの戦艦に乗艦した。港町シーサイドにあったものと同じものらしい。そのあまりの規模の大きさと、レイの姿が見えた途端に一列に並んで頭を下げる騎士たちの姿を見て世槞は感嘆の声をあげる。改めて身分の違いを再確認し、こんな自分の身勝手な行動に付き合わされている騎士たちに対して申し訳なくなった。
世槞は戦艦というものを体験するのが初めてであり、物珍しく艦内を探索した。中には百を越える寝室、食堂、風呂、トイレ、図書室、武器庫等が完備されている。海上戦用の大砲も発見し、少々興奮気味だ。だが地下貨物室だけには行くなとレイに止められた。
食堂ではディーズ騎士長と再会をした。世槞は深々と頭をさげたあと、照れ臭そうに笑った。厨房からは賑やかなおばさんの声が聞こえた。おそらくコックだ。
世槞はひとしきり艦内を見回ったあと、与えられた個室の前までレイに連れていかれた。
「長旅となる。ここで鋭気を養うがよい」
「ありがとうございます!! 少し疲れたので、早速ですが休ませて頂きます。船酔いしなきゃいいけど……へへへ」
世槞はここでも深く頭を下げた。レイは垂れた頭に手を軽く置き、ぽんぽんと撫でた。世槞はそのとき、いつの間にか手を離されていたことを思い出した。
レイは意味ありげに笑ってみせた。
「手を握ってもらわねば寝れぬというなら、期待に応えてやらんこともないが」
「結構です! 私、子どもじゃありませんから」
世槞はぴしゃりと片手の平を見せたあと、お礼を述べた。はいはいと頷いて立ち去るレイを呼び止め、それでも聞くべきか悩み、言葉に詰まりながら最後の質問をした。
「ルゥは……元気にしてますか?」
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