07.ディナー後の事件

 自室へ戻るとルームメイトであるルゥはまだ戻っていなかった。世槞はベッドの隣にあるクローゼットへ向かい、扉を開く。そこにはクリーム色の布にくるまれた白銀の剣がある。隠すようにここに置いているのはガレシアの提案である。ユモラルードでは、軍人ではない一般人――それも女子供が武器を携帯していると悪目立ちをするためだと言われた。他に、白銀の剣が市販ではないオーダーメイド製であることも関係しているように思えた。

 世槞は布を解き、剣を持つ。ずっしりと重いそれは両手で支えないとすぐに落ちてしまう。これを軽々しく振るうことが難しく思える。自分は特殊な人種であるため一般人と比較できないほど力はあるほうなのだが、この剣だけはその原理にあてはまらない。


「ほんっと、キレイ……。真っ白いのに、全く汚れが付着しない。私の指紋すらも」


 固く閉じられた鞘は鏡のように映るもの全てを反射する。世槞はそこに映り込む自分の顔を見て、ガレシアがいう半身というものを思い浮かべた。


「紫遠……必ず、会いに行くから。そして二人で逃げだそう。クロウが滅びる前に」


 失うとその大切さが身に染みてわかるものだ。世槞は熱くなる目頭を押さえ、剣を再び布で覆い隠した。


《世界の滅びを予測している第三者がいるとは驚きでした》


 遠慮がちに足元から声がかかる。世槞は涙を拭い、鼻をすすった。


「そうだね、羅洛緋。でも理由を聞いて納得したわ。ガレシア教授は、“隕石が落下する原因となった事象を知らない”」

《つまり、世界の傾き》


 世槞は頷く。


「ガレシア教授はクロウが滅びに向かっているから世界中で異変が起きていると考えている。でも本当は違って、クロウの人間たちのせいで――世界は傾き、滅びるんだ。人間が影人化し、更に獣と融合することで更ひ凶悪な存在が生まれる。……そこで疑問なんだけど、クロウには世界の傾きを修正するシャドウ・コンダクターはいないの? そんなはずないよね? だって、羅洛緋はこの世界で生まれたって言ってたし」

《いる……はずですよ。確証はありません。なにぶん私はクロウの歴史の中でも昔の生まれですので》

「はぁー、役立たず」

《いたとしても表立って活躍ができないのでしょう。クロウには、惑星アースにおけるシャドウ・システムのような団体がありませんから》

「第三者から余計な記憶を消したり改竄してくれる便利システムね」

《ええ。クロウでもし影人を始末すれば、それは第三者から見ればただの殺人です。影人が世界を滅ぼす原因となっていることなど、知りもしない》

「説明してもわかんないだろーしね。下手すれば殺人罪で投獄されて公開処刑か~ヤだな~。あ、でもシャドウ・コンダクターなら余裕で脱獄できるじゃん。その程度の力はある」

「できますが、この先一生の生涯を指名手配で終えることとなるでしょうね。人が住むところへは行けず、一人寂しく畑を耕し、家畜など育てて生きることとなるでしょう」

「……。つら! 世捨て人ルートかよ。そりゃあクロウのコンダクターさんたちは世界の滅亡を黙って見てることしかできないね」

《なので惑星アースにおけるシャドウ・システムの役割は、とても重要なのですよ》

「よく理解できた……」


 文明においても、世界救済システムにおいても、この世界は劣っている。世槞は無性に息苦しさを感じ、大きく息を吸い込んだ。


「セ、ル!」


 用事を終えたルゥが世槞を夕食へと誘うために部屋へ戻ってくる。時刻は夕方。空がオレンジ色に染まり、腹の虫がうるさくなる頃だった。


「今晩は学食じゃなくて、外でディナーしましょ!」


 ルゥの提案に世槞は乗り気ではない。


「えぇ……だって、前行ったランチのレストラン……虫が料理で出てきたんだけど」

「虫って? コロノセファルス・レックスのこと?」

「それー! それー! やたら長い名前で最高に気持ち悪いやつー!」

「えー。あれ美容にいいのよ? そりゃ確かに気持ち悪いけど、慣れたら案外……」

「慣れない」

「じゃあセルはどうやってこの白くてモチモチの肌をキープするつもり?」

「めっちゃ効果抜群の高級化粧品使う」

「そんなの無いわよーきゃはは」


 あるもん。私の世界では。世槞はそう言いかけてグッと堪えた。


「まぁまぁ。前回の世槞の反応でわかってるから、今日は虫とか出ないとこ紹介するわよ」


 世槞は頷きたくないが、このまま学食へ行ってはルゥの機嫌が悪くなることが目に見えていたため、仕方なく従った。不安はレストランへ着いてみると吹き飛んだ。ガラス窓から覗く店内に並べられた料理は、パスタやピザに似たものがあり、トッピングに虫は見つけられなかった。


「ルゥやるじゃん。とっても美味しそう」


 ルゥを見やると、とても誇らしげに笑っていた。


「そーいえばセルの弟くんってどんな子?」


 出された料理をつまみながら、ルゥは思い出したように訊ねた。世槞は改めて紫遠のことを分析する。


「一言で言えば……嫌味なやつ……かなぁ」

「えっ。生意気系男子かー」

「超生意気だよ。私がお姉ちゃんなのにいっつも小馬鹿にしてくるし」

「ふっふー。なんだか可愛い感じね。顔はどんな感じ? 私のイメージとしては童顔でツンツンしてる感じ!」

「顔は簡単よ」


 世槞は自分の顔を指差す。


「この顔」

「ん? 似てるってこと?」

「似てるってか……同じ? 双子だから」


 ルゥは感嘆の声をあげた。


「まあ! それ本当?! じゃあ弟くん、超美形じゃない!」

「何故そうなるの」

「だってセルがすでに美形だもん。同じ顔なら、確定事項で超美形じゃん!! 童顔じゃなくて、大人顔への成長途中って感じね!」

「超が追加されてますけど」

「いいなー会いたいなー。会わせなさいよー」

「だから探してるんだって」

「そうだったぁ。残念。早く見つかるといいね」

「うん」

「見つかったらすぐに紹介して!」

「……レイ様は?」

「雲の上のようなお人よ? 私なんかが届くわけないじゃーん」

「確かに」

「ひどっ」


 ルゥが笑い、世槞も釣られて笑う。この世界で世槞が笑っていられるのは、この娘のおかげだ。それがよくわかっていたから、クロウが滅亡する事実は悲しかった。


 事件はその後起きる。世槞とルゥが連れ立って宿舎へ戻ると、部屋が荒らされていた。扉の鍵も窓の鍵も閉めていたが、窓ガラスが割られていた。悲鳴をあげるルゥの隣りで、世槞は部屋から持ち出されたものをすぐに把握した。


「……剣が無い」


 呟くと、ルゥは大きく口を開けるも何も言えないようだった。


「衛兵を……呼びましょ」


 騒ぎを聞きつけて宿舎が騒がしくなる。ルゥが至極真っ当な判断をしている中、世槞はゆっくりと、しかし確実に思考を巡らせていた。


(剣以外が盗まれていない。つまり剣を狙った犯行だ。剣の存在を知っている者は? もとい、剣の価値を知っている者は?)


 ガレシア教授ではない。彼に対する信頼は、この二週間で十分すぎるくらい培った。なら、あとは――。


(私とルゥが町へ出ている間に盗まれた。宿舎にいないことを知っているのは、出る時に擦れ違った学園関係者と、町の人々)


 記憶が巻き戻る。犯人を求める公式が完成し、あとは根拠を当てはめていくだけ。


「そういえば学園を猛スピードで出ていく黒い人影を見たわ」


 野次馬たちの一人が言う。


「体格からして男だったとおもう」


 それだけを聞き、世槞は窓枠に足をかけて外へ飛び出した。名前を呼んで引き止める声が、耳には届かなかった。

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