:クロウは滅びる

 ルゥとガレシア教授に助けられ、王立学校――聖デルア学園に入学してから二週間が経った。この一週間で世槞はユモラルード王国と、惑星クロウについて勉強ができるだけ勉強をした。天文学を専門とするガレシア教授についているため専攻は天文学だが、惑星アースの高等学校で英語や数学をさせられていた頃より興味深かったため、授業は苦ではなかった。学園生活や食べ物にも慣れ、クロウのこともある程度知り、着々と、次なる行動への機会を世槞はうかがっていた。

 脱走事件に関しては、世槞の代わりにガレシア教授がお咎めを受けているようだった。身寄りのない世槞をデルア学園へ入学させるにあたる保証人となっていたので、国からの文句と忠告は全てガレシア教授へと流れていたのだ。世槞にはそれがとても申し訳なかった。


「気にしなくていいんですよ」


 部屋を訪問して謝罪をすると、ガレシア教授はそう言った。


「むしろセルさんのお陰であの軍神レイ様とお知り合いになれましてね」

「えっ……なぜ」

「お礼を言いにこられたんですよ。律儀な方です」

「う、うん……ですから、なぜ」

「要はフォローをしに来てくださったんですよね。セルさんの脱走事件を引き金として世間に漏れた国の防衛力の低さ、怠慢。そこを徹底的に追求することができたと、レイ様はとてもご満足しておられました。その要因たるセルさんの面倒を見ていること、そのせいで国に怒られていること――ありがとうと、すまないと」

「んんー、なんと反応をすれば」

「誇らしく思えばよいのではありませんか? あなたのおかげでユモラルードの守りが強化されたのですから」

「はあ……まあ、そう思わせて頂きますか」

「それがよろしい」


 書きかけの論文へと目を落としかけたガレシア教授は、思い出したように訊ねる。


「そういえばセルさん、あの剣についてお聞きしてもよいですか?」


 あの剣とは、世槞が紫遠から託された――抜けない剣のことである。持って歩くとなにかと目立つため、今は部屋のクローゼットの中に大切に保管している。


「……。ええ」


 あからさまに世槞の態度が変わったため、ガレシア教授は慎重に言葉を選ぶ。


「あの剣の主人は、セルさんですか?」

「……主人?」

「ええ。見たところどこでも販売されているような量産型でなさそうなので。きっと誰かのために作られたオーダーメイドなのでしょう。なのでそう聞いたのです」

「いや……違いますけど……かと言って主人なんて……誰かも検討つかないです」


 世槞は脳に弟の顔を浮かべ、ブンブンと頭を振った。


「だって、そんなわけないし……あいつも、知らないって言ってたし……」

「あいつとは? 双子の弟さんですか? セルさんが脱走をする理由となった――」


 世槞は頷く。


「そうですか。双子とは半身を分け与えたもう一人の自分であると聞きます。自分を失うのは辛いですね」

「弟は生きてますから」


 世槞はムッとしてすぐに反論をする。ガレシアは興味深そうに世槞の反応を探った。


「そう思いたいだけですか? それとも確固たる根拠があるのですか?」

「根拠ならありますよ」


 世槞は片手の平を胸の心臓部にあてる。


「魂が全然痛くならない。それは、半身を失っていない証拠でしょ?」


 笑われてもおかしくない理由だったが、ガレシアは真面目に頷く。


「確かに。ですが、弟さんが現在どんな状況に置かれているかまではわかりませんね?」

「……そうですね。だから私はこの世界のことを勉強して、弟を探しに行くんです」

「では、早くしないといけませんね。何故なら、クロウは――そう長くは保たないですから」


 辺りの空気がぴたりと止まる。ガレシアが当然のように呟いた言葉をうまく飲み込めず、世槞は返事ができない。


「私は天文学者といったでしょう?」

「はい」

「星をよく見ます。そしてこの十数年の間に気づいたことがあるのです――クロウは、滅びます」


 押し黙ったままの世槞の様子を観察し、ガレシアはほくそ笑む。


「……ほほ、やはり気づいておったかね」

「はい」

「だから弟さんを探し出すことをそんなに急いておられる」

「はい」

「さきほど驚かれたのも、滅びると言われたせいではない。“何故一介の教授がそれを知っているのか”について驚かれたのですよね」

「……はい」

「セルさんは普段、おそらくですが勉強熱心な方ではないでしょう」


 世槞は恥ずかしげに頷く。


「ですが貴女が当学園に入学してからというものの、とても真面目に勉学に励んでおられる。しかも、専攻しているはずの天文学ではなく世界情勢と地理について」


 世槞は無言で頷く。


「セルさんは事故に遭ってから記憶が抜けているとおっしゃっていた。でも違うでしょう。本当は、“この世界のことなど、始めから何も知らない”」


 世槞はもはや頷かない。じっとガレシアの目を見つめている。


「セルさん、貴女が滅びに向かうクロウを救いにきた神の使者なのか、それとも滅びを告げにきた悪魔の使者なのかはわかりません。どちらにせよ必ず意味はあると私は考えています」


 ガレシアは立ち上がって移動式の黒板をずるずると引っ張り、白いチョークで中央に円を描く。世槞は次々と描かれてゆく滅びのシナリオを静かに見守る。


「まず、これが惑星クロウです。ここに隕石が向かっていると以前、お伝えしましたね? それも数十個あると予想しています。私の計算では、最初の一つがあと一年以内に落下します。隕石が落ちるとクロウはどうなるかわかりますか?」

「氷河期になります」

「それも一つの説ですが、水蒸気やチリ等によって太陽光が遮断され、気温が急激に下がるのは確かでしょう。そして今のクロウの文明レベルでは気温の変化を乗り越えられない」

「それを王に知らせないのですか? あと一年でこの世界は……終わるんでしょ」


 ガレシアは笑う。


「すでにお伝えしましたが、世迷事を申すなとお叱りを受けました。ユモラルードは学問を重んじる国家ですが、世界の滅亡は受け入れられない禁事なのですよ」

「まぁ……そもそも信じられないですもんね……」

「とはいえ、民に知らせると混乱を招きますからね。学生たちにも秘密にしております」

「そのほうがいいです」


 世槞は小さく唸り、首を掻く。わかってはいたことだったが、こんなに終わりが早いとは考えていなかったのだ。


「セルさん」


 部屋を出ていこうとするセルを呼び止め、ガレシアは最後に一つだけ問う。


「貴女はどうやって世界の滅びを知りましたか?」


 世槞は苦笑しながら答えた。


「勘……っすね」

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