第八便 魔獣って呼ばないでっ!
少しスピードを落として近づく。
門の上の衛兵らしき姿が右往左往し始める。距離にして、ざっと300メートル。
「フッフ。『薬草を届けに来ました』って、何ていうの?」
お兄ちゃんに通訳した言葉を伝える。お兄ちゃんが何度も繰り返して、そのフレーズを練習する。
五回くらいやり直したら、オレの翻訳機能でも一応正しく日本語に変換できるくらいになった。
さっすがお兄ちゃん。
「ところで、今の文の中で、〝薬草〟ってのはどの部分?」
お兄ちゃんの質問に、〝薬草〟にあたる言葉を教える。
「そうか、さっきこの女の子が言ってたと思うけど、俺には聴き取れなくてね。ありがとう」
お兄ちゃんはそう言うと、車を停めてドアを開けた。
「どうするの?」
「大声を出すと、その人が起きちゃうかもしれないからね」
そう言って静かにドアを閉めて、車から少し離れた。
ヘッドライトはつけたまま、ドラレコの視界の外で、『薬草を届けに来ました』と叫んでいるのが聴こえた。
……
………
…………
お兄ちゃんが戻って来た。
「どう?」
「うーん、返事はないね。もう少し近づいてみようか」
そう言ってゆっくりと前進を始めた。
と、門の上に明かりがつくのが見えた。
「松明?」
「通じたのかな?飛行機の誘導のサインみたいなものかもね」
でも、その灯りは空高く舞い上がり、それからだんだん大きくなった。
「歓迎の花火かな?」
ヒュン!
その灯りは、オレの右のミラーをかすめた。
「あれ?」
「お兄ちゃん?」
もう一つの灯りが似たような軌跡を描いて、今度はオレの前に落ちた。
火矢だった。
更にもう一本。
「えーと?」
「お兄ちゃん!危ない!」
お兄ちゃんが急ハンドルでその火矢による炎を避ける。
『魔獣だーっ!』
『魔獣が襲って来たぞーっ!』
衛兵たちが叫んでいる。
「何て言ってるの?」
「『魔獣』だって! 失礼な!」
門の上の灯りがどんどん増えていく。
「もしかして、歓迎されてない?」
「だから言ったのに!」
十数の火矢がこっちめがけて飛んできた。
「お兄ちゃん!」
オレが叫ぶと、お兄ちゃんはハンドルを左に切りながらアクセルを踏んだ。
「鋼材の部分を貫通する威力があるかどうかは知らないけど、少なくとも幌には穴が開くし、やばいよね」
「とりあえずライト消して!」
「でも、それだとこっちも見えないよ」
「ある程度はオレが教える! このドラレコは高性能だから、人間の目より暗視能力が高いから!」
「わかった!」
お兄ちゃんがヘッドライトを消した。
さっきより精度は落ちたけど、それでも何本かは、風切音を立ててオレをかすめていく。
「お兄ちゃん! 火矢は?」
真横だと城門の方は見えない。
「あ、何かどんどん増えてるよ。せめてあおりの薬草に気付いてくれれば」
「お兄ちゃん、あっちからも!」
城門の左側の方からも火矢が飛んできた。お兄ちゃんが更に急ハンドルを切ったら、車がガクンと揺れた。
「う、うう」
お兄ちゃんの声じゃない。
『こ、ここは?』
ヒメスが気づいたみたいだ。
「あ、気が付いた?」
『わ、私は、一体?』
「大丈夫ですか?どこか痛いところとかない?」
何のんきなこと言ってんの?
『あ、あなたは? あなたは何者ですか!?』
「ごめん、起こしちゃいましたね?」
かみ合ってない。
かみ合うわけないけど。
やっぱり、お兄ちゃんにはオレがいないとだめなんだね。
しょうがないなぉ。
通訳してあげるよ。
『おい、命の恩人に何しやがる、ビッチ』
パシーン!
「いたっ!」
『失礼な! 私はビッチではありません!』
「フッフ、何で俺殴られたの?」
ごめんなさい、お兄ちゃん。
それ、オレのせいです。
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