06.聖デルア学園 :出会い

◇◆


 国外でスマートフォンと紫遠から託された剣を取り戻した世槞は、行く場所もクロウで生きていく術(すべ)もなく、仕方なくユモラルード王国へ戻っていた。戻ればなんとかなると考えていたわけではない。名前以外の個人情報が無く、世槞自身の存在を証明するもの――戸籍等――が無い状態でどうすれば衣食住を確保できるのか、世槞はしばらく途方に暮れていた。

 時間帯は早朝だ。電気が発明されていないこの国の人々の生活開始時間は早く、日の出とともに始まる。井戸の水汲みをしている主婦の姿を眺めながら世槞は、あぁ自分は本当に違う世界へ来てしまったんだなぁと改めて実感した。


「お腹減った……」


 そういえばこの世界へ来てから何も食べていない。だが物を買うお金も無いし、またそれが口に合うのかもわからない。

 世槞は泣きわめくお腹の虫を抑え、ふらふらと歩いていた。町人に目をつけられたのは、その直後だ。


「そこの赤い髪のお嬢さん! 良いものを持ってるね」


 開店の準備を始めていた男性が、世槞が背負っている剣を指差した。世槞は瞬間的に顔をひきつらせる。


「何が?」

「その剣だよ! 輝いてる。こんなに美しいものは見たことないなぁ~。是非とも売ってもらいたいのだけど」


 男性の店の中をちらりと覗くと、店内には種々様々な骨董品が置かれていた。武具もいくつかある。おそらく質屋みたいなものだろう。


「すみません、売れないです。代わりにこれとかどーですか?」


 世槞はスマートフォンを差し出した。質屋の主人は不思議そうにそれを眺め、首を振った。


「用途のわからん鉄の塊なんかゴミ同然だよ。行った、行った!」


 剣を売ってくれぬのなら用は無しと言わんばかりに手をひらひらとさせて追い払われ、失敬しちゃうな、と世槞は不服そうに質屋から離れた。


「あのおっさん、これが時代を変えてしまうほどの文明の利器だってことを知らねーな。カワイソーなやつ」


 だがお金にならなければ確かにこの世界ではゴミ同然かもしれない。世槞は溜め息をつき、遠くに輝く王宮を眺めた。


「職探し……しないとダメなのかな……。私まだ十五歳なのに……」

《惑星アースの現代でも、貧しい国では幼い頃から働かされていますよ》

「幼い頃から恵まれた日本人である私にはムリー」


 下僕に憎らしく反論するも、現在お金を必要としている事実は変わらず、やはり世槞は途方に暮れた。


「今の私に何ができるかな? あるのは力だ。この国のやつらより強い自信がある。騎士に志願しようかなぁ。女だから駄目かなぁ」

《女性騎士はいますよ。しかし世槞様にはやはり信用がありませんから、国を守る重要な仕事などもらえないでしょう》

「でしょーねー。生活保護とか受給できないかな?」

《たとえそのようなシステムがあったとしても、間違いなく世槞様は対象者からは外されるでしょう》

「世知辛い世の中じゃ。あー……泥棒でもすっかなぁ……」

《堕ちましたね》

「冗談よ! さすがにそんなことしちゃったら紫遠に合わす顔がない」

《安心いたしました》

「ちったぁ信用しろよ! 私のこと」


 そう言ったものの、極限の状態まで追いやられれば自分が一体どんな行動を起こすかわからない。世槞は自身の尊厳を守るため、無礼を承知の上で王宮の門を叩いた。


《国を……いえ、国王を頼るのですか?》

「もしかしたら私を哀れんでお金くれるかも。ほら、私、喰われてた事実あるじゃん? 実際、今も王宮の患者着のままだし。あのとき助けてくれたってことは、今回も助けてくれるかも」

《……あのとき助けてくださったのは、この国の者ではないですよ……》


 羅洛緋の心配の声をよそに、世槞は構わず門を叩き続けた。反応がなかなか見られなかったが、中から人の足音が聞こえたため、世槞は少し緊張しながら開門を待った。そのとき右手を誰かに掴まれ、世槞は反射的に振り払っていた。


「きゃっ?!」


 払った力が思いのほか強かったらしく、どさりと倒れた少女を見下ろし世槞は驚いていた。


「え? 女の子……! ご、ごめんなさい……」

「痛ぁい……。じゃなくて! アナタ、ここにいちゃいけないわよ! 私と一緒にこっち来て!!」


 尻餅をついた少女はすかさず立ち上がり、世槞の右手を再び掴んで門から離れた。

 ふわふわとした長い髪が眼前で揺れる。この見知らぬ少女は世槞を王宮から少し離れた場所にある建物まで連れていった。そこはとても大きくて広い、なにかの施設だった。


「よーし、ここまでくれば大丈夫ね!」


 少女は一仕事終えたとばかりにすっきりとした表情で、満足そうに笑った。世槞にはまったく話が見えていない。


「誰ですか」


 疑問はたくさんあるが、まず一番始めに解消したいものはそれだ。


「私? 私はルゥ=ローズレットよ!」


 わかってはいたが勢いよく提示された異国の名を受け、世槞は自分も名乗るべきかどうか迷った。


「私、王様に用があったんですけど」

「見てたらわかったわ。でも今それをするのは得策じゃないわー」

「どうして?」

「だってあなた、国のお尋ね者になってるもの」

「……はっ?」


 つまり指名手配のようなものか。世槞は意味がわからず、押し黙った。


「まぁ国全体というか、王宮のね。あなた、昨晩、王宮から脱走したでしょー」

「脱走?! ……した、かな」


 指摘され、身に覚えがあったため世槞は顔を青くする。


「昨晩から王宮は大騒ぎよ。赤い髪の怪我人が逃げだしたって。門番二人が止められなかったって!」

「あわ……」

「どっちかっていうと王宮の管理の問題のほうが問われてるけど、今あなたが戻ってしまったら、国家の安全を脅かした極悪人に仕立てあげられて投獄されるわよお」

「投獄!」

「国のお偉い方々は、民の目を防衛力の欠落から脱走犯に向けさせたいのよ」

「ええ……」

「仮にそうなったとしても、今ならきっとレイ様が助けてくださるから心配は無いでしょうけど……ユモラルード王国からは永久追放になっちゃうわ」

「恐い」

「処刑されないだけマシね! いってもユモラルードは比較的優しい国だから」


 恐ろしい言葉を並べながらも、少女はニコニコと笑っている。世槞は現実感がなく、笑顔をつくれない。


「じゃあ、助けてくれたんですね……ありがとうございます」

「興味もあったし」

「はあ」

「私見たのよ。グランドティア軍の方々が、血だらけの女の子の死体を王宮へ運び入れてたのを」

「死体……」

「でも生きてたのよね、あの状態で。噂で聞いて私ビックリして。しかも4日後に脱走、更にその日のうちに戻ってくるとか……おまけに物騒な武器まで背負っちゃってさ、クセが強すぎでしょ、あなた」

「はい、すいません」

「謝らないで! 私はあなたと友達になりたいの」

「この流れで?」


 少女は声をあげて笑う。笑い声に導かれるようにして物陰より現れた初老の男性が、警戒を示す世槞を見てにっこりと微笑む。


「安心しなされ。ここは聖(セント)デルア学園――王立学校です。国王ですら手出しできない神聖な場所ですよ。完全寮制なので、我が校の生徒となれば衣食住は保障されます。……お嬢さん、貴女、まさに今、お困りなのではありませんか?」


 まるで全てお見通しというように男性は微笑む。世槞は図星を言い当てられ、ううんと唸った。


「困って……ます。私、この国の人間じゃないから……住むところも、食べるものも、着る服も、お金も……なにもない、です」


 正直に告白をしてみると、少女の顔はみるみるうちに同情を含みはじめる。


「あなたの国はどこなの?」

「……わからない」


 問われ、どう答えてよいかわからず、世槞は首を振る。結果としてその選択が功を奏したようで、哀れな迷い子を助けたいという相手の気持ちを刺激したようだった。


「決めた! この子を私のルームメイトにするわ。ねっ、いいでしょ? ガレシア先生!」


 ガレシアと呼ばれた初老の男性は、始めからわかっていたように頷いた。


「歓迎しますよ。私もお嬢さんには興味ありますし、ルゥに友ができることにも歓迎です」

「やった! ねぇあなた、今日から聖デルア学園の生徒になるのよ。もうなにも困らないわ」


 突然の申し出を受けて世槞はありがたいと感じつつも、違和感を覚えていた。ガレシアはそれを察知し、説明を追加した。


「実を言いますとね、貴女を助けに行きなさいとルゥに命じたのは私なんです。貴女のね、その高い身体能力に興味があった」


 世槞は、なるほど、と理解した。


「私はデルア学園で天文学を教えています。最近、この惑星クロウに接近する不穏な気配を発見しまして……隕石なのですがね、直結がおよそ一キロメートルもありそうなんですよ。それを発見した日からおかしな出来事が起こりはじめたと感じております。人間の突然なる変貌、動物の怪物化――しばらく世界中で起きる異変に注意を向けていましたら、貴女が現れたのです。人間の手足を持った謎の肉食怪物に食い殺されたと聞いていたはずの少女が、どこも欠損することなく見事な回復を遂げたと。この奇跡はまさに、この世界を救わんために神が遣わした使者であると――」

「突飛すぎやしませんか」


 話すうちにどんどんと熱く語りはじめたガレシアを世槞はぴしゃりと止めた。呆気にとられるガレシアを見てルゥは再び笑い声をあげた。


「暴走したガレシア先生を止める人がいるなんて! あなたやっぱり面白ーい」


 笑うルゥと頭をかくガレシアをよそに世槞は考えていた。


(隕石の接近による、世界規模での変化? それに、人間の突然なる変貌って……)


 思い当たる節があった。

 考えこむ世槞の姿に別の意味を読み取ったルゥは両手をパン、パンと二回鳴らし、話を次の段階へと進める。


「さぁ、部屋へ案内するわ。デルアの制服にも着替えなくちゃ。あ、返事は聞かないのかって顔してるわね。もちろんオーケーなんでしょ? だって学生になることを拒否したら、途端に浮浪者になっちゃうか投獄されちゃうんですもの」


 全くその通りです。世槞はルゥという少女のペースに乗せられているとわかっていながらも、こうするしかないと判断していた。自身を優遇してくれている理由に多少の不安を感じつつも。


「そういえばあなた、名前を全然教えてくれないじゃない。私は真っ先に名乗ったのに」


 長くて広い廊下を歩きながら、ルゥが頬を膨らませながら不満を漏らす。世槞は物珍しげな目で宿舎を凝視することを一旦止め、「ああ」と思い出す。


「梨椎世槞です」

「リシイ=セル? リシイちゃん? 変な名前ー」

「あっ……間違えた。セル=リシイです」

「きゃは。普通、自分の名前間違える? セルちゃんかぁー。それでもやっぱり変だけど!」

「私からしたらあんたらも変ですけど」

「え?」

「なんでもないです」

「歳は? あたし15歳。今年16歳になるのー!」

「は……まさかの……同い年です」

「うっそ、タメかぁ。嬉しい! あ、敬語も止めてよね。私たちはもう友達なんだから!」

「……友達」


 友達とはそう簡単になるものだったのか。世槞は珍しく友達について考えた。惑星アースで生活していた頃の友達は、出会ってしばらくしたら自然とそういう関係になっているものだったが、今のはまるで宣言してから友達になるみたいだ。


「ま、時代も国も違うし……」

「なにブツブツ言ってんの?」

「ブツブツ言うのが癖なのよ」

「おもしろーい」


 先程から珍しい動物を見るような目で見られている。でも深くまでは追求してこない。世槞はまだこの世界の人間を見極められずにいた。


「そーだ!! 一番聞きたいことがあったの!! セル、レイ様のお姿を間近で見たのよね?!」


 目を最大にまで見開き、キラキラと輝く瞳でルゥはこちらを見る。


「さっきからそのレイ様って……誰」

「はぁ?!!!」


 一転してルゥは信じられないと首を振り、軽蔑の眼差しすら向けた。世槞は自分の発言がいかに愚かであったのかを知り、できたばかりの友達に申し訳なさげに弁明をした。もちろんデタラメの。


「ごめんなさい。事故のショックで記憶障害が起きてるみたいで……知っていたことを忘れてしまったの」

「……そうなんだ……逆にごめんね。大変ね、セルも。えっとねー、レイ様はセルを助けてくれた軍隊を率いてた人よ。グランドティアっていう軍事国家の一番偉い人で」

「国で一番偉い人は王様じゃないの?」

「もちろんグランドティア王が一番偉いわ。でもね、レイ様は数々の戦いでパーフェクトな成績を叩き出してきた人で、グランドティア王国の平和はレイ様がもたらせているようなものなの。そんなレイ様がいなくなってしまったらグランドティアは一気に弱体化してすぐに他国の侵略を受けてしまうわ。だから国王様も誰もレイ様に逆らえないの」

「……実質的な権力者かぁ」

「そんな言い方すると悪く聞こえるけど、レイ様の評判はすごくいいのよー。国民想いだって。おまけにあの見た目でしょ? 好きにならない女性はいないわ!」

「あの見た目って……見たことあるの?」

「ない!」

「…………」

「だってユモラルードは平和だもの。中立国家でもあるし戦争なんてしないから、レイ様がこの地へ来る必要なかったしね」


 だが世界情勢は変わり、ユモラルードはグランドティアの後ろ盾を欲しがった。これも一つの迎撃手段なのだろう。

 世槞はレイ様という人が誰であるかなんとなく理解をした。

 

「レイ様……確かに見た。でも意識が朦朧としてたから、はっきりとは……」

「どうだった?! 噂通りの美形だった?!」


 鼻息が荒くなっているルゥは世槞に話しを聞いているようで聞いていない。世槞は朧気な記憶の中にある青髪の青年を思い浮かべた。美しい庭、美しい空、美しい男性――


「あー……超絶美形……」

「キャー!! やっぱりー?!」

「……だったかも。たぶん」

「キャー!!」


 ルゥは自分にとって都合のよい部分しか聞こえていないようだった。世槞はそれでいいかと思った。



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