第十二便 箱が開かないなんて言わないでっ!

 お兄ちゃんは、おっさんに誘導されて城壁内の中庭にオレを停めた。

 野良メスは、奥から出て来たおばさんに連れられ、建物の中に入って行った。

「あの女! 恩知らずが!」

「疲れてるんだよ。心身ともに」

 お兄ちゃんはあっさりと言うと、エンジンをかけたまま荷台に回って、ラッシングベルトを外す。

「えーと、どこへお持ちすればよろしいでしょうか?」

 お兄ちゃん、これ、仕事じゃないんだから。

 そもそも、そんな丁寧な言い方したって通じないし。

 さっさと取りに来させればいいよ。


 なんて思っているけど、様子がおかしい。

 衛兵の他に、子供や老人が出て来たけど、誰も近づいてこない。明らかにビビった顔でオレたちを遠巻きに見ている。

『魔獣だ』

『魔獣を城内に入れるなんて、正気の沙汰じゃない』

 ぶつぶつ言う声が聴こえる。


『皆、はやく薬草の箱を受け取りなさい』

 さっきのおっさんが言うが、それでも皆右往左往するだけだ。


『王様はそんなことおっしゃるけど、魔獣になんか近づけるか』

『油断するな。魔獣に食い殺されるぞ』

『そもそも、あの箱の中身は本当に薬草か?』


「フッフ。何て言ってるの?」

 お兄ちゃんが箱を持ったまま運転席の前に立った。お兄ちゃんが傷つくといけないと思ったけど、らちもあかないし正直に答えた。


「まあ、仕方ないよね」

 お兄ちゃんが苦笑する。

「じゃあ、俺が建物の前まで運ぶよ。皆さんも、フッフから離れてれば多少は安心だろうし」

「連中、中身の心配もしてるよ」

「それじゃ、俺が一口食ってみようか?」

「大丈夫? この世界の原住民には薬でも、お兄ちゃんには毒かも」

「まあ、食えばわかるよ。後、原住民とか失礼なこと言わない」

 お兄ちゃんはそう言うと、箱を建物の前に置いた。それからあのおっさんに身振り手振りで声をかけた。

 おっさんがオレに近づく。

 オレはお兄ちゃんに頼まれて、『皆さんが安心するよう、俺が一口食べてみます』って言った。


 まだ槍や剣を構えてる奴もいるから、一応慎重に。


 おっさんは複雑な表情をしている。

『申し訳ない。そなたを信用しないわけではないが、民が納得しないので』

『お父様!』

 突然、奥からさっきの野良メスが出て来た。

『それは正真正銘の薬草です! 間違いありません!』

 野良メスはそう言うと、箱に手をかけた。そして、蓋の閂みたいな留め具を抜いて、中身を掴んだ。

 何の変哲もない葉っぱにしか見えないけど、それを口に含む。

 ちょっと顔をゆがめてから、飲み込む。

 そして立ち上がり、皆を向いた。


『ほら、毒なんてないでしょ?』

『おおっ!』

 集まった人たちの間に歓声があがる。そして、野良メスとおっさんの指示で、袋や器にとりわけ、建物の中に入ったり階段を上がって行った。

 その間も、お兄ちゃんが箱を荷台から下ろしていく。

 誰も手伝わないし、ムカつくけど、お兄ちゃんは嫌な顔もしてない。


 全部下ろし終わったところで、野良メスが呟いた。


『開かない』

 箱は半分くらい空になっているけど、残りは蓋が閉まったまま。

『開かない? なぜだ』

『積み荷が崩れて落ちた時、箱が歪んでしまったみたい』

 確かに、直径1㎝くらいの閂が歪んでいるのが見える。

『箱を壊すか?』

『でも、それだと木くずまで箱の中に入ってしまうかもしれないし』

 野良メスがうなだれている。いい気味だ。


『鍛冶屋! 鍛冶屋はおるか?』

 おっさんが振り返る。衛兵の一人が答える。

『村の鍛冶屋は、全員西の国との戦いに同行しています』

『そうか』

 おっさんも肩を落とす。


 と、衛兵の一人、ちょっと偉そうな奴がしゃしゃり出て来た。

 あ、あいつ、攻撃を指示してた奴だ。

 止めた奴でもあるけど、オレはオレに都合の悪いことは忘れる。

 その偉そうな奴が剣を構えた。

『先祖代々伝わるこの剣にて、私が錠を切断して見せます』

 そう言い終わると、思い切り剣を振りぬいた。

 

 キーン!!


 火花が散って、剣の刃が欠けだけ。

 衝撃がもろに自分の腕に帰って来て、あいつ、動けずにいる。


 当たり前じゃん。

 ざまあみろ。

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