04.総司令官と二人の娘
式典が終わりを迎え、レイが急ぎ足で控室へ戻ったとき、そこには2人の娘がいた。いや、捕まえられたというべきか。片方はレイの姿を目視するなり甲高い悲鳴をあげ、式典に参加をしていた多くの女性と同じ反応を見せた。もう片方の娘は気まずそうに頭を下げた。赤い髪が垂れ下がり、顔が見えなくなる。
呼び出した娘は一人だけだ。レイが同室にいるディーズを睨むと、「勝手についてきたんです」と小声の返事があった。
レイは一呼吸を置き、赤髪の娘を見下ろす。初めてこの娘に出会ったときは、野獣に襲われてボロ雑巾のようになっており、骨が見えるほど肉を喰いちぎられていた。一目見て死んでいると判断したが、心臓が動いていることに気付き我が目を疑った。王宮医務室へ運び入れてからは回復が目覚ましく、ふっくらとした白い肉が完璧に再生していた。意識も回復し、安心した矢先に脱走事件が発生するわけだが、数日ぶりに再び姿を現した娘はすっかりこの国に馴染んでいるように見えた。ぼさぼさだった赤い髪を整え、前髪は綺麗に切り揃えている。スカートは今時の娘のように短い丈を取り入れているが下着が見えないよう黒いタイツを着用するなどして配慮をしていた。
「急に呼び止めたりして申し訳なかったの。二人とも、聖デルア学園の生徒なのか?」
レイがそう訊ねた理由は、娘二人が見たことのある制服を着用していたためであると同時に、事実確認の意味もこめられていた。
「そーです! そうなんです! 私たち、レイ様に一目お会いしたくて式典に参加したんですぅ! 無礼を承知で申し上げていいですか? あの、あの……噂以上にとってもカッコイイです!!」
身を乗り出して感情を爆発させる友人を、赤髪の娘が顔を青くしながら止めた。
「ルゥ……無礼ってわかってるなら、止めるべきだとおもうの」
「ほう。ぬしは分をわきまえているようだの」
レイは褒めたつもりの発言だったが、赤髪の娘は顔をひきつらせる。嫌みにでも聞こえたのだろうか。
レイは顎に手を当て、どうしたものかと考えた。
「おぬしの名はなんという?」
「ルゥ・ローズレットです!!」
「ルゥか。どうだ、ユモラルードは好きか?」
「もっちろんです!! なんせ生まれ育った国ですから」
「それは良い事だ。我がこの国へ来たのはなにも人気取りにきたわけではないことは……承知してくれるな?」
「はい! ユモラルードと仲良くなって、互いが大変な時は助け合うっていう素晴らしい関係になるためにいらっしゃったのですよね!」
「うむ……まぁ簡単に言えばそうだ。我がグランドティアはユモラルードが古来より育んでおるあらゆる知識と技術を伝授してもらう代わりに軍事力を提供する。互いにとってプラスとなり、成長の妨げも防ぐこととなる建設的な条約よ。ゆえにデルア学園の生徒たる乙女たちの力もいつかは借りたいと願望を抱いておる。ルゥ、その時はそなたにもよろしく頼む」
ルゥと名乗った娘は感極まったように両手を合わせ、まるで神を崇めるかのごとく涙を流して喜んだ。
「え? まさかルゥ嬉しいの? 私はそんなこと言われたらプレッシャーしか感じないけど」
対して赤髪の娘は随分と冷静な反応をしていた。そして目の前にグランドティア総司令官がいることを思いだし、慌てて口を押さえた。
ある程度会話をしたところで目処をつけ、レイはディーズに目配せをする。ディーズは頷き、ルゥを連れて廊下へ出た。
人払いが済んだところで、レイはやれやれと息を吐く。
「我はたまに、子供は大人と違って純粋ゆえに操ることが難しいと感じるわ」
つい出た本音は、本来なら国民には絶対に聞かせてはならないものだ。レイは二人きりとなった部屋で、意味ありげに笑ってみせた。――相手に余計な緊張を与えることを知っていて。
「えっと……レイ、様? 先日はとてもお世話になりました」
赤髪の娘は先ほどのレイの発言を聞かなかったことにして、まず言わねばならないことを伝えた。
「そうだな。怪我はもう良いのか」
「おかげさまで……」
「まぁ王宮から脱走をするくらい元気らしいからの」
「あ……はは……本当に、申し訳ございません」
「ぬしが消えてから王室はちょっとした騒ぎになっていたのだぞ?」
「……すみません……知ってます……」
赤髪の娘は始終、ばつが悪そうな顔をしている。世話になった相手に対し、申し訳なさと恐れを多分に感じているのだろう。おそらく脱走事件に関してはすでに国のほうからこっ酷く叱りつけられているはずだ。
「まぁ、結果論にはなるがユモラルードの防衛力強化について頭の固い軍の上層部の者共が速やかに頷きよったからの、おぬしにはよくやったと言うべきか」
最後にフォローをしてみるがあまり効果は無いようで、娘はやはり気まずそうな空気を消せないでいる。
「……弟には会えたのか?」
「……。いいえ」
娘の表情が変わる。声のトーンも落ちた。
「私が食べられていたとされる場所まで行ってみたのですが、他に弟らしき残骸は見つけられなかったので……希望は、捨てていません」
レイは頷きかけ、はっと気づく。
「おぬし、まさか……城下町のみならず、国外にまで出たというのか……?」
「? はい。……あ」
世槞は悪気なく頷き、瞬間、失言したことに気づいた。
「国門まで突破したというのか? あそこの門番はユモラルード屈指の腕を持つ騎士を二人も配置しているのだぞ? それに門を開けるにも鍵と技が必要ぞ。もしそれが真ならばこれは……防衛力の弱体化どころの騒ぎではない。国内に外国と内通している者の存在、国家転覆を目論む計画が水面下で進んでいる可能性」
「えっ、えっ」
「――最悪の展開を考えなくてはならない。赤髪の娘よ、そなたは真実を話しているのか? それとも考えあっての偽りか? 仮に冗談であっても我の前で言うことではないぞ」
畳みかけるように問い詰めたせいか、娘は顔を青くしている。そんなつもりはなかったがレイは自然と娘を睨むかたちとなっていた。
「泥棒が……」
娘はいそいそと話しはじめる。
「泥棒?」
「はっ、はい。泥棒が外壁に穴を空けて出入りしているのを……見ました。私はそこから国外へ出ました……」
「ほう。それは嘘偽りない話であると我の目を見て誓って言えるのか?」
挙動が不振にはなるが、娘は確かに頷く。レイは答えを聞いたあと、痛むのか額を抑え、背後に倒れ込むようにして椅子に腰掛けた。
「あのー……レイ様?」
しばらくの沈黙があった。
娘の話が真実であった場合、しかし外壁に穴などそう簡単に空けられるわけがない。これは長年かけて掘られたに違いないだろう。その事実に気付かない国の者たち、気付いていてその穴を利用した脱走娘――。一体誰から怒るべきなのか、平和ボケした国をどう叩き直せばよいのか。レイは積もり終わることのないこの国の課題を見上げ、目眩を覚えていた。
「レイ様……帰っていいですか」
「良いわけなかろう」
「ですよね」
赤髪の娘はレイに気付かれぬ程度に舌を打った。
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