第十一便 罠にはめないでっ!
『薬草?』
野良メスの素っ頓狂な声が聴こえる。
『薬草とは、どういうことですか?』
『薬草を届けに来ました』
お兄ちゃんが野良メスにもさっき俺が教えた文を言っているみたい。
『薬草を? あなたが?』
『今頃気付きやがって、ビッチ』
『今はビッチどころではありません。とにかく解放しなさい! あなたのためにも!』
野良メスが怒鳴る向こう。
衛兵たちは、見える限り武器を構えてこっちを囲んでいる。
多分、見えないところもおんなじ。
『姫様!』
『食われてるけど、生きてるみたいだ』
こんな野良メス食わないよっ! お腹壊すわっ!
『薬草だって?』
後ろの方からも声が聴こえる。
『確かに、この箱は?』
『中を見てみるか?』
『うかつに手を出すと食われるぞ』
こっちの出方を待ってるみたい。
「フッフ、降参の意志を示すにはどうすればいいか訊いて」
『おい、ビッ』
「丁寧にね?」
うう。ばれてる。
『お、おい。お、お兄ちゃんが、降参だってのはどうすればいいか、だって』
『降参?』
野良メスは少し躊躇したけど、(多分)お兄ちゃんに向かって、『こうです』と言った。
と、その時、城門が音を立てて開いた。
中から、ちょっと偉そうな装備のおっさんが出て来る。
お兄ちゃんより一回り位上かな。どうでもいいけど。
おっさんは周りの兵たちに、いかにも攻撃を控えろって感じの指示を身振りで出し、それから野良メスを見るとオレに駆け寄った。
『グリシーヌ!』
『お父様!』
野良メスの自称父親がオレの左側の窓をどんどん叩いた。
『あっ! 痛いっ!』
「待ってください」
お兄ちゃんが野良メスのシートベルトのロックを外した。
『拘束具を?』
『はぁ? お兄ちゃんはあんたを拘束してたわけじゃないし。 揺れて怪我しないようにベルトをかけてただけだし』
『え? それでは私の安全のために?』
でも、オレが更に言う前に、お兄ちゃんは運転席側のドアハンドルに手をかけた。
「え?降りるつもり?」
「大丈夫」
お兄ちゃんがゆっくりドアを開ける。
「多分」
「さっきもそれでだめだったじゃん」
「そんな昔のことは忘れたよ」
惚れた!
「あ、さっきのことか。フッフに言われて思い出した」
……まあ、もともと懲りない性格だもんね。
お兄ちゃんが車の前に現れた。
両手を大きく上にあげて。
こういう所作は、異世界でも同じなのかも。
お兄ちゃんは助手席の外、多分おっさんの方を見ながら、ゆっくりとそっち側に回った。
入れ替わりにどうでもいいおっさんが画面に入る。心配そうに助手席側を見ている。
お兄ちゃんの右手がオレのドアノブにかかった。
ドアがゆっくり開く。
あれ?
それって、馭者がお姫様の乗降の際にドアを開けるみたいな感じ?
オレにはしてくれたことないのに!
……無理だけど。
でも、こんな時でもムカつく。
「どうぞ」
だから通じな以下略。
野良メスが車から降りながら何かを言ってたみたいだけど、聴きとれない。
とにかく、ようやく野良メスのケツから解放された。
『お父様!』
野良メスがおっさんに抱き着く姿が映る。
全然感動しない。
野良メスはでも、すぐに顔を上げ、『そうだ、薬草!』と助手席の外、多分お兄ちゃんの方を見た。
おっさんも真顔でそっちを見る。いちいち大げさなんだよ!
雑魚二人とお兄ちゃんが荷台に回った。
『本当だ!』
『薬草? まさか、本当にあなたが?』
二人が言うと、衛兵たちも皆荷台側に回った。
『薬草だ!』
『姫様、ありがとうございます!』
『グリシーヌ姫、万歳!』
はあ?
オレとお兄ちゃんに感謝しろ!
ムカついてたら、お兄ちゃんが運転席に戻って来た。
「お兄ちゃん?大丈夫?」
「うん。とにかく、城内へ、って感じだったから、門の中に入ろう」
「罠じゃない?」
「うーん。一応警戒しながら進んでみよう」
お兄ちゃんの声が緊張で少し低くなる。
「まあ、どのみち、周りをこれだけ囲まれてる状況じゃ逃げようもないからね」
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