05.めずらしい名前


 その日は予定が大幅に狂い、帰りが遅くなった。何故かというとグランドティア総司令官のレイ=シャインシェザーとその他ユモラルードの騎士数名と連れ立って、城壁の安全確認に参加させられたからだ。しかも証人という立場だったので色々と事情聴取を受け、結局、帰宅したのは午前0時を回っていた。


「そういえばまだおぬしの名を聞いておらんかったな」


 保身のため当てずっぽうで答えた“泥棒の穴”が奇跡的に真実であったため、二度目の叱責――無断で危険な国外へ出たため――は免れなかったが、当日中の保釈は叶った。

 逃げるように宿舎へ戻ろうとした世槞を総司令官が捕まえ、名を訊ねた。


「いえいえ、こんな平民ごときとレイ様が交流を持つことなど今後有り得ませんから私の名前なんて聞く必要ございませんよ~。お耳汚しにもなりますし」


 世槞は普段通り調子よくへりくだる。その場から一秒でも早く離れるには相手をいかに立てて満足させ、目の前の出来事を見えなくさせるか、だ。唯一の個人情報となった本名さえ伏せておけば、いくらでも偽ることができる。――そんな下心もあった。しかし相手が悪く、クロウにおいてその常套手段は通用しない。


「なんぞ、聞かれては困る理由でもあるのか」

「世槞梨椎です!! よろしくお願いいたします!!」


 レイが怪しんでみせれば世槞は謙遜と下心を捨てて即座に答えた。その反応を見てレイは吹きだしそうになった口を押さえ、頷く。


「セル=リシイ……な。なんとも珍妙な名であるな」

「ああ……そうでしょうとも。すでに学園の人たちから言われてるし」

「なに?」

「あ、いえ。私の名前、とっても珍しいんです。よく言われます」


 ――この世界では。


 世槞はその言葉を飲み込み、無理やりに笑ってみせた。


「では、セルの弟の名も珍しいのか?」

「……え?」


 予想していなかった問い掛けに、世槞は素っ頓狂な声をあげた。


「聞かせよ。弟の名も、な」

「……なんで、ですか」

「珍しい名なら、我も見つけやすかろう」


 レイは言う。世槞の弟と思しき少年を発見したら、すぐにここへ連れてくると。


「でも……ご迷惑では。ただでさえ、私は度重なる無礼と面倒事を起こして……」

「言ったであろう。結果論ではあるが、おぬしの働きによってこの国は安全性の崩壊に気づくことができた。これはユモラルードが何十年かけても成し得なかった功績ぞ」


 褒められることを知らない世槞は、全身に嬉しいむず痒さを感じる。


「じゃあ、あの……総司令官様のお言葉に甘えて……」


 世槞は言う。この世界にきて初めて、他人に弟の名を。


「紫遠梨椎……です」



 夜道は危ないからと、レイに命じられたグランドティアの騎士が世槞を宿舎まで送り届けた。その出入り口で騎士にお礼を言ってわかれたあと、中庭で世槞は視線を落とし、自身の下僕に話しかけた。


「レイ様って存外、面倒見のよい人だよな~。私のこと助けてくれたり」

《加えて美形です》

「あっ、お前がそれ言う? つーか、お前に人間の美醜とか区別つくんだねぇ」

《シャドウをなんだと思っているのですか。我々にも物事を美しいと感じる心はございますよ》

「あっ、そ」

《世槞様は思わないのですか?》

「レイ様? んー、そりゃあビビるくらいイケメンだと思ってるよー。でもなぁ……同じくイケメンの兄貴を抱えております私ですが、恐いから美醜を感じる余力が無いんです。レイ様におかれましても同じことです」

《レイ様はお恐いですか?》

「恐い!! なんていうか……あれだよ……表現が難しいんだけど……国の命運を一人で全て背負ってるがゆえの強さが最恐というか。人の善悪や発言の真偽を一瞬で見抜いてそうだし、裏切り者や役立たず者は即座に切り捨てそう、物理で。側近ですらミス一つですぐ降格させられそう。言葉一つ一つに大きな意味があって、それに気づくかどうか常にこっちを試しているような……」

《では愁様に似ておられますね》


 下僕に言われ、世槞は、はた、と気がついた。

 愁とは世槞と紫遠の実兄のことである。年齢が十歳離れており、両親のいない双子にとっては親代わりの存在である。


「ほんとだ……。あれか、つまりレイ様はスーパー社会人ってやつだ。仕事バリバリできるし普段恐いけどたまに面倒見のいい上司。部下たちから尊敬されるやつ」


 惑星アース――地球文明のことをそう呼ぶことにした――の役職にあてはめて考えてみると、なんだかしっくりときた。だからといって恐いと感じる事実は変わらない。


「まぁいいじゃない。これで本当に紫遠を見つけてくださったらレイ様に一生お仕えします覚悟ってことで」

《調子いいですね》

「いつものことよ」


 世槞はふふ、と笑い、惑星クロウへ来て初めてできた友人の待つ部屋へ帰った。

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