第九便 火矢を撃たないでっ!

 ビッチは相変わらず狭い車内で暴れている。

『この狭いところは何ですか?』

 うるさいっ!

 自分で思うのはいいけど、人に言われるのは腹立つんだよ!

『あなたたちは何者ですか!? まさか、誘拐?』

「あ、暴れないで」

『出しなさい! 私を解放しなさい!』

 ヒメスの手が助手席のパワーウインドウのスイッチに触れた。

「あ、窓開けないで!」

 更に右のパワーウインドウスイッチにも。

 って、それって、お兄ちゃんと交錯してるってことじゃん!

『何なんですか!?この荷車は!?』

「あ、運転の邪魔なんで離れてもらえますか!」

『おい! ビッチ! お兄ちゃんから離れろ!』

 パシーン

『何度言ったらわかるんです! 私はビッチではありません!』

「フッフ! ちゃんと通訳してくれてる?」


 えーと、まあ、大体。


『無礼者! 私を今すぐ解放しなさい!』

「ちょっと、ハンドルにも触らないで!」

『何なんですかこの牢屋は! 出しなさい!』

「あ、ちょっと!」

 右に急ハンドル。

 車が左に傾きながらUターン。

 それから反動で今度は右に傾く。

 助手席が浮き上がる。

 オレは左側が浮いた片輪走行状態。


「お兄ちゃん!」

「下がって!」

 え?


 風切り音?


 室内が突然明るくなった。

 ルームライト、じゃなくて、火矢!

 左の窓から飛び込んで来た火矢が右に抜けて行った。

 その一瞬、フロントガラスが鏡の役割をして、ドラレコの目にも室内が見えた。

 右手で必死にハンドル操作をしているお兄ちゃんと、その左手で座席に押し付けられながら、お兄ちゃんに抱き着くようにして怒鳴ってるヒメス!

 お兄ちゃんの手が野良メスの胸のあたりにあるのは、気のせいだよね?


 ドン!


 オレのタイヤが接地した。オレの怒りを表すように。

「お兄ちゃん?」

「危なかった。片輪走行状態で良かった。でなきゃ、火矢が車内に落ちてた。窓が開いてたのも、結果的には助かった」

『何ですか今のは?』

『死ねビッチ』

 パシーン。


 あ、ごめんね、お兄ちゃん。

 

 なんて思ってたら、門の上の門の上の衛兵の叫び声が聴こえた。

『グリシーヌ姫だーっ!』

『姫様が魔獣に食われてるぞーっ!』


 室内が明るくなって、向こうからビッチが見えたみたい。

 だけど。


 え?


 マジでこいつ姫なの?

『撃ち方止めーっ! 姫に当たる!』

 隊長らしき男が周りに怒鳴る。

『合図を待て。だが、魔獣の口は避けろ! 背中を狙え!』

『グリシーヌ姫を救うぞ!』

『おおっ!』

「フッフ! 門の上の人たち、何て言ってるの?」

「このビッチが魔獣に食べられてるって」

「??」

『魔獣? ここはもしかして、魔獣の口の中なのですか?』

『話がややこしくなるから黙ってろよビッチ』

 バシッ!


 あれ?

 さっきと違う音?


「フッフが何か言うと怒るみたいだからガードした」


 パーリング?

 どうやらお兄ちゃん、今度はちゃんとガードしたみたい。

 さすが!


『それより、何ですか? この拘束具は?』

 ヒメスがまた暴れてる。

 拘束具?

 ああ、シートベルトのことか。

 知らないから外せないだろ、未開人が!


 なんて思ってたら、助手席側のドアに、何か弾力のある柔らかいものが。

 まさか?

 こっ、これは?

 胸か?

 胸なのかーっ!?

 オレへの当てつけかーっ!?



『衛兵のみんな!』

 野良メス、ベルトで拘束されながら、何とか窓から身を乗り出してるみたい。

 けっ!

 そうやって惨めに助けを請う姿がお前にはお似合いだよ!


『皆、危ないから下がりなさい!』

 

 は?


『私は大丈夫です! 皆まで命を失うことがあったら、城のみんなが!』


 何かっこつけてやがんだよこのビッチ。


「フッフ!」

「えーと」

「いや、何となくわかるよ、顔と仕草を見れば」


 そうなの?


「その人の表情は、自分を助けてもらおうって感じじゃない。何かを、誰かを守りたいって様子だ。さっき薬草のことを言ってた時と同じ」


 あーあ。

 やっぱお兄ちゃんはお兄ちゃんだね。


「で、どうする、逃げる?」

「いや、まっすぐ突っ込もう」

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